「てめぇみたいな奴が一番ムカつくんだよ!」
キャラ崩壊上等、物語破壊上等、王道無視……です。
でも、このアイデアが浮かんだ時、「ああ、書きたい」って思いました。
もしかしたら、この章のテーマは友情というものなのかもしれません。
ロイが銃の手入れをしている俺に向かって話しかけてきた。
「元気がないですね。どうかしましたか」
「……ノエルが結婚するって」
ポツリと漏らした。
「相手は誰ですか?」
「ルーク・ハルミトン」
「それはご愁傷様です。きっと倫理観に欠如しているレッドのことだから浮気でもするのでしょう」
ロイの中で俺の認識はどうなっているのだろう?本当にひどい男だ。
「浮気するつもりはない」
「だったら、結婚式に乗り込んで花嫁をさらうのですか?」
「いや、奪うつもりもない」
「それじゃあ、かませ犬的ポジションに自ら落ち着こうとするのですか?」
「しょうがないだろう。ノエルだってたぶん好きな奴といた方が幸せだろう」
肩をすくめながら、なだめるように言い聞かせた。
けれども、ロイは不満げだった。
ロイは、いい奴だ。だからこそ、結局は俺のノエルへの恋心がみのることを願ってくれていたのだろう。……もしかしたら、厄介ごとを押し付ける相手が交代してくれることを願いながら。
「なあ、ロイ。俺みたいな奴が誰かを本気で好きになることができると思う?」
ノエルの性格がすっかり変わってしまったからだろうか。
彼女への愛は薄れていた。
ノエルという存在すら考えていない時間が増えてきた。
小説のヒーローのように、ノエルがいないと生きていけないほどではない。
俺はノエルの全てを盲目的に、絶対的に、プロミラミングされたように愛していたわけではなかった。
どうしても欲しい物ではなかったのだろう。
代用品なんていくらでもいる。
ノエルがいなかったところで俺の日常は大して支障なく動いていった。
本当の愛じゃなかったのだろう。
「あれほど燃え上がっていたメラニーへの愛も冷めた。
どうせノエルへの思いも一時的なものに決まっている。時が来れば、ノエルの存在すらもどうでもよくなっている」
「レッド」
ごまかすように、隠すように、言葉を並べていく。
言い訳はし出したら止まらなかった。
「別にノエルなんて好きじゃなかったんだよ。
ただの勘違いだった」
「レッド」
「結局、俺みたいな奴が誰かを愛せるわけがなかった」
ああ、そうだ。
いつだって俺は女に対して最低だった。
理解したいと思うほど興味がわかず
自分の時間をさいてもいいと思えるほど寛容になれなかった。
ふいに、ロイは俺の胸倉をつかんだ。
そして俺を引き寄せ空いている手で思いっきりぶん殴る。それと同時に手を離す。
俺は見事に椅子ごとひっくり返った。そして大きな音を立てて床にぶち当たる。頭から血が出てないから大丈夫だろう。
「いきなり何をする?」
「いつかはこれをやろうと思っていました」
……お人よしだと思っていた奴は、地味に嫌な男だった。
「てめぇみたいな奴が一番ムカつくんだよ!」
今まで聞いたことのないような野太い声が響き渡った。
俺は言葉を失った
真面目で礼儀正しい青年が
初めて敬語を使うことを忘れて
パートナーである俺を容赦なく怒鳴りつけた。
もしも、ノエルに銃で撃たれて殺されそうになったとしてこれほど驚かなかっただろう。
「そうやって自分を守り、逃げながら、孤独に生きればいい。
不幸ぶって、特別ぶって、誰とも本気で向き合うことなく生きればいい。誰もがお前を見限るけど、それすらもどうでもいいことのように思って生きていればいい」
「お前に俺の何がわかる?」
わかんないくせに、偉そうに上からものを言うんじゃねぇ。
俺は、自分以外に理解されない存在だ。
「何もわかんねーよ。だけど、今のてめぇを見ていてイライラする。レッドがそんなに性格がいいだなんて失望した。慰められることでも期待していたのか、そんなわけねーだろう!私の知っているレッド・カレンはもっと最悪な奴だった。自信満々で、性格が悪くて、自分がイケメンなのを知っていて表と裏を使い分けて生きている奴だった。
まるで最悪というのを絵に描いた様な男だった。あんなノエルみたいに最悪な女と一緒にいられるのは、最悪なてめぇしかいないだろう!」
俺は、頭を押さえながら立ち上がった。唇が切れて血が出ているが、頭からは血が出ていないから大丈夫だろう。
「優しい人間になる必要はない。相手の幸せばかり祈らないでいい。不倫の一つくらいしてしまえ。
私だって失敗した。剣しかなかった私が敗北した。だからお前だって失敗しろよ。かっこつけてないでかっこ悪くなれよ。道何て踏み外してしまえ!何でお前がいい人ぶっている?気持ち悪い。ノエルが好きなら、強引に奪えよ!」
憧れた自分になれなかった。
優しい人間になれなかった。
本音で誰かと向き合える強さをもてなかった。
誰かを一途で純粋に愛せなかった。
傷つけても反省できなかった。
自分が傷つけたことを忘れていた。
ノエルにふさわしい人間になれなかった。
ここにいるのは、冷たく自分勝手で嫌な奴で最低な男だ。
それでも、ロイが許してくれるというのなら、
俺は、欲しいものを手に入れたい。
「わかった、ロイ……。俺は絶対にノエルを手に入れるよ」
俺は、手で口の血をぬぐった後に、不敵な笑みを浮かべた。
ロイは握り締めた拳を伸ばしてきた。
俺はそれに自分の拳を当てた。
失うことを知っていたから。
人との繋がりの脆さを何度も体験していたから。
大切な人を失っても何の支障もなく動いていく日常を知っていたから。
本当に人を好きになることはとても怖かった。
人を好きになった振りをし続けるだけだった。
適当な理由をつけて誰かを選んで、つまらないことでそれが冷めた振りをしていた。
誰も大事にできないから、仲よくすることも本音を打ち明けることも深い関係になることも恐れていた。
別れなんて日常でした。
人間関係は一時ものでした。
仲良くなった人間とは別れればもう思い出すことさえなくなった。
そのうち大事にすることや積み重ねていくことがばかばかしく思えた。
捨てることに慣れた振りをした。
裏切られることに傷ついたりしない強い人間になれたと思った。
殺して、裏切り、傷つけ、捨て去り、
冷たい人間が完成した。
そう思っていたのに。
ずっと同じ色の人間を求めていた。
一人でもいいと、何も得られなくてもいいと、誰とも共感することなくていいと割り切りながら生きていけるほど、冷たい人間になりきれなかった。
俺の負けだ。
最近は、ヤンデレブームです。そんな流れに対抗するように、愛が冷めるヒーローを書いてみたかった。
愛を捨てるシーンを書いたのは、捨てきれない愛が鮮やかに蘇るシーンを書きたかったからです。