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小さな恋

 レオンのターンです。


 俺、レオンの脳裏に、遠い昔の光景が蘇った。

 ノエルがエリックにプレゼントを渡した少女を転ばした日のことだった。

 僕は、思い切って忠告した。

「そそそそそんなことしていたらみんなから嫌われるよ」

 ノエルが悪口を言われていることは、僕も嫌だった。

「だから何?私は自分を押し殺して生きるくらいなら、世界中の人間から嫌われてやるわ。

人間は、きっと憎むことなしに愛せないし、嫌うことなしに人を好きになることなんてできないの。嫉妬することなしに誰かを大事に思えないし、苦しむことなしに本当に人を愛することなんてできない。

だから、嫌われたくないなんていう考えは、傲慢だわ。神様だって無理よ」

「……」

 いや……でも、いくらなんでも敵が多すぎるだろう。

「それに私はどんなに嫌われても、どうしても失いたくないものがあるの。

 誰に笑われても、嫌われても、それを誰にも譲るわけにはいかないの」

 ノエルにとって一番大切なものは、金髪碧眼の少年のことだった。

 

 昔の僕は自分がなかった。他人の価値観に振り回され、他人の言葉で自分を塗りつぶされ、他人の欲しいもので自分が選ぶ道を決めて、みんなと同じものを持つことで安心して、みんなと同じ答えになることで満足して、自分なんて押し殺して、押し殺して、もう透けて見えなくなるくらいで、そうして輪から外れることを恐れた。

 だから他人の言葉や評価ばかり気にしていた。他人にいい印象を持ってもらうことが全てだと思っていた。一人ぼっちになることも、人と違った行動をすることも怖かった。怖くてたまらなかった。


 ノエルを見ているうちに、俺は、自分が欲しいと思った。他人の言葉を気にしてすぐに死にたくなる奴じゃなくて、自分が選んだ道を堂々と肯定できる奴になりたいと思った。嫌われてもいいと開き直れる強さが欲しかった。本気で変わりたいと願った。


 みんなから嫌われていると思い込んでいたから、バカにされて悪口を言われると信じていたから、世界から笑われている気がしていたから、誰とも何も築けないと思っていたから、誰にも興味を持てなかった。誰も好きになれなかった。誰も愛することができなかった。人と関わることから逃げてばかりいた。ノエル・ハルミトンは、俺が初めて興味を持った少女だった。興味を持ってしまった少女だった。届くことがないことはわかっていたのに憧れてしまった。


 あの頃の俺は、自分ではない何かに憧れていた。


「もてる」ことはすごいことだから漠然と「もてたい」とずっと思っていた。


 他人にちやほやされている人間ほど輝いていると思っていた。


 見た目さえイケメンなら、それだけでかっこよくなれると思っていた。


 だけど、ボロボロで薄汚れたエリックに何もかも負けた気がした。

 

 殴られているエリックを見ながら、俺の心に湧き上がってきたのは、愉悦と嫉妬だった。

 あいつのことがずっと嫌いだった。彼の不幸と絶望を心の底から喜んでしまうほど、エリック・ブラウンという少年が嫌いだった。自分の欲しいものを手にしていたのに、大事にさえしてくれなかった少年が憎くてたまらなかった。彼がノエルに好かれていることも、神々しいほどかっこいいことも、才能にあふれていることも、そして努力を惜しまない素晴らしい性格をしていることも……全部嫌いだった。あんな神様に愛されているような理不尽な存在を、俺は認めることができなかった。

 そんな自分がひどくちっぽけでかっこ悪く見えた。


 エリックは、ますます激しく暴力を振るわれ続けている。


 もうそろそろ終わりにするか。


 その時、暗い世界に差し込む一筋の光のような声が聞こえた。


「あなたは本当に昔からバカね」


 その一言で全てを悟った。


 エリックがノエルの記憶の扉を開いた。


 ああ、そうだ。


 あいつは、昔からそうだ。


 俺ができないことを平然とやってのける。


 ノエルにとって一番大事な人間が誰か思い知らされたような、貴重な結晶がポロリと手から零れ落ちたような、二人の絆を見せつけられたような、失恋したような気分になった。


 幼いノエルは僕の灰色に曇った日々を、色鮮やかでときめきにあふれる日々に塗り替えてくれた。

 だけど。


 小さな恋は、実らなかった。


 俺の思いは、叶わない、報われないものだった。

出会った時から、勝ち目なんてなくて振られる運命だったのかもしれない。

君が一番楽しそうだったのは、エリックといる時だったから。

 お似合いの二人であることを俺が一番よく理解していた。


 なあ、ノエル。君にとって大事な人ほど側にいた。


 それは、僕じゃなかった。


 ……。

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