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悲壮曲②

 裏切られたとか、予想外の展開と思ってくれれば、うれしいです。

 あれから、完全にぶちぎれた私は、彰と絶交をした。

 直後、怒りに任せて学校から走り出した。適当に走り続けると、人気のない雑木林にたどり着いた。ここなら、誰にも見られることなく泣ける。

 弱い自分を誰にも見せたくなかった。傷ついていることを知られたくなかった。

 私は、誰よりも大切だった人間に裏切られて傷ついた。そんなかわいそうな自分のために、今だけは泣きたいだけ泣こう。

 そう思っていたところ、背後から私を呼ぶ声がした。

「由良ちゃん!」

 今はその明るさが鬱陶しかった。

「一之瀬君」

 ……私には、作り笑いを浮かべる元気すらなかった。死んだ魚のような目をしながら、かろうじて返事をする。

「目が赤いですよ。何かあったんですか?苦しい時はいつでも俺を頼ってください。

 まだ頼りないかもしれないけれど、由良ちゃんの力になるように頑張るので」

「私ね、彰と絶交したの」

「それでよかったと思いますよ」

「私も、これでよかったと思うの」

「同感です。あんな男とは関わるべきじゃないんですよ」

「違うの。こうして、本音をぶつけられたことがよかったと思うの」

 昔、誤魔化して、隠して、押し殺して、捻じ曲げながら生きていたら、とある少年に怒られた。

『何でそんなに押し殺してばかりなんだよ。言いたいことがあったら、もっと言えよ。

 嫌なことされたら、恨めよ。もっと俺に怒れ!

 澄まして突っ立っていたら、痛みなんてわからないだろう!』

 あの言葉は今でも覚えている。言葉にしなければ伝わらない。押し殺してばかりだったら、何も変わらない。他人の感情を背負って、生きることなんてできない。

 ここにいるのは、自分だ。

 自分が生み出した感情を背負って生きることしかできない生き物だ。

「こうして全部ぶつけられた。もう失うものなんてない。

 そして、もう一度やり直したい。何度でもあいつと仲良くなりたい」

「は……」

 自分すら失った人間のように、一之瀬君は唖然としていた。

「もういいの。嫌われていてもいい」

 そうだ。

 何度、考えても私が選びたい道は一つだ。

「私は、あいつのことが好きなの。だから、全部許す。本当の気持ちも伝える」

 弱気な自分なんてもう捨てよう。

「私ね、これから彰の隣にいられなくなったらと思ったら怖くてたまらなくなったの。

 同情でも、二番目でも、代用品でもいい。ずっとあいつの側にいたい」

 かっこ悪いことをいってしがみつく奴にはなれなかった。愛の言葉とか友情の言葉とか言えなかった。見栄を張りまくった冷たい少女にしかなれなかった。逃げるか、傷つけることしかできなかった。もっと言いたいことがあった。もっと聞きたいことがあった。だけど、もう逃げない。もう迷わない。

 プライドなんて捨てるよ。

「彰は、桜ヶ丘機関の跡取りだし、最初から叶わない恋だって諦めていたの。

 だけど、どうしても伝えたい。

 今まで一番素直な私を見て、素敵って思ってほしいの。例え、この恋が実らなくても、一緒にいれば何もいらない」

 あいつと仲直りするんだ。

 彰とずっと一緒にいたい。

 それだけでいい。


「あはははははははははは」


 急に、壊れたぜんまい時計のように一之瀬君が笑い出した。

 狂いかけの笑顔。

「どうしたの?」

「バカだなあ。桜ヶ丘 彰が、由良ちゃんの悪口なんて言うはずないですよ。全部、嘘です。俺が考えた作り話です。こんなに簡単に絆を壊せるなんて思っていませんでした」

 そして、彰と栗林さんがキスをしている携帯の写真を見せた。

「この写真もただの合成ですよ。俺が嘘をつかない正直な小学生にでも見えましたか?人を見る目がないですね。……たかが小学三年生だと思って俺をなめてばかりいるから悪いんですよ」

 トーンを落とした声で、私というものにがっかりしているようにそう言った。

 そうして私をバカにするように唇を歪めた。

「な、何でそんな嘘をついたのよ!」

「……何で?そうですね。

 俺は、小学生なので上手く説明なんてできませんよ。

 ……高校生の精神じゃあるまいし」

 そう大人びたような、冷め切った、夢を諦めたように腐りかけた目をしながら誤魔化すようにそう言った。

 

「もういらない」


 感情を押し殺したようにフラットなのに、心に突き刺さるような声がやけにはっきりと聞こえた。


次の瞬間、小さな肉切り包丁のように鋭いナイフが、私の胸に突き刺さっていた。


「  」


 声にならない叫びがこぼれた。

 痛みが体を支配する。

 私は、その場に崩れ落ちた。 

 どうして?

 何で……こんなことを……。

 まさか、一之瀬君が私を刺すなんて思っていなかった。

 これほど衝撃を受けたことは初めてだ。

 そんなに嫌われていたのだろうか。

 

「バイバイ、由良」


 幼さの残る声に大人びた雰囲気で別れを告げられた。


 痛みと共に意識が闇に落ちていく。


 その時、彼は笑った。


 彼は、満ち足りた月みたいな、雪のように真っ白で、夏の夜の夢みたいにおぼろげで、香水のように色めいて、魂が恍惚としているような、懐かしいメロディーのように温かく、見たものの魂を奪い去るような、これ以上ないくらい幸福そうに見えて、沈みかけた太陽のように儚く、一瞬で消える粉雪みたいに淡く、この世の終わりを思わせるように美しく、初恋が叶った少年のような笑顔を浮かべた。


 一之瀬 透。

 この少年の心情については、そのうち絶対に語るつもりです。今は、彼がどうしてこんなことをするのかモヤモヤするかもしれませんが、ちょっと待っていてください。


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