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「さようなら、ノエル」

 さあ、エリック視点です。

 神秘的なアメジスト色の目には、俺が映っている。

「本当に申し訳ありませんでした」

「いや、悪かったのはこっちだよ。ごめんな」

「ととととととととんでもないです」

 必死になって手を振っている様子がかわいかった。

「そ、そういえば、お、お、王子様。私の記憶を思い出す手がかりになりそうなことはありませんか?」

「……思い出さないままでいいこともあると思う」

 その方がノエルのためになる。

 そうだ。

 ノエルを踏みつぶした男のことなんて思い出して欲しくない。こんな最低な男のことは、一生忘れたままの方がいい。それにノエルには、幸せになって欲しい。殺されかけたこと、嫌われたこと、全てを忘れて新しいスタートを切れるなら、こんないいことはないのかもしれない。例え、かわいそうな少年が永遠に愛することを許さないままだとしても。

「あなたは私に記憶を取り戻して欲しくないのですか?」

「別に、俺の意見なんてどうでもいいだろう。客観的に見て、元々ノエルという性格の悪い少女は嫌われていた。それを忘れて、周りから愛されながら新しく人生をやり直せるなら、その方がいいに決まっているだろう」

 これは欺瞞だ。

 俺が使い慣れた薄っぺらく中身も思いも少しもこめられていない言葉だ。自分に笑えと命令する。顔に咲くのは大輪のバラのような笑み。これで自分の全てをごまかせた。

 だけど、これはきっと偽物だ。殺して、隠して、閉じ込めて、偽って……みんなの望むエリックという人間を演じてきた。それは、いつしか狂いだしていった。自分を殺しながら出した言葉。自分を偽りながら浮かべる笑顔。他人に合わせてばかりいる会話。

 もう疲れた。

「……どうでもよくなんてないです。

 私はあなたの意見を聞いているのです」

 俺の意見。そんなものに価値なんてないのに。願うだけ無駄なのに。

「そうだね。俺は、ノエルが記憶を取り戻そうと、このままだろうともう興味はない」

 もう少女を利用することはやめた。代わりに自分を最後の一滴まで利用し続ける。他人が求めている言葉を吐き、他人が求めている笑顔を振りまく。他人が求めている理想を演じて、他人が求めている自分になる。そうして求められるまま自分に命令しながら行動していく。

 自分で選ぶことが苦手だった。

 だからパンツの柄はいつもイチゴでした。

 変わることを恐れました。

 だから小さい頃からマザコンでした。

 というのは冗談だけれど。

「あなたは、随分冷たい人間ですね」

 少しだけ本音を漏らしてもいいだろうか。

「そうだ。優しさなんて、全部、嘘だった。

 俺は、自分の駒となる役に立つ人間以外に興味を持たない。そうやって、ただひたすらみんなが求めるエリック・ブラウンを演じ続けているだけの奴だ」

 優しい人間の振りをしました。思いやりのある人間の振りをしました。感情のある素敵な人を演じました。人間の振りをしました。みんなに尊敬され褒められるようになりました。友達がいっぱいできました。集まってきました。ああ、ちゃんと演じられているって安心しました。


 だけど心はあまりにも空虚でした。


 自分をなくし、自分を壊し、自分を殺し、自分が隠し、もう自分ではない怪物に成り果てているのに、それでもエリック・ブラウンという人間を演じて生きていく。

 みんなが俺に求める生き方を続けていく。何が欲しかったのだろうか。何を得られたのだろうか。それすらもわからなくなってもこの生き方を変えることなんてできない。

「あなたはそれでいいのですか?そんな生き方をし続けて、演じ続けて、本当に欲しいものを得られなくてもいいのですか?」

「別に俺なんてどうでもいいだろう」

「どうでもよくなんてない!」

 俺の心を反映させたような痛々しい顔をしながらサクランボ色の唇を開いた。

「何でそんなに自分を殺しながらしか生きられないのよ!」 

 ノエルは、こんな俺に怒っているように怒鳴りつけた。

 その声にはどこか悲しそうな響きがあった。

 背負ってきたものはあまりにも重すぎて、今にも押しつぶされてしまいそうになっているのに。それを放り出す術は見つかっていない振りをしている。本当に欲しいものはすぐ近くにあるのに、手を伸ばしたら何もかも壊してしまいそうで、何もできない。


「そんなに自分を殺しながら、失いながら生きる必要なんてないわ」


 少女は、沈みかけた夕日のように儚い笑顔を浮かべながらこう言った。


「あなたはもっと夢を描いていいのよ」


 例え俺がノエルをどんなに愛していても、この気持ちはずっと殺しながら生きていかないといけない。ノエルが欲しかった。これはきっと届くはずもない願いだ。伝えることのできない思いだ。だから、諦めないといけない。手に入らないものに、いつまでもすがり続けたってしょうがないだろう。そんなの無駄だろう。この自分を殺す生き方は、エリック・ブラウンとしての義務だ。


「俺は、この生き方を変えるつもりはない」


 だから、ノエルを手に入れることはできない。


「さようなら、ノエル」


 君と歩むのは、ここまでだ。


 もう振り向かないで歩き出そう。


 俺は君を愛していた。


 これでおしまいだ。


 途中でちょっとふざけました(笑)。エリック、ごめんね。

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