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夜明け

 第二部は、これで終わりです。

 あの後、ノエルと僕は完全に仲直りをしたわけではなかった。

 泣き止んだ僕は、ノエルにこう告げられた。

「私は確かにあなたが好きだった。だけど、勘違いしないでよね。

 全部、過去の話だから」

 ノエルは、ツンデレだ。

 そう思い込みたいものだ……。

「今は、あなたなんて大嫌いだし、ジャガイモに対する魅力すらも感じないわ」

「それはひどいな」 

「それに、あなたのしたことを許していないわ。今すぐ、死刑にしてしまいたいくらい。

 だから、今から、あなたとは戦争をするわ」

 ノエルは、ビシッと僕を指さしながら宣戦布告をしてきた。

 銀色の髪が風になびいて、少女の表情を凛々しく見せていた。

「え?」

「ケンカなんて生ぬるい。冷戦をしてやるわよ。

 私の気が晴れるまで、許してあげない。口もきかないどころか、存在無視してやるわ」

 言葉を失った僕に、ノエルはゾッとするくらい冷たく美しい笑顔でそう告げた。


 というわけで、ノエルには、結局、避けられ続けている。

 同じ家で暮らしていても、挨拶すらしてもらえない。まるで、家庭内戦争だ。

 だけど、君と何年も同じ時間を過ごしてきた僕をなめるな。

 こうなったら作戦Aを実行するしかない。

 僕は、早起きをして支度をし出した。辺りはまだ薄暗かった。

 ジャガイモの顔をむき、人参を切り、肉を切り、だしをとっていく。

 作業をし始めて、一時間くらい立ったときにノエルがドアの近くにやってきた。

 そして、僕がしていることを気になっているみたいでじっとこちらの様子をうかがっている。

「おはよう」

 思い切って話しかけてみた。ここ最近と同じように無視されるだろうと思っていたが、違った。

「こんな真夜中に何をしているの?泥棒かと思って起きちゃったじゃない」

「朝食の支度」

「え?」

 匂いに惹かれるようにノエルが側にやってきた。

 鍋にあるのは、いい匂いを漂わせている肉じゃが。鰹節が存在しないから魚からだしをとっている途中のお味噌汁。そして、炊飯器がないから鍋で炊かないといけないご飯。火加減はこれくらいで大丈夫だろう。

「日本料理……」

 びっくりしたようにノエルが呟いた。

「ふ、ふん。そんなものでこの私は、なついたりしないわよ」

 腕組みをしながら、偉そうにノエルはそう言った。まるで、気高いペルシャ猫みたいだ。

「でも食べたいでしょう?肉じゃがが大好物だったよね」

 図星を言い当てられたように、ノエルの顔が赤くなった。

「う、うるさい。ばか」

 そして、真っ赤になりながら僕を睨み付けて、怒るようにこう言ってきた。

「だいたい18年ぶりの日本食とか卑怯よ!ずるいわよ。

 食べたくなって当然じゃない」

「ねえ、ノエル。僕と一緒にいれば、ずっとおいしい日本食を食べられるんだよ」

 僕は、ノエルを誘惑するように甘く囁いた。

「こ、これくらい私でも作れるわよ」

「へえー。料理のど下手くそなノエルが、日本食を作れるのか?ぜひ食べてみたいな」

「ば、バカにして」

 ノエルは、真っ赤になってプルプル震えている。

「とりあえず、味見でもしてみる?」

「そ、そんなことするわけには……」

「食べたいなら、食べればいいじゃん」

 僕は、小皿に肉じゃがを少し盛って箸を渡した。

 ごくりと唾をのんだノエルが、誘惑に負けたようにそっとジャガイモを食べた。

 さあ、だしやうまみ成分が口に広がる様子を味わうがいい!

「お、美味しい。さすが彰ね」

 ノエルは、思わず料理に夢中になり、ポロリと本音をもらした。

 やったあ。

 すぐに、箸を持った手をブンブン振りながら否定してきた。

「ちょっと待った。今のは、なし。

 私はあなたとは冷戦をしているのよ」

「はいはい」

 僕にはもう冷戦の終結が見えてきた。未来は、明るく平和だ。

 こいつのことは、誰にも負けないくらい知っている。僕が、大勝利に決まっている。

「こうなったら僕は、立派な料理人になろうと思う。

 姉さんを繋ぎとめるには、餌付けが一番効果的である気がしてきた」

「人をペットみたいに扱わないでよ」

「そうだね。ノエルは、ペットにしたら鎖を噛み千切って逃げそうだね。

 でも、なつかせることくらいできそうだ。これからはノエルが僕と一緒にいれば、美味しいものをたくさん作ってあげるよ」

「あなたは私のお母ちゃんか」

「かわいい、かわいい弟だよ。……今はね」

 僕は、あざとい笑顔を浮かべながら答える。これは君が大好きだった笑顔だろう。好きなだけ見とれればいい。

 ノエル……いや、由良は、一度僕に惚れていた。

 だったら、もう一度惚れさせることなんて簡単だろう。

 それくらいやってみせるさ。

 ノエルは、リンゴのように真っ赤になりながらプライドをかき集めたように強気で答える。 

「私は、あなたに負けないわよ。こ、こんなことで、あなたを許したりなんかしないわ」

 もうすでに少し揺らいでいることは、一目瞭然だった。

「意地悪なお姉さんを許したシンデレラの優しさでも見習ってほしいものだ」

「嫌だね」

 きっぱりと断る。でも、いつか君の心を必ず手に入れて見せる。

「だ、だけど、あなたの料理に免じて、一緒にいることくらい許してあげるわよ。女神のように寛容である私に感謝しなさい」

 出会った時と同じように、少女は傲慢に、世界が自分を中心に動いているように、強気な笑顔を見せながら告げた。

 そして、仲直りの握手をするかのように白くて小さな手を差し出した。

「それで十分だ」

 壊れた少年は、壊れたままだった。

 人間らしく恋をすることなんてできなかった。

 傷つけた罪を償うことも、独占欲を殺すこともできなかった。

 けれども、側にいることを許してもらえた。

 巡り合いも、恋も、別れも、再会も運命のように思えた。

 愛しく、切なく、輝いている日々がもう一度動きたす。

 

 僕はその手を握り締めた。


 世界を照らす太陽が顔を出し始めた。

 暗闇を切り裂くような光が差し込んだ。

 長い夜の後に訪れたのは、目が奪われるほど美しい夜明け。


 前回の終わりを反転させたようなエンディングにしてみました。

 さあ、次は番外編となります。

 いよいよあの男について語れる。嬉しいです。


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