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追想曲①  藤堂雅也

 彼についてかけてうれしいです。わーい。

 俺、藤堂 雅也は、道具だった。 

 とても貧乏な家で生まれた。

 母親は、倫理観に欠如したゴミのような女だった。

 物心が付いた時から、体を太っている気持ち悪いおじさんに売らされていた。

 逃げようとすると殴られ、ご飯を食べさせてもらえなかった。


 そんな俺は、全てを嫌うようになっていた。

 特に甘ったるい感情が嫌いだった。

 それなのに、同じクラスの高坂 由良にうっかりときめいてしまったことが許せなかった。彼女にときめきつづけていることが許せない。

 俺は、藤堂 雅也だ。

 いつから、こんな弱い人間になってしまったのだろうか。

 彼女に自分が支配されているようで不快感を覚えた。

 笑顔を見られたら幸せだなんて、依存していることが、弱さの証である気がした。

誰かに会いたいと思っている自分が気持ち悪かった。

こんな自分であることが恥ずかしい。

泥沼を這いつくばるように生きているもう一人の自分に申し訳ない。

愛なんてただのエゴと醜さの象徴であり、俺はそれに振り回されつづけたじゃないか。

そんなもの抱いている奴らを愚かだと、気持ち悪くてたまらないとバカにして笑っていたじゃないか。

ああ、そうだ。

由良なんて壊してしまえばいい。

腐ったゴミ屑のような人間に成り果ててしまえばいい。

腐り果てた生ごみには、誰も何の魅力を感じなくて済む。

俺はもうこんな劣情を抱かなくていい。

こんなくだらない感情に振り回され、揺さぶられ続ける甘ったれた人間になれなくていい。


俺は、高坂 由良を苛めることにした。

周りにいる面白いことを求めているクラスメートも加わってきた。

 由良を苛め始めてから、3か月ほどたったときのことだった。

「夏なのに長袖長ズボンだなんて、頭がおかしいじゃねーの。

 俺が冷やしてやるよ」


 バッシャーン。


 そんな音とともに、窓の外から由良に、掃除が終わったバケツの水をかけた。

 すると、想像を絶するおぞましい景色が浮かび上がった。

長袖の下に隠されていたものは……傷だらけの体だった。

 つい昨日殴られたような跡まである。何年も虐待され続けたようにいくつもの跡があった。

 彼女がいつも肌を隠していた理由はこういうことだったのか。

 だから彼女は女子更衣室ではなく一人でトイレを使用して着替えていたのか。

 彼女はどんな気持ちで周りを見ていたのだろうか。

 由良は、自分が辛いなのを気にしないで、周りに優しくしてばかりだった。


 その時に、何かにとりつかれたように由良のもとに走り出した。

 俺は、生まれて初めて後悔した。

 ひどく自分がちっぽけに見えた。

 自分が不幸だから、誰かを傷つけてもいい理由にしていた。

 俺は、そうやってかわいそうな人間をもっと不幸にしていたのだ。

 罪悪感に今すぐ押しつぶされそうだった。

 自分に対して激しい怒りを抱えているはずなのにそれを表すことができなくて、思わずぐちゃぐちゃになった感情を由良にぶつけてしまった。

 少女の濡れた肩を強くつかむ。

「どうして誰にも助けを求めないで、優しい子の振りをしてきたんだよ」

 ……まるで、自分に語り掛けているみたいだ。

 ああ、そうだ。俺だって誰にも助けを求めなかった。

「何でそんなに押し殺してばかりなんだよ。言いたいことがあったら、もっと言えよ。

 嫌なことされたら、恨めよ。もっと俺に怒れ!

 澄まして突っ立っていたら、痛みなんてわからないだろう!」

 けれども、お人よしの由良はそんな俺にどうすればいいのかわからないように、誤魔化すようなぎこちない笑顔を浮かべた。

「そうやって作り笑いばかり浮かべて我慢するなよ!ムカつく」

 こいつを苛めていたくせに、俺は何を言っているんだろう。

 矛盾しまくっているな。 

 だけど、結局、自分が間違っていたことを言い出せず、謝ることもできなかった。


 今日こそは、謝ろう。

 結局、そう思い続けて二週間もたっていた。

 クラスメートがいるところだと恥ずかしいから、二人きりのところで謝ろう。

 そうして、由良の帰り道にこっそり後をつけていくことが日課になっていた。

 これじゃあ、まるでストーカーだ。

 ああ、くそ。何で、こんなに俺が悩まないといけないんだよ。

 さっさと軽いノリで謝ってしまおう。

 そう思いながら、何とか少女に近づいて行く。


 赤信号を無視した車がすごいスピードで由良に向かって突っ込んでいるのが視界に入った。

 やめろ!


 自分の方がずっと大事だと思っていたのに、

 気が付いたら、体が動いた。

 少女の腕を必死で掴み、突き飛ばす。

 よけきれなかった俺は、車に思いっきり突き飛ばされた。


 そうしてゴミのように道路に投げ捨てられた。


 人を傷つけることでしか自分を幸せだと思えず、

 物を壊すことでしかその物の価値を認められなかった。

 他人をゴミのようにしか思えず、

 自分をクズだとしか思えなかった。

 そんなクズにふさわしいあっけないラストだ。


「雅也君……」


 鈴の音色みたいにかわいい声で名前を呼ばれた。


 その時、俺のすぐ近くに水滴がポタポタと零れ落ちている。


 思わず上を向いた。


 何で由良は……泣いているんだよ。

 

 そんな泣き方をすると、由良にとって俺が大事な存在だったなんて誤解するじゃないか。

 おかしいよな。

 そんなバカみたいな話、あるわけないのに……。


 俺は、初めてまだ生きていたいと思った。

 人生なんてそんなにいいものじゃないって知っているのに。

 俺なんかのために泣いてくれてありがとう。

 ここに居場所があったんだ。

 ここに俺なんかを必要としてくれる人がいたんだ。

 すっげぇ嬉しい。


 最後に一言だけ伝えたい。

 

「ゆ、ら。俺。お前のことが……」

 

 そこで力尽きたように唇が開かなくなる。


 その言葉は声にならなかった。


 一番言いたかったことは、伝えることができなかった。


 せめて君の幸せを祈るよ……。

 

 俺の意識は強制的に闇へと沈んでいった。


 読んでくださりありがとうございます。

 次の投稿は、一時間後です。

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