★王立学院の中庭で 後編
教師達が十人がかりで運んだテーブルが宙を舞い、気がついたら、仰向けになったイアンの胸の上にカノンが片足をのせ、右手のナイフで喉を掻き切ろうとしていた。
どこからか現れた男がナイフを持つ手を蹴り上げる。カノンは左手で男の足を掴むと引き寄せながら外転。ゴキリと音がすると男の身体を新たに現れた四人のうちの一人、金髪の男に投げつける。一足飛びで距離をつめると、思わず受け止めた金髪の男の側頭部を殴打。金髪の男は気絶し、放り投げられた男は叫びながら地面をのたうち回っている。
遠くでテーブルがなにかに激突したらしき音がした。
「竜騎士殿! なにをなさいます!?」
残った三人のうちの一人、赤い髪をした少し年かさの男がイアンを後ろにかばいながら声を上げた。
「そこの坊ちゃんを殺されたくなければ、全力で私を止めてください」
言い終わるな否や、カノンは人間離れしたスピードでイアンを囲む男達に突っ込むと右手を振り上げた。
先程の赤髪の男が剣の腹で拳を受けるが、耐えきれず後ろへ吹き飛ぶ。
腰が抜けているイアンを一人が肩に担ぎ横に飛ぶと、赤髪の男に向かうと思われたカノンが左足を中心に回転しながら足下の石を拾い、投げる。
脛に命中し、骨が折れる音がした。
イアンごと地面に倒れる。
カノンはもう彼らを見てはいなかった。地面を滑るように残り二人に向かう。赤髪の男がとっさに炎を放つが、速度を落さず突っ込むとあっという間に戦闘不能にする。残りの一人は無傷のカノンを見て、戦意を喪失したように地面にへたり込んでいた。
あたりは静まり返っている。
イアンの荒い息づかいが目立った。
「イアン、あんたの護衛はどこ?
まさかそこに転がってる奴らじゃないよね?」
こちらに背を向けているのでカノンの表情はわからない。
イアンに向けて一歩一歩ゆっくりと歩を進めながら、カノンは歌うように言った。
「あーあぁ、つまんないなぁ、すっごくつまらない。竜騎士相手に一対一でなんてふざけた事言うから、それなりに強いかと思ったのに。それともあれ? 騎士礼してからじゃないと本気出せませーんって? 奇襲だからってケチ付けたりする?」
カノンがくすくすと笑うと、濃紺の髪と長衣が水中にいるかのように空中を漂い始めた。あたりに濃厚な魔力が満ちる。
「あっと言う間すぎて、実力なんて示す暇なかったよ。…そうだ、良い事思いついた」
くるりと振り返ったカノンと目が合う。
「殿下、護衛の任は来週からでしたよね?」
透き通っていた赤い目は、濁った紅色になっていた。
「…あぁ。そのはずだよ」
思わず喉がひくついたが、無理矢理唾を飲み込み、声を出した。
カノンがイアンの前に立ち、声をかける。
「イアン、竜騎士の戦いってもんを見せてあげるよ。
六日後の午前零時から二十四時間、ここ、王立学院を私が攻める。王はあんただ、教師でも護衛でも何でも使え。城と自分を守ってみせろ」
「…な、なにを言っているそんな事出来る訳が」
思わず口を開いたイアンの言葉が終わる前に、近くにあった椅子が爆ぜた。
「喧嘩を売ってきたのはそっちだ。なんとかしてみせなよ、生徒会長さん?
あんた頭良いんでしょ? 学院の戦時における篭城訓練とか何とかこじつけたら?」
そう言うと、私に声をかける。「ああ、さすがに寮は非戦闘地域にしますので。殿下は戦闘に参加しない人達と一緒に避難しといてください。怪我されても面倒なんで」
ぽろっと本音が漏れたな…
まぁ、良いけど。
「私の護衛は優秀だからね。彼らに任せるよ」
ちらりと横を見ると、カノンも私の視線を追う。
カノンの魔力が引っ込み、髪と長衣が下に落ちる。
「なんか知ってる気配があると思ったらジェフ先輩か。
ちょうど良かった、あっちに吹っ飛んでる奴の股関節はめて、そこの骨折れたの救護院に連れてってください」
私の隣にいる黒髪のガッシリとした体躯の男がため息をつきながら呟いた。
「おまえなぁ、久々に合った先輩にいきなりそれは無いだろ…」
「今度、ハンナの手作り菓子分けてあげます」
「それを早く言え!」
ジェフよ、それで良いのか。
では! とどこかすっきりしたようにカノンは挨拶をして、大人しく座ったままだった竜に乗って帰っていった。
急に周囲のざわめきが耳に入る。こんなにうるさかっただろうか。
「皆、突然騒ぎだしてどうしたんだい?」
ジェフの代わりに隣に来た護衛が少し不思議そうな顔をしながら答えた。
「先程より、落ち着いたくらいですが?」
「そうか、変な事を聞いてすまなかったね」
「いえ、お気持ちはわかりますよ。私も竜騎士殿が魔力を納めるまではそのような感じでしたから」彼はどこか遠くを見つめながら言葉を続けた。「殺気が偽物だとわかっていても、思わず腰の剣を握ってしまいました。イアン殿の護衛達はナイフを向けられた事で気づけなかったようですが、本気で命を狙ったのなら最初にテーブルを蹴り上げた瞬間に事は済んでいたはずです」
「どのくらいの力を出していたのだろうか?」
「一割も出していなかったのでは。武器も魔法も使っていませんでしたし」
「それほどまでに騎士と竜騎士の力量には差が出てしまうのか…」
「ええ。以前、騎士団と竜騎士団の演習に参加した事がありますが、竜から降りた一人の竜騎士に対し十五人の騎士が絶え間なく魔法を使用してやっと同等の戦いが出来るといった所でした」
そこまでとは知らなかった。
「竜との契約というのは凄まじいものだな。
カノンは騎士学校時代はさほど強くなかったようだし…」
「あぁ、それは違います。あいつは座学がとことんダメでしてね。
そっちに足を引っ張られて総合だとあまり良くありませんが、実技だけならトップクラスでしたよ。竜騎士になると力や魔力が増し、身体も頑丈になりますが、体術や剣術、センスなどは本人が培ったものだけです。
戦っている時は機転も利くし、ぜひ近衛騎士団に欲しい人材でした。出向という形ではありますが、殿下の護衛になったのは喜ばしい事です」
「そういえばリツェは療養中、騎士学校で座学を受け持っていたのだったね」
「ええ。直接担任したことはありませんが、良くも悪くも目立つ生徒でしたので」
くすくすとリツェは傷が目立つ顔で笑った。
私にはまだまだ知らなければならない事が沢山ある。
カノンの提案はこちらにとって美味しい所だらけだ。
(イアンにとっては災難かも知れないけど)
未だに腰が立たない姿に不安を覚えるが、彼が生徒会長だ。しっかり働いてもらわなければ。
ありがとうございました!