狂想曲①
いきなりですが、前世の過去のエピソードをここで挿入したいと思います。
盛り上がっているシーンを、ぶつ切りにしてごめんなさい。
桜ヶ丘 彰の過去
小学校六年生の時に、転校生がやってきた。
名前は、高坂 由良。
クレオパトラを思わせるような気高く美しいアメジスト色の瞳に、ショートボブの髪の毛。きつい雰囲気のする少女だ。
彼女は、転校してから一度も笑わず、誰とも関わろうとしなかった。
すぐに、性格が悪く、冷たいと評判になった。
由良と二人きりの廊下掃除になったとき、てっきりずっと無言のまま終わるのだと思っていた。話しかけようと思ったが、他の男子みたいに冷たくされたり、無視されたりすることが嫌だったからやめた。
しかし僕の予想は大きく外れることになった。
なんと僕は、あの由良から話しかけられたのだ。……恥ずかしい思い出だけれども。
「桜ヶ丘君。さっきから気になっていたのだけれど」
思わず〝由良〟という少女に話しかけられて思わずドキドキした。
この子が僕に話しかけるなんて……もしかして彼女は僕のことを好きなのかもしれない。
そんな予想とは、裏腹に彼女は冷たい言葉を告げる。
「ズボンのチャック開いている」
「あ……」
やってしまった。慌ててチャックを閉めた。ていうか、女だったら恥ずかしがれよ。こんなの平然といってのけるなんて女じゃない。こういう風に女の子っぽいこと何一つできないから、クラスの中で一番嫌われている子になっているんだ。こいつに友達がいないのは、自業自得だ。でも、お礼くらいは言わないと。
「ありがとう」
笑顔でお礼を言った。昔から、女の子に対してあざとい媚を売って評価をあげることは得意だった。すると、気色の悪いものでも見たとでも言うように由良は顔をしかめた。
「露出狂なの?気持ち悪いから、パンツなんて見せないで」
何ていう嫌な女の子だろう。お礼なんて言うんじゃなかった。
「それを言うなら、高坂さんはどう考えても肌を隠しすぎだろ。宗教で肌を隠す人みたいだ」
「黙れ、エロおやじ」
……小学生でエロおやじ扱いされました。
この日をきっかけに僕と由良は少しずつ仲良くなりだした。いや、仲よくというよりケンカする仲になったという方が正しい。家が近かったこともあるんだろう。話す時間は、すぐに増えていった。
最初は、僕のことをうざそうにしていた由良も、徐々に話しかけたら返事をしてくれるようになった。
日に日に、少女に惹かれていった。
けれども、それは恋と呼べるような綺麗なものではなかった。
その年の夏、夏風が吹いて、由良の服がひらりとめくれたとき、僕は重大なことを悟った。
由良は、虐待を受けている。だからずっと肌を隠し続けていた。
自分の中に現れたのは同情や、憐れみではなかった。心を支配したのは、はち切れそうな歓喜だった。このせいでずっと由良は肌を隠し続けていたんだ。これで由良のほっそりとした腕が誰にも見られないで済む。
……その時、僕は初めて自分の醜さを知った。
由良がこんなに傷ついているのにこんな反応をするなんて狂っている。僕は、一瞬だけ目が合った由良に何も言えなかった。何事もなかったようにふるまうことしかできなかった。
虐待をされて育てられ、まともに友達も作っていなかったからだろうか。
由良は、常識に欠如していた。白いイヤホンを耳に着けて、携帯に入れたお気に入りの曲を流す。この曲は、とても美しい世界を描いている。
しかし、音楽を聴き始めてすぐに由良は来た。慌てたイヤホンも携帯もカバンにしまった。
「彰ってそんなに耳が悪かったの?」
こいつが何でそんなことを聞いてくるのかさっぱりわからない。
「え、どうしてそんなことを思うの?」
「だって補聴器をつけていたじゃない」
補聴器……。まさかこのイヤホンのことを指しているのだろうか。
だけど……試にイヤホンを取り出した。
「これのことか?」
「ええ、そうよ」
由良は、ためらいなくそう言い切った。
「……由良、これはイヤホンという音楽を聴く道具だよ」
「え……じゃあ町中のほとんどの人の耳が急激に悪くなっているというのは思い込みだったのか……」
「……」
世の中には、こういう女の子もいるのか。勉強になった。世界を見る目が変わった気がする。
「……」
「でも、私は観察力には優れているのよ。
あなたがケガをしていることに気がついた」
誤魔化すように赤面している少女は、小さな咳払いをしてからそう言った。そう言いながら人差し指で示された、自分の右腕を見てみる。
「ああ、腕のキズのことか。
この間のバスケの時に引っかかれて」
バスケでは、近くの奴の爪が長かったりすると引っかかれることもある。由良は、僕のキズをじっと眺めながら言ってきた。
「私、校門の前で配っていたティッシュペーパーを持っているけど……」
ま、まさか……由良に優しくしてもらえるのかもしれない。
ドキドキ。ソワソワ。べ、別に全然期待なんてしてないよ。
「ティッシュペーパーがもったいないから死んでくれない?」
「……僕の命はティッシュ以下か」
「もちろんそうよ。比べること自体、ティッシュに失礼よ。あなたはティッシュに謝るべきだわ」
「なんて性格が悪いんだろう。いっそすがすがしいな」
「昔は、性格がよかったのよ」
夜明け色の瞳に、少し寂しげな色をにじませていた。
そんな由良を見たことなんてないからどう対応したらいいかわからなくて、ついいつものように軽口を叩いた。
「そりゃあ、赤ちゃんの頃は誰もが性格がいいだろうな」
「お黙りなさい。そんなに昔じゃないわ。
小学生くらいの頃は、天使みたいに性格がよかったの。
人を傷つけることを恐れてばかりだった」
本当にそんな時期があったのだろうか?今の由良がこんな性格だからどうしても疑ってしまう。
「クラスメートが、一年前に交通事故で死んだの。
彼は、私を庇って車に引かれた。
私は、雅也君が死んだのに、それを忘れて平気で生きている人間になりたくなかった。自分だけが笑って楽しい毎日を送ることに罪悪感を覚えていたの。だから、冷たい態度で他人を遠ざけるようになったの。気が付いたら、道を間違えてこんなに性格の悪い女の子になってしまっていた」
道を間違えすぎだろう……。どうやったら、こんなに性格の悪い女ができるんだよ。
でも、由良の性格の悪さと冷たさは、由良の雅也とやらに対する免罪符だったんだろうな。
少女のために全てを捨てた少年。
少年のために冷たい態度で世界を否定しようとした少女。
その関係が少しだけ羨ましかった。




