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追想曲②   一之瀬 透

 俺、一之瀬 透には、生まれた時から、前世の記憶があった。

 前世では、俺は、売春させられていたかわいそうな奴だった。

 いつしか、同じクラスの女の子を苛めだした。

 けれども、最後はその少女を庇って死んだ。

 彼の名前は、藤堂雅也。

 少女の名前は、高坂 由良。

 

 俺は、藤堂雅也として死んで、一之瀬 透として生まれ変わっていた。

 今回の家庭でも愛されないで育ったが、お金はある家だから、美味しいものはたくさん食べられたから不満はなかった。


 何で前世の記憶があるのかわからなかったけれども、俺はまだ過去の気持ちに強く、強く縛られていた。

 もう一度、初恋のあの子に会いたい。

 俺のために泣いてくれた少女に会いたい。そう思い、小学校一年生の時、貯めたお金で電車に乗って、こっそり由良がいる県まで向かった。

 だけど、高坂 由良は、転校していた。

 どこにいるのかわからなかった。

  

 そうして、会えないまま月日が流れた。

 小学校2年生の時に、転校をしたが由良には会えなかった。

 俺はようやく小学3年生になった。

 放課後、いつも通りの風景をつまらないと感じながら歩いていた時のことだった。


「そういうあなたは、何点だったの?」


 その時、懐かしい声が聞こえた。


 閉じ込めていた扉を簡単に開いてしまうような、

 押し殺した感情をあっけなくこじ開けるような、

 色あせてぼやけていた遠い昔の記憶を鮮やかに染める筆のような

 そんな声が聞こえた。


 何かに導かれるように振り返った。


 桜の花びらが落ちていく。

 

 温かい春風が少女の髪の毛を優しく揺らす。

 

 そこにいたのは由良だった。

 高坂 由良は、すっかり変わっていた。

 ああ、やっと会えた。

 子供だった由良は、大人びた雰囲気のある美少女へと成長していた。

 ショートボブだった髪は、長くなっていた。

 サクランボ色の唇、白くてきめ細かい肌、少し高めの左右対称で形のいい鼻、プックラとした唇。唇はまるでさくらんぼのようにきれいな色をしていた。

 輝いて見えるつやつやの黒い髪の毛。

 大きなアメジスト色の目が星を埋め込んだみたいに生き生きと輝いていて、長いまつげがそれを見事に縁取っている。ほんのりと桜色に染まる頬がとても女の子らしい。鋭く絶妙な形の顎がはっきりと見える。

 あの頃はなかった制服からでもわかる胸の膨らみにドキッとした。

 彼女は、誰かと話をしていた。  

「今回は、五教科百点取った。褒めて、褒めて」

 由良の隣にいた少年が太陽みたいな笑顔を浮かべながら答えた。

 少しも黒が混じっていない茶色の髪と温かみのある茶色の瞳。絶世の美少年と言っても過言ではない。今まで見たことのないくらいかっこいい少年がいた。彫が深く、左右均整のとれた一度見たら忘れられないようなハンサムな男だ。茶色の髪の毛がサラサラと風になびいている。ただの制服が高級ブランド品の服のように見えてきた。

「あなたみたいに勉強のできる人間は若ハゲするに決まっているわ」

「……わ、若禿げ」

 少年は、かわいらしく首を傾げた。こいつ、あざとすぎる。ちっ。ムカつく。

「そうよ。あなたは、禿げて頭にカラスの巣でも作られる運命なのよ」

 あれ?この子は、あの高坂 由良だよな……。あれれ……。

 俺は夢でも見ているのだろうか?

「相変わらず性格が悪いな」

「私は世界一性格がいいにきまっているじゃない。あなたの感性が悪いのよ」

 世界一性格のいい人は絶対に自分でそんなことを言わないだろうな。

「じゃあ、どうして学校中にこんなにお前の悪口が広まっているのかな」

「性格があまりにもよすぎてみんなが嫉妬しているのよ」

「嫉妬か……。嫉妬って怖いねってそんなわけないだろう。

いや、どう考えてもお前の性格は悪い」

 そうきっぱり彼が言い切ると、由良はそいつをムキッという感じに睨みつけた。

「それがどうしたの?ここまで性格が悪くなれるなんてめったにないことよ。

 光栄に思いなさい」

 由良はとうとう開き直って、彼に偉そうにそう言った。


 こんな少女知らない。


 俺の知っている由良じゃない。 


 8年という年月のせいか、俺が知っている由良はもういなかった。


 俺は、少女に会えたら言おうと思っていた言葉を全て失った。


 由良は、もう雅也という少年のことを忘れているように生きていた。 

 ああ、そうか。

 由良は、俺なんていなくても平気だった。

 胸にぽっかりと穴があいたようだ。

 もしも、藤堂雅也として生きていたら、あんな風に並びながら帰れたのだろうか?

 あそこには俺が立っていたのだろうか?

 ……結末は、もう変わることはない。

 そんなことはわかっている。


 俺だけが過去に囚われていた。


 自分一人だけ世界に取り残された気分だ。


 彼と彼がこういう風につながっていたのです。えへへ。

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