理想と裏切り
ああ、明日から実家から出て行き一人暮らし生活に戻るだなんて。
……わーん……(>_<)とっても悲しいのです。
初めてエリックと出会った日を覚えている。
俺は依頼通りエリックを殺そうとしていた。
俺を見て驚いたエリックの頭めがけて銃を撃った。
けれども、エリックは倒れなかった。代わりに左手からは血が流れていた。
左手で頭を庇ったのだろう。
いつの間にか彼の右手には銃が握られていた。
彼は、堂々とした態度で血まみれの左手を差し出しながら話しかけてきた。
「レッド・カレンだろう。王族を殺そうだなんて度胸あるな」
奴は、悪魔のように美しい笑顔を浮かべながら言った。
「なあ、レッド。俺につかえる気はないか?」
「……自分を殺そうとした人間にそんな言葉をかけるなんてお前はバカじゃないのか?」
「そんな言葉をかけられて動揺しているお前もバカだろう」
俺達は本当にバカだったと思う。
結局、気が付いたら、友達になっていた。……本当に俺らはバカだったような気がする。マジでこんな友情ありえないだろうという気分だった。
そして、今日ある会話を思い出した。
ずっと昔、エリックは言っていた。
「左手はもう一生使えないらしい。だけど、このことは秘密にしておいてくれ。
俺も王族だ。他の奴らに見せる弱点は少ない方がいい」
「ああ」
しかし……今日は、あのエリックが剣の大会で左手を使っていたのである。
あいつは誰だ?
……思えば、ある日を境にエリックの態度が急に冷たくなった。
あの頃から、あいつはエリックの振りをして振る舞っていたのかもしれない。
今まで気が付かなかった償いもこめて偽物を殺そう。
だって……俺はエリックの友達だったのだから。
そうやって抜け道を使い王宮に乗り込んできたのはいいが……。
レッド・カレンは、目の前の光景が信じられなかった。
まだウサギが人の言葉をしゃべりだした方が信じられただろうと思った。
ノエルが自己犠牲をしてエリックを庇ったのだ!
俺の知るノエルは、もっと嫌な奴だった。
性格が悪くて、結局自分のことなんてどうでもいいと思っているような奴だった。
人は醜いもので、それを一つ一つ消していく俺も醜い存在で、そんな醜さの象徴がノエルのような気がしていた。
なのに。
「何でお前がそこにいる、ノエル・アンショー。
お前はもっと自己中心的で嫌な女だっただろうが!」
こいつに自分を犠牲にして誰かを助ける道徳精神があったなんてありえない。
「……自己中心的で嫌な女で悪かったわね」
「こんなに性格がいいなんておかしい。世界が滅ぶかもしれない」
「滅ばないわよ!」
俺も、結局ノエルを知らなかった。そういうことだろうか……。
「で、エリックは、ノエルを盾にするのか?」
エリックは、俺の質問に答えずノエルに話しかけた。
「ノエル、君はバカだ。俺が君を盾にして銃を持つなんてできるわけない」
「あなたは私が死にそうになるくらい強く殴ったことがあるくせに……」
「……な、何のことかな?」
夫婦漫才かよ!
結局、エリックは、両手を挙げてノエルの前に進みだした。
俺も驚いてしまうくらい潔い行動だった。
「もういい。俺がエリックを殺した。あいつを毒殺した。そうして彼に成りすました。
殺されて当然の奴だ。殺せばいい」
けれども、それを聞いてノエルが眉をひそめた。
「……毒殺?おかしいわ。あなたがエリックを殺した?それは何かの間違いのはずよ。だって、彼は自殺したのだから。私は、そのことをあなたが知っていると思っていたわ」
自殺?……確かにあいつはちょうどあの頃、元気がなかったけれども……。
「違う。あいつは俺が殺した。それに自殺だったところで、俺があいつの全てを奪った。名前も、人生も何もかも」
けれども、ノエルはアメジストの瞳に強い意志をこめてはっきりと否定した。
「死んだエリック・ブラウンは、奪われたわけではない。あなたにあげたのよ」
「あげた?そんなわけないだろう」
ノエルは、淡々と語りだした。
俺が知ることのなかった真実を。
「本当のエリックが死んでから一週間後、私のもとに一通の手紙が来たわ。
最初の方にはこう書いてあった。
『俺は、自分が殺そうとしたレイに全てをあげようと思う。王座も、君も、名前も、賞賛も、遺産も全て。つまらない嫉妬で殺そうとした彼に償うことにした』
えっと……それから……何て書いてあったか忘れてしまったわ」
……そこはとても重要なところだと思うが。
「とにかく、彼がレイを殺そうとしたこと、殺そうとした理由、レイを支えてあげて欲しいということ、そしてレイにはこのことは言わないでくれなどということが書かれてあった。
エリックは、あなたに毒殺されたわけじゃない。
自分が持っていた毒で自殺したのよ。そしてあなたがエリックに成りすますことは、全て彼の計画通りだった」
俺は……あいつが性格がくそ悪かったことを思い出した。
そういえばよく自分のした行動が、結局奴の計画通りの行動になっていた気がする。あいつは天性の性悪男だった。
エリックは青ざめた顔でノエルを見ていた。
「どうして……エリックはそのことを俺に言わなかった?」
「あなたには知られたくなかったからよ。あなたを……レイ・ブラウンを殺そうとしていたことを」
ふとエリックとの昔の会話がよぎった。
俺は、奴に、エリックがノエルという理想にいつか裏切られるんじゃないかと忠告した。
そんな俺に対してエリックはこう言った。
『もう裏切られたよ』
『……エリックはノエルを知らなかった。だけど裏切られた気分になるなんて、バカな男だ』
……俺は、ついあいつをバカにしたんだっけ。
そうだ。理想何て裏切るために存在しているようなものだ。
俺は、理想を押し付ける度に裏切られ傷ついてきた。
だから、決して理想の対象にならない、俺を裏切ることのないクズみたいなノエルという少女が気に入っていたというのに。
そんな少女にさえ俺は裏切られた気分だった。
何て皮肉なことだろうか。
ふとそう思った。
読んでくださりありがとうございます(*^-^*)