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狂想曲③

 

 試合が終わってから、部活が少なくなりようやく由良と一緒に帰れる。

 廊下掃除をちょうど終わらせた由良に話しかけた。

「由良」

 そう明るい声で呼びかけると、少女が壊れかけたような虚ろな目をしながら振り返った。

 心臓がドクンと音を立てる。

 次の瞬間、信じられないことがおこった。

 由良は笑った。

冷たさと狂気が混ざり合う美しい笑顔だった。

 こんな笑顔初めて見た。笑顔ですら今までに数回しかみたことがなかった。

 思わず顔が赤くなってしまう。けれども、由良は俺をみているようで俺を見ていない目で告げる。

 そして鈴を転がすようにかわいい声で俺に告げる。

「彰。そろそろ終わりにしよう」

 その一言で少女が思っていることが全てわかった。

 だけど……愛想笑いをしてごまかすことにした。

「〝終わり〟?なんのこと?」

「わかっているでしょう。

 そろそろあなたとの関係を解消したい」

 ……何かがおかしい。いつもの由良じゃない。僕が由良を怒らせるようなことをしたのだろうか。

 それとも……。僕は、内心の動揺を隠すように淡々と話し出した。

「関係を解消したい?

 そもそも今まで積み上げてきたものなんてあまりないのに」

 僕の言いたかったことは、これから仲良くなるつもりだということだ。

「そうね。

 ……だけど、あなたとのそんな微妙な関係も飽きた。

存在が邪魔だから消えて欲しい」

バッサリと切るような言葉。僕は、『はい、そうですか』と納得できるような男じゃない。 

「……どうして?」

「わかんないの?」

 由良は、逆に質問してきた。

「どうせ、彰にはわからないよ」

 少女は、見下すように結論付けた。

「彰はさ、ずっと私に同情してくれていたのね」

「違うよ。そんなわけない」 

 その言葉は、由良には届かなかったようだ。本当の想いがいつも相手に届くとは限らない。

「違わない。だから、私に優しくしていたんでしょう」

 由良は、僕に伝えることを迷っているみたいだった。だけど、まっすぐした目ではっきりと告げる。瞳が燃えているみたいだと思った。誰よりも生き生きとした目。だけど、その目には敵意も込められている。

「私はあなたを知った。そして大嫌いになった。

 お金持ちであることが嫌い。本を読んでいるときに話しかけてくることが嫌い。

 いい人面していることが嫌い。私の悪口を言っているところが嫌い。……だと勘違いさせるところが嫌い。

 私みたいな人間が彰なんて好きになるはずない」

 由良は、オルゴールのようにかわいらしい音色で残酷な言葉を奏でる。

「私と仲良くなることで私の悪口が増える。そのことをわかっていて、あなたは自分さえよければどうでもいいと割り切っていた」

「違う!」

「……違わないよ」

 確かに、僕は、由良がみんなに悪口を言われても全然フォローしていなかった

 由良が褒められたり人気者になったりするくらいだったら、由良が嫌われている方がましと思っていた。

 それは、由良は自分だけものにしたかったからだ。由良が嫌われて、僕だけを信じるようにしたかった。由良に自信をつけさせないようにしつつ自分に依存していくように誘導したかった。

 本当に、僕は最低な奴だ。

「悪口を言われた時に庇ってほしかった。他の奴らの言うことに愛想笑いで合わせていないで、怒って欲しかった。虐待を受けている時に、相談に乗って欲しかった。傷つくことを恐れながら自己完結して、勝手に人の心を決めつけて、幸せを決めつけて、私を決めつけていないで、もっと私と向き合ってほしかった。

 あなただけは、いつも私の味方でいて欲しかった」

 それが由良の心からの願いだったのかもしれない。

 醜い感情に囚われていた僕は、そんな単純なことにも気が付けなかった。

 自分のことばかりで、由良のことなんて考えていなかった。

 僕は、バカだ。


「彰なんて……大嫌い!」


 その言葉が心に突き刺さった。


 由良は去っていく。


 言葉を選びすぎて、言葉を考えすぎて、言葉を失った。


 僕は、自己嫌悪と罪悪感と痛みに囚われて踏み出すことができなかった。


 これが由良との最後の別れになるとは思っていなかった。

 

 

 呆然としている僕に向かって栗林さんが話しかけてきた。

「あのね、彰君。先週、高坂さんは、私たちの話を偶然聞いていたみたいなの」

 嫌な予感がする。

 あの時、僕はどんなことを言ったっけ……。

「彼女は、『本当に、かわいそうな奴かもしれない』まで聞いていた」

「ありがとう」


 次の瞬間には、走り出した。

 先週自分が言った言葉を思い出した。

 あの言葉は、そのままの由良をまっすぐ見ながらも、由良への好意にあふれている言葉だった。


『由良は嫌な女の子だ。性格が悪いし、かわいくもないし、誰かが死んで泣くような同情心もない。最低な人間だ。本当に、かわいそうな奴かもしれない』


 そして、それには続きがあった。


『だけど、僕はそんな由良と一緒にいたい』


 嫌われてもいい。

 興味を持ってもらわなくてもいい。

 優しさなんていらない。

 側にいる。会いに行く。声を聴く。

 一緒にいる。


 このまま由良なんてあきらめて、いつか大好きだったなって思い出して自分は何一つ努力していなかったことに気がつく。

 残ったのは傷一つない思い出。自分のプライドだけは守れる未来。

 一歩を踏み出せないと青春はただの写真一枚で終わってしまう。

 そんなの嫌だ。


 まだ諦めたくない。


 どれくらいの時間がたっただろうか。


 必死に走り続け、ようやく由良を見つけた。


 だけど。


 僕はそれを見て、絶句した。


 由良は死んでいた。


 アメジスト色の目は、もう二度と僕のために輝かない。

 あの大好きな笑顔はもう見ることができない。

 胸を刺されて無様に死んでいる。

「由良」

 

「由良、由良、由良……」


 何度名前を呼んでも返事をしない。 

 

 大好きな少女にはもう会えない。


 僕は暗い崖に突き落とされたような気分だった。

 こんな痛みには耐えられない。


 最初は、あんな奴大嫌いだった。

 偉そうにしていて、誰が傷ついても自分には関係ないという顔をしていて、話しかけても無視されたし、ひどいことばかり言われた。

 でもさ、誰になんて言われても平然と立ち続ける根性がいいと思った。

 冷たい仮面の下に隠れていた本当の彼女を知った。屈折していてばかなくせに、まっすぐした生き方を貫いていて支えてあげたいと思った。

 君は、僕の孤独を埋めてくれた。

 初めてこんな素晴らしい世界があることを知りませんでした。

 何度も、何度も君の気に入った言葉を読み返して、心に刻み付けた。

いつだって、僕に癒しを、救いを、楽しみを、嬉しみを与えてくれた。

 そして、別れすら言わずに唐突に僕の世界から消えた。

 

 何でまた僕を一人にするんだよ……。


 恋をしていた。

 少女を愛していた。

 そのかわいさにどれほどときめいたことだろう。

 眩しさに目が眩みそうになった。

 あの笑顔でどれほど胸が熱くなったことか。

 一緒にいられることをどれほど喜んだか。

 君と出会ってどれほど俺の世界が変わったか。

 声を聴きたいとどれほど願ったか。

 その美しさにどれほど引きつけられたことだろう。

 その温かさにどれほど救われたことだろうか。

 どれほど深く君を想っていたか。


 きっと君にはわからないだろうな。


 何もかも届けられない。


 もう一度君に会いたい。


 言えなかった言葉を届けたい。


 その願いは叶うことのない。


 読んでくださりありがとうございます。

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