おかえり
コメディタッチです。
水色ポニーテールがやってきた。
彼は、私の部屋で剣を振り回しながら満面の笑顔で告げる。
「記憶が戻ったなら、決闘をしましょう」
私の顔が青ざめていく。
ひぃー。怖いよ。
だ、誰か助けて下さい。
「この時のために私は腕を磨いておいたのです」
いや、もうあれ以上強くなる必要なんてないから。
「さあ、いざ尋常に勝負を始めましょう。私はあなたを倒して、世界に羽ばたきます!」
「……」
世界どころか宇宙に羽ばたいて行って、そのまま帰ってこないで欲しい。
「わ、私があなたごときと釣り合うと思っているのかしら。調子に乗らないでくれる?」
……調子に乗っているのは、私の方だった。
しかし、プライドが高すぎるせいで、本音が言えない。何だか、バカな私だった。
「私を倒す前にルークを倒してからにしなさい」
ごめん、ルーク。
私のために死んで。
「では、ルークさんを殺せば、勝負してくれますか?」
「えっと、殺したら絶対にダメ」
……生きろルーク。
「ロイもノエルのところに来ていたのか」
その時、ブラックチョコレートのような甘さと苦さの共存する声が聞こえた。
レッド・カレン。
彼は、窓から入り込んできた。……その入り方、危険じゃないかな。
「ロイ。ちょっとノエルと大事な話があるから、出て行ってくれないか」
「わかりました」
何て横暴な男なのだろうかと思ったが、ロイとの決闘をせずに済んだので助かった。
「大事な話って何?」
何か深刻な話なのだろうか?事件でも起こったのだろうか?
「一回、やらせてくれないか?」
「はあ?」
……勘違いした私がバカだった。
「最近、性欲が溜まっているんだ。どうもノエル以外ダメらしい」
「それを解決するいい提案があるわ。今すぐ死になさい。大丈夫よ。あなたがいなくても社会は何も困らないから」
「大体、ノエルは、目の前にこんなにいい男がいるのに、ムラムラしたりしないのか?」
どうしてこんな流れになった。今は、真昼だぞ。
「ええ、全くしないわ。豚相手に、欲情しないのと同じことよ」
「おかしいだろう。だめだ。このままじゃノエルは、大人になれない。
これから、俺が、ノエルが大人の階段を上るための指導をしてやる!!さあ、まずは服を脱ぐことから始めよう」
「今すぐゴミ箱に自ら飛び込んで廃棄処分されなさい!」
「だいたい、そのまま誰にも揉まれず、舐められず、垂れ下がってしまったら、おっぱいがかわいそうだろうが!」
「かわいそうなのは、こうして卑猥な言葉を浴びせられる私よ!」
「悪い。じゃあ、ノエルは、どういう人間と付き合いたいんだ?」
全然、反省してなさそうな態度でレッドが謝った後に、そう聞いてきた。
「何というか、もっと普通の人間と付き合いたいのよ。将来ヤンデレになる設定の人間は、恋愛対象外だわ」
レッド・カレン。
レッドルートで、メラニーが浮気をしたら相手を殺して桃太郎みたいに川に流すというルートまで存在していた。怖い。怖すぎる。
「俺はどこにでもいる普通の人間だよ」
どこにでもいない異常な人間であるレッド・カレンは、肩をすくめながらしゃあしゃあと嘘をついた。
「嘘つけ!伝説級の殺人者のどこが普通の人間なのよ」
「……心かな」
こいつの心が普通だったら、世界はもっと壊れているだろう。
「普通の人間は、10股なんてしたりしないわ」
「何を言っているんだよ。ノエルだって4股じゃないか」
「はあ?私がいつそんなことしてのよ!」
「俺にルークにレオンにエリック……。ノエルは、何というふしだならビッチなのだろうか」
「お黙りなさい、浮気男」
するとレッドは、ウソ泣きをする真似をしてきた。
「うう……。俺を弄ぶなんてひどい。
責任を取って結婚をしてもらわないと」
「何てひどい被害妄想なのかしら。かわいそうに。とうとう頭までぶっ壊れてしまったのね。あなたはきっと自殺するべきよ」
「その時はノエルも道ずれにするよ。そうしたら寂しくないし」
さらりとレッドは、恐ろしいことを言ってきた。
「一人で死ねよ」
そう言った私は、悪くないはずだ。
「ああ、本当に性格が残念で、ひねくれていて、わがままで、横暴で、自己中心的で、転んでもただでおきないような女だな」
「バカにしているの?」
「違うよ。褒めているんだ。お前は俺好みのいい女だ。
そんなノエルをかわいいと思う」
私は、不意打ちを食らった。
「な、な、な、何よ!そんなお世辞を言ったって……うれしくない」
顔が真っ赤に染まる。ちくしょう。やられた。
「顔が真っ赤……」
レッドが茫然とした感じで呟いた。
もう観念したようにポツリ、ポツリとしゃべりだす。恥ずかしさをごまかすように髪の毛をいじくってしまう。
「だって……かわいいなんて言われたこと久ぶりだし……」
真っ赤になりながら視線をきょろきょろさせる。
そんな私に向かって、レッドが愁いをこめた瞳をしながらポツリと呟いた。
「俺は、手に入れた多くのものに飽きてきた。
だけど、お前にだけは飽きないだろうな」
「うわあ……。飽きっぽい男が何か言っている」
「本当だよ。ノエル・ハルミトン。お前は、どんなに暗い世界でもきっと輝いているだろうな。そんな風に俺にとって輝いているお前を見てみたかった」
いつも遊び心と自信に満ち溢れているレッドが、珍しく自信を失ったようにボソボソと呟いた。
「ノエルが記憶を取り戻すことがない気がして怖かった。もうノエルとはこんな会話をできないと諦めていた。だけど、ノエルはまた戻った。そのことがうれしいんだ」
いつものように凶暴な笑顔ではなく、はにかむような、嬉しさを押し殺すようなかわいい笑顔を浮かべた。彼の頬がほんのり赤く染まっていた。
こいつでもそんな顔をするのか。不覚にも少しときめいてしまった。
「おかえり」
レッドは、ブラックチョコレートのような声でそう言った。
「ただいま」
涙が出そうになるくらい懐かしい音が私のために響いた。
彼は、私を歓迎するように私の頭を大きくて暖かくて手で優しく撫でた。
郷愁と温かさに包み込まれた。
読んでくださりありがとうございます。




