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「だったら、一緒に寝てくれるよね」

 とんかつが食べたいとふと思った。

 私をそのまま抱っこしながら玄関から入るルークさん。

「お、おろしてください」

「嫌だ」

 子供っぽい甘い声ですぐに否定された。

「いや、でも。歩きたいんです」

「それなら、しょうがない」

 そのまま手を繋いで居間まで引っ張っていくルークさん。

 スキンシップが徐々にやばくなっている。

 あれ?人間ってこんなに触れ合う生き物だったっけ?

 まあ、ルークさんもレッドさんがいなくなればいつもの調子を取り戻すだろう。

 そう呑気に考えていた自分を殴りたい。

「ねえ、ノエル。今日は一緒にお風呂に入ってくれないか?」

 爽やか200パーセントのイケメンは、爆弾どころかダイナマイト発言をしてきた。

 私は、顎が外れるかと思うくらい驚いた。

「な、何を言っているのですか?

 私は女で、ルークさんは男です」

「うん、それくらい知っている」

「違う性別の人間が一緒にお風呂に入るなんておかしいです」

「混浴というものも存在しているじゃないか」

 それは盲点だった!

 しかし、ここで私は負けるわけにはいかない。

「お、同じ屋根の下で暮らしている男女が、混浴なんてふしだらです」

「ダメ?」

 甘えるような声をしながら聞いてくるルークさん。

 か、かわいい。何てかわいい生き物なのかしら。私は、今にも鼻血が出てしまいそうだ。

 だけど、負けたら倫理的にいけないわ。

 こんなことで敗北してなるものか!がんばるのよ、私。

「ダメです」

 腕組みをしながらぴしゃりと告げた。

 よくがんばった、私。今なら、ハガネの女という称号をもらえるかもしれない。

「じゃあ、一緒に寝てくれない?

 それくらいいいでしょう」

「お、同じ屋根の下で暮らしている男女が、一つのベッドで寝るなんて破廉恥です」

 すると、うるうるとした瞳、上目遣いをしながら、泣きそうな声で私の耳元に呟いた。

「お願い」

 腰が砕けてしまいそうだ。

 な、何こいつ。あざとすぎるだろう。

「だ、だめです」

「このまま僕に押し倒されてキスされるのと、一緒に寝るのとどっちがいい?」

「え?」

 何その選択肢。

 戸惑う私にクスリと笑いかけてから、ルークさんは追い打ちをかけるように続ける。

「それとも、今日みたいなことがないように鎖に繋がれたいの?」

「……い、嫌ですよ」

「だったら、一緒に寝てくれるよね」

「は、はい」

 気が付いたら、オッケーをしていた。私はただのバカだ。後で、適当にごまかすことにしよう。

「約束だよ」

「……。どうして私と寝たいと思うのですか?」

 一人の方がベッドを広々と使えていいにきまっているのに。

「一緒にいたいから」

 すると、ルークさんは悪戯心のあふれる笑みを浮かべながら即答した。

「な……」

 私の顔が思わず赤くなる。

 私には、彼がウサギの皮を被ったライオンに見えた。美少年って怖い。

 どうか一時間後に世界が滅びますように。 

 私は心の底からそう祈った。


 しかし、世界は滅びなかった。自力で何とかしなければならない。

 よし、今日は家出をしよう。このままじゃ、私は生きていけない。

 太陽に照らされた吸血鬼のように干からびて死んでしまう運命だろう。

 明日、帰ってきたら『ちょっと……宇宙人に誘拐されていた』とでも嘘をつけばいいんだわ。

「どこへ行こうとしているの?」

「ぎゃああああああああああああああ!」

 心臓が喉から飛び出て宇宙まで行ってしまうかと思った。

 軽く荷物をまとめてドアを開けた瞬間、腕組みをして優雅に壁に寄りかかっているルークさんに話しかけられた。

「ねえ、僕から逃げるつもり?

 ああ、きっと僕を愛しすぎて側にいることが怖くなってしまったんだね」

 こ、この人は頭がおかしい。ひぃ、怖いよ。

「だけど、絶対に逃がさないから」

 そうして、囚人のように行動を見張られ続けた。

 

 どうしてこんな状態になってしまったのか!

 寝る時間というのは、一日で一番落ち着ける時間じゃなかったのか……。

 こんな風に心臓に悪い男と同じベッドで横になる時間では断じてない。心臓麻痺を起こすかもしれないレベルだ。

 万が一寝込みを襲われたらどうしよう。いや、そんなことを考えるなんてはしたない。ルークさんは、大事な弟なのだ。家族であるのだ。異性として意識するべきではない。

 だめだ、私。

 感じるな。

 ドキドキしない。そういうのをマグロ状態というと聞いたことがある。私はマグロ状態になりたいな。しかし、ただのマグロというのはちょっと嫌だな。マグロというのは、魚類であって哺乳類ですらないじゃないか。

 そうだ。高級マグロに私はなる! 

 しかし、どうやってなればいいのだろう?さっぱりわからないわ。とりあえずマグロの気持ちでも考えてみようかしら。

 美少年と同じベッドにいるマグロ。だめだ、ネガティブな気持ちばかり湧き上がる。

 もうだめだ。このまま生きていける気がしない。

 こ、殺される。私は、こいつの眩しさに溶かされてしまうわ。

 殺されるくらいだったら、殺してやる!

 そうよ。向こうは私を殺そうとしているんだ。そんな人から自分を守るために殺害を実行するなら正当防衛だわ。私はきっと許される。

 ってそんなわけないでしょう、ノエル・ハルミトン!

 しかし、こいつを何とかしないと私の生命が危ない。

「なあ、ノエル。今、何を考えているの?」

「私が殺されて死ぬかもしれないと考えていました」

 ルークさんの眩しさに焼き殺される気がしてきた。

「誰がノエルを殺そうとしているんだ?」

 お前だよ!

 ……そんなことは言えもしないな。

「た、ただの妄想です。それより、ルークさんは何を考えていたんですか?」

「ノエルが僕のことにそんなに興味を持ってくれるなんてうれしいよ。僕は、窓に鉄格子をつけようと考えていた」

「鉄格子?」

「そうだよ。外の世界は危険がいっぱいだからね。ノエルを守るためさ」

「……」

 その言い方だと私の部屋に鉄格子をつけるみたいだ。

「それからついでに鍵もつけたい。ノエルが出て行かないか心配だからね」

「いえ、私は大丈夫です」

「記憶のない君が言っても説得力がないよ」

「……」

 私の部屋が牢屋になっていく!

 私はいつからバスティーユ監獄にいるような囚人になってしまったのだろうか?日に日に自由がなくなっていく気がするわ。このままだと呼吸をすることさえ許されなくなりそうだ。

 このままだとネガティブの思考の連鎖が起こりそうだ。ちょっと違う話をすることにした。

「ねえ、レッドさんというのはどういう人なのですか?」

「あの人は、最低のクズ男だ。女の子を遊んで捨ててばかりいる。

 しかも、殺人者だ。罪もない人をいっぱい殺しているんだよ。あんな殺人鬼の半径5キロメートル以内に近づかない方がいい。命が危険だ」

「ロイ・ガードナーさんは?」

「あの人にもあまり関わらない方がいいよ。一見普通だけど、内心は剣で誰かを殺したいという思考を秘めたヤバイ奴だからね」

 ……あの人は、犯罪者予備軍だったのか!

 だから、私にあんなに真剣に何度も勝負を挑んでくるのか。

「レオンさんは?」

「あの人は君を屋上から突き落とした男だ。

 きっと頭がおかしいんだよ。絶対に関わらない方がいい」

「どうして彼は私を殺そうとしたのですか?」

「……さあ。ああ、そうだ。ノエルに復讐をするためじゃないかな」

「復讐?」

「ノエルは小さい頃にレオンを苛めていたから」

 ……今すぐ穴を掘って埋まりたい気分だ。

「じゃ、じゃあ、エリックさんは?」

「あの人は人間じゃない。周りにいる人間を使えるか、使えないかだけで判断する冷たい男だ。それにあいつも僕たちをいきなり殺そうとしてきた。僕がかっこよくあいつをやっつけなかったら、今頃二人とも殺されていただろう」

 ……何で私の周りにいる人は、私を殺そうとしてばかりなのだろう?

 おかしくないか?おかしすぎるだろう。

 よっぽど私の性格がひどかったのだろう。

「それにしてもこうやって考えてみると、私の知り合いはルークさんしかまともな人がいないのですね」

「そうだよ。僕以外の人間には、できる限り近づかない方がいい」

「はい、気をつけます」

 それを聞いた彼は、私の銀色の髪を弄びながら、色気と幼さを含ませた声で私の耳元でそっと囁いた。

「気を付けるんじゃなくて、誓ってくれないか?」

「はい?」

 何を誓えと言うのでしょうか?私には、何かを誓えるほど強い意志があるとは思えない。

「僕以外の人間とは一生関わらないということを誓ってほしい」

 この人は夏風のように爽やかな顔をしながら、とんでもないことを言った。

「い、いやいや。それはさすがに無茶ぶりすぎます」

「大丈夫。君が他の人間と関わらなくてもいいように全力でサポートするから」

 そういう問題じゃない気がする……。

「さすがに、もう少しだけ他の誰かと関わりたいです。

 ルークさんが選んだ信用できる人間だけでいいので」

「……それでいい」

 ゾクリ。

 その優しい声に全身を撫でられたようだ。

 琥珀色の瞳がひどく満足したように光った気がする。

 少し怯えたような顔をする私の髪の毛を優しい手つきで撫でながら囁いてきた。

「なあ、ノエル。嫌われ者の君の味方は、僕だけだったんだよ」

 まるで私の心を塗り替えるように、甘く子供っぽさが残る声をしながら怪しげな笑みを浮かべた。

「僕以外の人間なんて信用しちゃだめだ」

 彼の声はまるで毒のようだ。

 甘くとろけるようで、どこか苦味があって私の思考を鈍らせていく。

 少し警戒するような目をする私に向かって、今度は明るい声で提案してきた。

「ねえ、ノエル。今度、一緒に今、人気の劇でも見に行かないか?」

 ……それってデートみたいだな。

 デートじゃないよな。そうだ、ただの散歩だ。

「『死神の初恋』という劇だ」

 『死神の初恋』。

 どこかで聞いたことがある。

 私は、誰かとこの話について語り合った気がする。誰と語り合ったのだろう?

 その人は私にとってどんな人だったのだろうか?

 わからない。

 何かぼんやりした光景が頭に引っかかる。

 だけど、今、たった一つの手がかりを見つけたのだ。こんな風に記憶の断片らしきものを思い出したことは、初めてのことだった。

 この劇を見たら、私は大切なことを思い出す気がする。

「見たいです」

「じゃあ、一緒に見よう」


  



 しかし、一週間後、私は後悔する羽目になった。

 今なら十字架を引きずって歩く罪人の気持ちがわかる。

 こんな美少年を隣にして歩くなんて、ただの拷問だ。

 町を歩く人はみんな彼に見とれているのだ。おかげで、私のようなモブキャラには視線がグサグサと突き刺さる。

「ノエルとデートができるなんて嬉しいよ」

 ルークさんは、恥ずかしそうにサラサラとした髪をいじくりながら下を向きつつしゃべりだす。何てあざとい仕草だろうか。無駄に女子力が高い気がする。

 ていうか、これはデートだったのか!散歩じゃなかったのか!

「そ、そうですか」

 私は胃を抑えながら即答した。私なんかがデート相手でごめんなさい。

 劇場に、入ると連れて行かれたのは特等席だった。

 い、一番前の席のど真ん中だと。

 うわあ。何か、皆さんごめんなさい。

 軽い雑談をしていると、やがて劇が始まった。


 読んでくださりありがとうございます。

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