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芽生えた惡の華

 まずは、エリックから。

「何で?何であなたが私の婚約者になっているの?」

 私は地団太を踏みながら抗議した。ハンカチがあったら、キーと噛んでいたところかもしれない。

 エリックは、肩をすくめながら答えた。

「確かに、俺とノエルはただの口約束で婚約解消をした。

 けれども、正式に書類を渡そうとするとなぜか宰相が病気で寝込みだしたり、印鑑が真っ二つに割れたりして手続きができなかった」

 乙女ゲームの強制力……恐るべし。

「正式に婚約解消されたのは、ノエルが記憶喪失になったからだ。

 記憶喪失、すなわち、健康ではない女性は時期王妃にふさわしくないとして婚約者候補から外された。だけど、ノエルに記憶が戻った。だから、元通り自動的にノエルは俺の婚約者に戻った」

 なんてこった。記憶なんて思い出すんじゃなかった。こうなったら、忘れた振りをしよう。

「あら?あなたの名前を思い出せないわ。

 きっと記憶喪失ね」

「じゃあ、もう二度と忘れないように、俺の存在をその体に刻み付けようか」

「ああ、あなたのことを思い出した。だから、そんなことする必要ないわ」

 そして、私はあることに気が付いた。

「そうだわ。他国の女王との結婚は、どうなったの?」

「ああ、女王シャーロットは、俺の秘書であるリュークと恋に落ちた。だから、何も心配することはない」

 悪魔の微笑みをしながら、告げるエリック。絶対にこいつが裏で何かをしたに違いない。まさか弱みを握って脅したのか?それとも、既成事実を作ってしまったのか。……知るのが怖い。

「だいたい、今なら、私たちの婚約を正式に破棄できるはずよ」

 だって乙女ゲームの強制力が働いていないはずだから。

「そんなことどうでもいいだろう。

そういえば、この間、ノエルがルークの話をするとき『あきら』って呼び間違えたよね」

「それが何か?ルークなんて存在感ないし、呼び間違えて当然でしょう」

「ふーん。長年過ごしてきた義理の弟の名前を呼び間違えるのか」

 青いサファイアのような目が私を捉えている。

 まるで蛇に睨まれた蛙のような気持になった。

 ゾクリ。まるで、悪魔に目をつけられたように嫌な予感がした。

「『あきら』ってまるで東洋の名前みたいだね」

「そ、そそうかなあ」

「ねえ、ノエル。一つの仮説を聞いてくれないか。

 君が意識不明になった後に、性格が変わったことがあっただろう。

 その時に、君は前世の記憶でも取り戻したんじゃないか」

 気が付いていたのか。

 ルークが何かヒントでもあげたのだろうか。いや、でもルークがこんなことをエリックにしゃべるとは思えない。

「……」

「だいたい、この俺と婚約破棄をしたいだなんておかしい。最初は、魂が入れ替わったのかと思った。しかし、ノエルの性格は変わっても本質は変わらなかった」

 じわじわと追い詰められていく気がする。

 名探偵Lと戦っている夜神 月の気持ちがよくわかった。ぜひとも反撃したい。

「記憶喪失になった後に、ノエルがあんなに性格がよくなるなんておかしい。もっとわがままで性格が悪くなるはずだ」

「記憶を失ったら、わがままで性格が悪い女にならなくて悪かったわね」

「いや、悪くなかったよ。そして、俺の推理も裏付けされた。ノエルは、前世ではずっと昔は性格がよかったことがあったため、あんな天使のような性格になっていたんじゃないかな」

 私に関することなら何でも知っているような青い目が恐ろしかった。

「そして、ルークは、あの日からノエルに対する態度が少し変わった。まるで、長年培われた相手同士で会話をしているようだった。

 何というか、張り付いていたかませ犬感が剥がれ落ちていった感じがした。

 今までは、かませ犬になるために生まれてきたようなオーラが出ていたのに」

 こんなことを言われるなんて……ルーク、かわいそうに。

「ここまでわかるなんて、あなたも転生者なの?」

「はい、自白ゲット。これで証拠を掴めたよ」

 エリックは、ニヤリと意地の悪そうな笑顔を浮かべた。本当に、嫌な奴だ。

「俺はそんな記憶はない。

 ノエルは、やっぱり前世の記憶があるんだね。そして、ルークも前世で記憶があってノエルと仲が良かった。……気に食わないな」

転生者でもないくせに、解答にたどり着くなんて、こいつ……化け物か。

さすが、ヤンデレ系メインヒーロー。エンディングと共に消滅すればよかったのに。

「それから、一つ気になっていたことがある。俺がノエルを殺そうとした時、ノエルは驚かなかった。まるで、そうなることがわかりきっていたような反応をしていた。あれはどういうことだ?」

「さささあ。何のことかしら?」

「ノエルは、俺に殺されそうになる未来を知っていた。だから、婚約破棄をしようとした。

 俺だけじゃない。レオン、ロイ、レッド……そんな一度にたくさんの人間がノエルを殺そうとするなんておかしい。そして、俺とレオンとレッドには、『メラニーに惚れている』という共通点があった。三人とも急にそうなるなんておかしい」

 何であなたはそんなに鋭いのよ。

 敵になった時はすごく恐ろしく感じだが、味方になっても恐ろしく感じる。面倒くさい奴だ。

「最初は、メラニーに操られていたのかもしれないと思った。

 だけど、それだけじゃどうしても説明がつかない。まるで、ノエルを殺せとプログラミングされているようだった。それに、俺はメラニーには洗脳されない自信がある」

 ちっ。これだから、天才が嫌いだ。

 何もかも暴かれていく気がする。どんだけハイスペック何だよ。

「そんだけ頭がいいなら、自分で考えな」

「じゃあ、もしわかったら、俺と結婚してくれる?」

 さすがのエリックも、ここが乙女ゲームの世界で、自分がそのキャラクターだなんていう設定にはたどり着けないだろう。イケメン、ざまあ。せいぜい考えすぎて頭が痛くなればいい。

「……まあ、わかったら」

 私は、挑発的な笑顔を浮かべてやる。

「うん、約束だよ。

 例えば、こんな設定だったんじゃないかな。

 この世界は、何かの物語のような設定だった。

 メインヒロインは、メラニー・ハルミトン。

 彼女の恋愛対象者は、俺か、レオンか、レッドか、ロイか、ルークか。イベントをこなすことで、俺達はプログラミングされたようにメラニーに恋に落ちた。彼女が誰かとエンディングを迎えるまで、物語の強制力は続いていた。

 そして俺とメラニーがエンディングを迎えることで物語が終わったから、みんなの性格は元に戻った。

 ノエルは、殺される運命だったけれども、前世の記憶を取り戻していたことにより、物語通りの行動をしなくなって、何らかの誤差が発生した。そのため殺されなかった」

 そんなことまで、わかっているのかよ!

「その悔しそうな顔を見る限り、俺の推理はあっているみたいだね」

 Lをぶっ殺そうとした夜神 月の気持ちがよくわかった。

「というわけで、ノエルは俺と結婚するしかないな」

「ちょっと待ってよ。

 そうね、あなたはこの世界が何の世界か言い当てていない」

 まだ、この世界が『乙女ゲーム』の世界だって言っていない。

 だったら、私の勝ちだ……たぶん。

 そんな風に告げた私に対して、エリックは、さらりと答えた。

「恋愛シュミレーションゲームみたいなものだろう」

「どどどどうして?」

「だって、俺以外にもルートがあるように見えたから」

「でも、そんなの認めないわ。この世界の名前を言い当てなさいよ!」

 彼は、形のいい唇をゆっくり開いた。

 そして、ベルベットのように滑らかな声で囁くように言った。


「乙女ゲーム。『黄昏の夢』」

 

 差し込んだ逆光が、エリックをスポットライトのように照らした。

「な、な、何であなたがそれを知っているのよ」

「ノエルが小さく呟いているのを聞いたことがあったから」

「これで、ノエルは俺と結婚しないといけなくなった」

 エリックの青い、青い瞳が、私を映している。私の思考なんて全て見透かされているような錯覚に陥った。

 思えば、エリックはこの話をする時に挑発的な態度だった。わざと私の対抗意識をあおり、『この世界が何か言い当てたら結婚をする』というむちゃくちゃな難題を押し付けて、私と婚約する作戦だったに違いない。

 ああ、やられた。くそっ。こいつには、勝てる気がしない。

 こんな化け物みたいな奴から逃げきれる気もしない。

 それでも、こんな状況は認めてたまるか。

「待った。今のは、なしよ。あなたのやり方は、卑怯よ」

「卑怯?上等だ。それで、ノエルが手に入るなら、俺はいくらでも卑怯になるよ」

エリックは、私の髪の毛を掴み、美味しそうな食べ物を見つけた獲物のように舌なめずりをした。


「もう逃がしてあげられないな」


 彼は、笑顔を浮かべた。

 その笑顔は、まるで手にした途端魂まで奪われそうなくらい美しい惡の華。


 魂が魅入られたように見とれてしまった私は、もう後戻りできない気がした。


 読んでくださりありがとうございます。

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