恐怖の無茶ぶり
何がおもしろいかわからないけれど、書きたいものを書いていくことが楽しいです。
彼は、私をまっすぐ見ている。
情熱的に燃えるルビーをはめこんだように綺麗な目。少し跳ねているがかっこよくまとまっている他の色が少しも混ざらない赤い髪の毛。
女殺しのあだ名にふさわしい泣きぼくろ。
服から見える完璧なラインを描く鎖骨が艶めかしい。
彼は、私を口説くように ブラックチョコレートのように甘くしびれるような声で囁いた。
「さあ、ノエル。俺を信じて」
「いや、そんなことを言われても……私は鳥じゃないのよ!人間なの」
こんな高いところから落ちたら死んでしまう。
ひー。怖い。もうイケメン恐怖症になりそうだ。
レッドさんは、そんな私に向かって優しく囁いてくるのだ。私にはそのキラキラとした華のようなイケメンスマイルが、私を食おうとしているゾンビの顔にしか見えない。
し、死ぬ。
神様、仏様、大魔王様。私をこの地獄から助けてください!
そんな私に追い打ちをかけるように甘いはちみつのような声で悪魔のささやきをする。
「きっと大丈夫。そこから飛び降りて、真の姿を見せてくれ」
真の姿……。
今の私は真の姿ではなかったのか……。
「いやいやいや、怖いですから。私はまだ18歳なのよ!死ぬのは嫌です」
「死んだら天国にいけるように祈りを捧げてやる」
「その前に今すぐこれをやめましょう」
私がなぜ二階から飛び降りようとしているのかというと、5分ほど前の話に戻る。
窓からスパイのようにやってきたレッドさんがやってきた。
しばらく、おしゃべりをしていたが彼の様子が次第に変わりだした。
「何を考えていますか?」
「ノエルに罵られたい。ノエルにバカにされたい。思いっきり見下されたい」
「あなたはマゾなのですか!」
こ、こんな特殊な性癖の持ち主だとは知らなかったわ。
どういう風に対処すればいいのだろうか?窓から突き落とすという処置が、一番正しい対処法なのかもしれない。
「とりあえずちょっと罵ってくれ」
はちみつのように甘さの滲む声でとんでもない要求をされました。
「は、はい?」
え?何その無茶ぶり。
この豆腐メンタルの私に、こんな怖い人間に向かって罵れと?いやいやいくらなんでも無理でしょう。適当に断るしかない。
「いや、そんな傷つけあうことはやめておきましょう。あんまりひどいこと言ってレッドさんが自殺しないか心配ですし」
「そうだ。そのさらりと人をグサグサ傷つける本性こそお前だ!ここまでひどい言葉は久しぶりに言われたな」
「ええ!私ってそんなにひどいことを言ってしまったのですか!
ご、ごめんなさい」
もう土に埋まってしまいたい。
「そこで謝ったらダメだ。踏ん反りかえって、バカにするように笑うのが本当のノエルだ!」
何このわけのわからない教育指導は?私を悪女にでも仕立て上げたいのか?
お、おう。が、頑張るしかないのだろうか。
「ははははははははははは。ざ、雑魚がほざいているわ。気にしないことにしましょう」
口を開いたら、思ったよりも暴言がスラスラと出てきた。頑張ったよ、私。
だけど、胸に押し寄せるこの感情は何だ?
レッドさんは、よくできましたと言うようにとろけるように甘い笑顔を浮かべながら私の頭を撫でた。
「よし。それでこそお前だ」
色気のある声で私の耳元にそう囁いた。
「や、や、やっぱりやめましょう。こんな言葉を吐くのは、人として恥ずかしいです。
罪悪感のあまり、死にたくなってきました」
すると急にレッドさんが豹変したのだ。
「こんなのノエルじゃない。お前の本性はメフィストのような悪魔だ!俺が本当のお前を取り戻してみせる」
いや、自信に満ちた笑顔を浮かべながらそんなことを言われても……。
「だから、二階から飛び降りてみてくれないか?」
「へ?」
「ほら、記憶を取り戻すためには、雷で打たれるとか、頭を強くぶつけるとかがいいと言うだろう。今は雷がないから、とりあえず二階から飛び降りてみよう」
レッドさんは、涼しげな顔でさらりと恐ろしいことを言った。
「そ、そ、そんなことをしたら死んでしまいます」
「大丈夫。俺を信じろ」
砂糖のように甘ったるい笑顔を浮かべながら、とんでもない提案をしてきた。
下に広がるのは、見慣れた光景。
ここから飛び降りたらレッドさんの言う通り、記憶を取り戻すことができるのだろうか?みんなの望むノエル・ハルミトンという少女に私はなれるのだろうか?
怖い。
死ぬかもしれないという恐怖で埋め尽くされそうだ。
踏み出しの一歩はまだ出ない。
死んで何もかも失うかもしれないという恐怖で埋め尽くされそうだ。
「俺が殺せなかった人間は、お前しかいない。
その悪運の強さは、すでに証明されているぜ」
彼は、肉食獣を思わせる獲物をいたぶるような凶暴で凶悪な笑顔を浮かべた。彼の言葉なんて信じられない。
だけど、このまま何も思い出せないまま人生を終えるのは嫌だ。
私は、記憶を取り戻したい。
そして、意地でもみんなが笑える場所までたどり着いてやる。
私は、一歩踏み出した。
風を切りながら落ちていく。
思っていたよりも、衝撃は襲ってこなかった。
力強い腕でしっかりと抱きしめられた。
ゆっくりと目を開くと、甘さと温かみが共存する琥珀色の瞳に吸い込まれてしまいそうだった。サラサラと風になびく色素の薄い茶色の髪の毛。
絶世の美少年と言ってもいいほど整った顔立ちをしているルークさんがいた。
彼は、透き通るような美声で私に問いかけてきた。
「大丈夫?」
「は、はい」
「君は自殺でもしようとしていたのか?」
「いえ。ちょっと記憶を取り戻すための実験をしていたところです」
レッドさんは、二階から軽やかに飛び降りて綺麗に着地した。身体能力が高すぎる……。本当に人間なのかしら?実は宇宙人とスーパーサイヤ人のハーフかもしれない。
「レッド・カレン。今すぐ死んでくれないか?」
「それはできないな」
「じゃあ、僕が殺してあげるよ」
「俺にあっさり殺されかけた男が何か言っているな」
さりと挑発するようなことをのたまう赤色。
天敵でも見るように睨みあう二人。
ひー。怖い、怖すぎる。
「まあ、ノエルを実験台にして悪かったよ。でも、ノエルをケガさせるつもりなんてなかった。ルークが下にいて俺に向かって殺気を出していることくらい気が付いていた。ノエルが落ちたら、ルークが助けるはずだ。突き落とされたことがあるノエルは、このことがきっかけで記憶を取り戻す可能性があった。
だから、ルークの細い腕がポキッと折れることも期待しながらこんなことを提案した」
この人もかなりの腹黒だなあ。
ちなみに、バカにされたルークさんは小さく舌打ちをした。ひいい。怖い。そして、レッドさんに向かって挑発するように言った。
「とりあえず、今日のところは帰ってくれないか?これから僕はノエルと一緒に食事したり、お風呂に入ったり、寝たりする予定がいっぱいで忙しいから」
あれ?いつの間にそんな予定ができていたのだろうか?おかしいな。
「童貞が何か夢物語をほざいているが気にしないでおこう」
ルークさんの顔から血管が浮かび上がる。
うわあああああああああ。レッドさん!頼むから、これ以上ルークさんを挑発しないでください!
「じゃあ、またな。ノエル」
レッドさんは、ニコニコしながら私に手を振って颯爽と去っていった。
読んでくださりありがとうございます。