伝説
試行錯誤する秋。机を指で叩きながら、ここまでの考えをまとめていく。
その姿を遠くから見ていた夏が、冬たちに話を振った。
「ねぇ、冬と春ちゃんは、何か掴んだ?」
「んーまだなんともー」
「……難しい……」
悩む様子の二人を、珍しく笑えない夏。
春が口にしたように、このゲームは難しいのだ。
夏でさえ、何も掴めないほどに。
弱音を吐く気はないが、秋もそう結論づけるほかなかった。
「今、秋はたぶん、マースとの会話を振り返ってるわ」
──王は正直者だと思うか?
──僕には分からない。
離れた場所にいながら、秋と夏が同じ言葉を思い返す。
「マースの返答はー模範的だねー」
冬の言葉に、夏と春が一緒に頷く。
王が正直者だった時、「王様は正直者だ」と答えるのが、正直な返答に思えるが、実は違う。
「マース……知らない……」
「春ちゃんの言う通りね。マースは王様が正直者かどうかを知らないわ。だからこそ、「分からない」それが正直な返答なのよ」
冬が言った模範的の意味を、簡素にまとめた春の発言を、夏がさらに補足して。
皆で、顔を見合って頷き合う。
「同じ理屈で、王は秋が演技していた時を正確には知らないわ。演技って括りが広いもの。だからもし王が、──最初から。とか答えていたら、嘘つき確定だったのよね」
「簡単にはいかないねー」
言葉とは裏腹に、嬉しそうに言う夏の顔を見て。
苦笑して冬が相づちを打つ。
そう。今のところ問題なのは、正直な回答をしたからといって正直者とは限らないこと。
口元に手を添えて、夏たちよりも先に、秋は目を閉じてさらに思考を巡らせる。
「秋はたぶん、王と違って、マースが嘘つきなら、あの質問でボロを出すと思っていたのよ」
夏たちの話し合いも、先に進む。
「まぁーマースって馬鹿っぽいもんねー」
「そうね。マースは馬鹿だわ」
「マース……馬鹿……」
遠くにいることをいいことに、ボロクソ言う夏たち。
マースは知る由もないが。
「でも結果的に、マースはボロを出さなかったわ」
難しい顔をして悩む夏。答えが出せない様子。
マースを正直者だと断定できるだけの要素が、少なすぎて。
秋にしても同じだ。
この現状で、一発しかない銃の引き金を引ける訳が無い。
「先……負け……」
「そうね。このゲーム、やっぱり先に撃つのってそうとうリスキーね」
弱気な発言をする春に、賛同する夏。
「そうだねー王だってまだ何も分からないでしょー」
楽観的にも思える冬の発言。
だが、一理ある。
ゲーム部員全員。夏でさえも突破口を見い出せないならば。
ここまでほぼ動いていない王が、何か掴んでいるとは思えない。
それが、夏たちの総意。
そしてそれを感じ取ったように、秋を含めた全員が、同じ結論を出す。
──このゲーム。やはり先には撃てない。
作戦と言える代物ではないが、無謀な行動を抑制するのは大切だ。
そう決めて。
秋は、机を叩いていた指を止め。
目を開いて。
王を見た。
「──……!?」
瞬間──恐怖で全身に鳥肌が立つ。
今までにないほどの悪寒が、秋を襲う。
自身の予想は外れていた。何も掴んでいないなど、とんでもない。
そう考えを簡単に改めても仕方がないほどに。
秋が見た王の目には既に、勝利の確信とその先の絶望が、映し出されていた。
──でも、だがどうやって嘘つきを。
希望を見出そうと、理由を探る。
だが秋は気づいていない。
王は嘘つきなど、見つけていないことを。
このゲームは、嘘つきを撃ち殺さなくても、勝てることに。
「そろそろ、仕舞いにしようかのぉ」
──嘘だろ!? ここまでで何がわかったっていうんだ。
王の発言に、秋は心で叫ぶ。
表情は隠したまま、だが確実に、動揺と焦りが心を支配していく。
「ハッタリ……」
「残念だけど春ちゃん、それはないと思うわ。あの表情は、勝利を確信しているもの」
秋が王の瞳を見て戦慄した直後、視線を王に移した夏たちも、秋と全く同じものを感じていた。
あまりに早く、ゲームを終わらせると宣言した王。
微かな可能性に追いすがるように、可能性を口にする春。
だが、夏が容易く切り捨てる。
王の威圧に後ずさったからか。
秋が座っている椅子が、ガタッ……と音を立てる。
しかし、それを気にしてる余裕はない。
──どうする。どうすれば……。
悩んで悩んで悩み抜いて、だがそれでも見つからぬ突破口。
全身全霊をもって、どうにかこの状況の打開策を作ろうとするが。
しかし、やはりどうしようもない現状に。
……どうにもなんねぇよ。
ついにポーカーフェイスを止め、悔しげな表情をして。
仕方ない、と全てを正面から受け止めて秋が言う。
「わかった。どうやって勝つ気なのか、興味がある」
驚きの顔をしたのは、王。
──よもや諦めることだけはないと思っていたんじゃがな。
と少しがっかりするように秋の目を覗いた王。
だが今度はその王の方が。
策も見抜けず、もはや瀕死の状態、ほぼ負けも確定している男に、気圧される。
……どうにもなんねぇよ。……今のままじゃな。
口に出していないのに。
王は、秋の決意の言葉が聞こえたような気がした。
そして、考えを改めさせられる。
目を見開き、その後表情を一変、険しい顔をする王。心で思う。
──諦めてなどおらぬ。こやつはまだ、何かを狙っておるぞ。
そう。秋のその発言は、決して敗北を認めたものではなかった。
むしろ、その悔しげな表情にあったのは、もうこれしかないという覚悟。
絶体絶命のピンチにありながら、だが一ミリたりとも諦めていなかった秋。
その瞳からは、まだ闘志が覗けて。
その瞳から、王は秋の考えを汲み取った。
──ここで打てる策がないならば、わしの行動の後、刹那に等しい時間の中で。
新たな策を見出そうとしておるのか。
それは、無茶で、無謀。
出来るはずがないこと。
秋は、王が誰を撃つか、どんなことをするのか、何も予想すらできていないのに、練りに練られたであろう相手の行動の最中に、必敗の二文字を必勝に変えるなど。
もし本当に嘘つきを見抜いていたならば、銃を撃って終わるだけ。
ここからの逆転など。
限りなく、不可能に近い所業。
果てしなく、0に近い可能性。
何より、秋が得意とするのは伏線。
伏線を張り、最初から勝利への道筋を作ること。
それなのに、今しようとしているのは、それとは正反対。
成功する確率はあまりに……あまりに低すぎる。
しかし、それでも秋は自身に言い聞かせた。
──それでももう。それしか道はないのだ。と。
王が、さっきまでの険しい顔を終わらせ、内心、無謀だとバカにして笑う。
──出来るはずがなかろう。そんなことが出来てしまったら。
だが、今度は秋が、その内心を読み取り、さらに嘲笑って。
「こんなことが出来ちまったら、伝説になっちまうよな」
不遜たっぷりの嫌らしい顔と共に、さらりと言い放った。
秋の言葉を、離れたところで聞いていた三人は、嬉しそうに笑って。
──ここでこの言葉が言えるから、この男は面白いのだ。
そう思っていた。




