竜のお食事事情と出向理由
竜騎士の朝は早い。
日の出と共に起きて、さっと身支度と朝食を済ませたら自分の竜を探しに外に出る。
王城を正面から見て右方向に竜騎士達の宿舎や訓練場はある。
王城の後ろ、山脈までの間は竜達の寝床になっていて、よほど変わった性質で無い限りはみんなここにいる。
過去には火口じゃないと落ち着かないって竜がいて、隠者のような生活をしていた竜騎士もいたらしいけど。
自分の竜の場所は、だいたい感覚でわかる。ノエルは…今日は近くにいるな、ラッキー。
『ノエルー、おはよう。こっち来ーい』
少しすると目の前の藪からバキバキという音がして、濃紺に銀粉を振ったような鱗と銀の鬣を持った竜 が頭を出した。
ノエルだ。
『おはよーう』
颯爽と空を飛んでなんて現れない。朝の竜は低燃費モードだ。
欠伸をしながらのしのし歩くノエルに合わせて、小走りで水のみ場に向かう。
水のみ場にはすでに十頭ほどの竜がいたが、広いので問題ない。
豪快に頭を突っ込みながら飲むノエルに声をかける。
『今日のご飯何にする?』
『えらんでいいの!?』
すごい勢いで顔を上げた。
私の顔もびしゃびしゃだ。
…ここ一週間は問答無用で私セレクトの物を食べさせてたからな。
目がすんごい輝いてる。あ、目やに。
腰に下げてたタオルで自分の顔を拭いてから、ノエルに頭を下げさせて目やにを取る。
『なににしようかなぁ…』
あれもこれもと色々と言い始めた。
『今日は用事があるから、近場で採れるものにしてね』
竜の食事は千差万別だ。
団長の竜は花しか食べない。しかも一種類のみ。なので少し離れたところに気温を一定に保っている専用の農場がある。
ハンナの竜は魚しか食べない。毎日海まで飛んで大変そうだ。
そんなこんなで、多くの竜騎士にとって一番大変なのはたぶん食料の確保だ。訓練より時間割いてるんじゃない? って人もいる。
まぁ、私は結構楽な方だけどね。
ノエルは竜にしては珍しく雑食だ。山にあるものは大抵食べるし、人の食べ物も大好き。
ただ、採れたてかちゃんと加熱したものを、自分で安全だと思って食べないとすぐピーになるんだけどね…
最初、厨房で余った野菜をあげてピーになった時は、毒物だと思って上に報告してしまった。
どんだけデリケートなんだ。
そんでもって、私は飼育員か。
★
湖の中でモシャモシャとワカメっぽい草を食べるノエルを見ながら、ぼんやりと今日の予定を考える。
学院にいる王太子殿下に挨拶に行くんだよなぁ…
殿下は12歳。王立学院の3年生だ。
王立学院は優秀であれば誰でも入学出来るから、色んな人間が入り込む。
その為、表立ってはいないけれど要人に対しては常駐の護衛がちゃんといるのだ。
なのに護衛。はっきり言って必要ない。
「なんで私が見栄の為に動かなきゃなんないのよー!」
ノエルがこっちを見た。
何でもないと手を振って食事を促す。
何でも、あまり仲の良くない隣国から王女殿下が転入してくるらしい。
で、うちの国の護衛は信用ならないから学院内にも自分とこの護衛をつけさせろと。
最初は拒否したらしいけど、ごねにごねられ許可。そうなるとぱっと見の要人度は向こうの方が上になってしまう。
そこで上の人たちは考えた。
うちの殿下にも護衛をつけよう→でも普通の騎士だと向こうと同じだ→竜騎士をつければよくね?→ただ、竜騎士は貴重だし、バリバリ仕事してるのにやらせるのはちょっとなぁ→竜騎士なら新米でも良いか→そう言えばこの間寄生虫事件の犯人確保したの、新米だったな。表向き褒賞っぽくて丁度良いわ、 人間性はどんな感じ?
と、ここで副団長に問い合わせがきたらしい。
名一杯売り込んだそうだ。
で、私になったと。
副団長に評価されてるのは嬉しいけど、出向理由が馬鹿馬鹿しくて素直に喜べない。
副団長は絶対為になると言ってたけど、結局は殿下のわきにいてちょっと威嚇するだけでしょ?
王立学院は7年生だから4年間。
いーやーだー
日中はノエルも一緒に学院に詰める事になるらしい。
学生に食べ物貰うなって言い聞かせなきゃ…、一応竜の生態とか弱点は極秘だからね。
私が竜に対する幻想を膨らませすぎたのもそれが原因さ。
…本当に面倒くさっ
★
上空から見た王立学院は馬鹿でかかった。
小さい村くらいありそうだ。
『なんっじゃこりゃ』
『ひとがいっぱーい』
本当だ。人がゴミのようだ。
『ノエル、二時の方向に赤い旗持ってる人がいるでしょ。そこに降りて』
『はいはーい』
地面が近づくにつれ、建物から身を乗り出す生徒達もわんさかいるのがわかった。
見世もんじゃねぇぞ、ゴルァ!
やっぱり馬で来れば良かった。
竜騎士団にも馬はいる。
ちょっとした買い出しで大活躍だ。
王立学院は馬で一時間くらいの距離で、わりと近い。
なので馬で行こうと準備をしていたら、団長から呼び出しがかかった。
部屋に行ってみると、そこそこ大きい包みを渡される。
「開けてみなさい」
「…はい」
恐る恐る開けてみると、濃紺に銀糸で刺繍の入った布が出てきた。
「…? 服、ですか?」
「ただの服ではないわ。ちゃんと開いて見てみなさい」
詰襟の、丈が膝裏まである上衣だった。
刺繍は右肩から左腰まであり、竜の鱗のよう。左胸には図案化された竜のエンブレム…
「竜騎士団の制服!?」
竜に乗っている時に目立たないように、竜騎士の制服は竜の色に合わせてオーダーメイドだ。
ノエルの鱗と同じ色。
これ、私の制服だ!
私の驚いた様子を満足げに眺めながら団長が言った。
「殿下の護衛が見習いの制服では、格好がつかないでしょう? 半年早いけれど、今日からあなたは、立派な竜騎士よ」
それを着て挨拶に行きなさい、っと言った団長に涙が出るかと思った。
この人、良い所もあったんだ。
そんで喜んで着て、ノエルに見せびらかして、ルンルンした気分で来たんだけど…
『こんなにギャラリーがいるなんて…』
完全にアウェーだ。
くそっ。嘗められてたまるか!
『ノエル、着いたら睨みつけてやるわよ!』
『いいけど、なんかちがうきがするー』
ノエルは少し首をかしげた。
ありがとうございましたー!