暗い夜の淵で輝く星
アニソンを聞きパワーをもらいながら頑張りました。
僕を拾った少女、ノエル・ハルミトンは国で2番目の権力者を父親に持つお金持ちの娘だった。
こうして僕、ルーク・ハルミトンは、ノエルの義理の弟となった。
けれども、僕はノエルみたいに甘やかされて育った恩着せがましい性格の腐った少女が嫌いだった。
しかし、命の恩人に向かってそんな態度を取れるはずもなく、僕は少女を嫌っていることは隠していた。まあ、できる限り接しないようにしていたけれど。
だけど、少女は僕を見つける度に、おもしろいおもちゃでも見つけた子供のように嬉しそうにしていた。
ある日、聞いてみた。
「どうして……僕だったの?」
「何となく。結構イケメンだし、服でも欲しくなるように欲しくなっただけよ。そうだわ、ルーク。バレンタインの日にチョコレートをあげようか?」
「別に……いい」
「じゃあ、ココアは?」
「ココアって何?」
「チョコレートを溶かしたような飲み物だよ。知らなかったんだね、さすがバカ」
「あ、姉さんの発音が悪かったから理解できなかっただけです」
バカにされてムッとしたため、嘘をついてしまった。
「発音……。そうか、私は英語の勉強をもっとするべきだったのか……って絶対におかしい。……シュークリームは?」
「も、もちろん知っている。飲んだことあるから」
笑われるのが嫌だからつい嘘をついてしまった。どうかばれませんように。
「……。グラタンは?」
「飲んだことがある」
嘘をばれないためには、自信を持つことが大事だ。僕は、自信満々に応えた。
「オムライスは?」
「ノエルってオムツなんて食べるの?」
「アハハハハ。あなたは本当にバカね」
今、思い返すとただ遊ばれていただけだった。
ある日、姉さんは聞いてきた。
「ねえ、あなたはどんな人生を送ってきたの?」
「……言いたくない」
どうせ言ってもばかにされて笑われるだけだ。
「話しなさい。誰のおかげで命を助けられたと思っているの?」
……嫌な命の恩人だ。
僕は、淡々と虐待を受けていたこと、変態の家で絵のモデルをしていたことなどを話した。
ノエルはこの話を聞いて泣いてしまった。
「かわいそうなルーク。こんなにひどい人生を送るなんてよほど運がないのね。きっともうすぐ死ぬのよ」
「……」
真面目に話すんじゃなかった。
「かわいそうだから、お菓子をあげるわ。感謝なさい」
「どうして……僕に優しくする?」
「それはあなたがかわいそうだからよ」
少女は、しゃあしゃあと答えた。
「姉さんは、僕に同情してくれていただけなの?」
「そうよ。かわいそうだから優しくしてあげているの」
……姉さんには、優しい嘘をつくという能力が備わっていなかった。
「あなたはこんな優しい私を好きでしょう」
「……僕は、姉さんを知った」
……そうだ。
「僕はあなたを知った。そして大嫌いになった。
お金持ちであることが嫌い。甘やかされて育ったところが嫌い。
思い通りにならないことがあるとすぐに癇癪をおこすところが嫌い。
性格が悪いところがきらいだ。
僕みたいな人間がノエルなんて好きになるはずない」
優しくされることが気持ち悪かった。
笑顔で話しかけられるとイライラした。
甘ったるい声で話しかけられると吐き気がした。
そう思ってしまうほど僕は壊れていた。
「ルークの気持ちはわかるよ」
「わかったふりをするな。
話を聞いてちょっと胸が痛くなって全てをわかる……そんなことできるはずない。
似たような経験をしたことのない奴なんかに結局わからない。
経験を伴わない話を理解することやそこから生まれた涙や、話を聞いた後にかけてくれる言葉も全部嘘だ!」
「だから、何よ!ここから本物にしていけばいいでしょう」
「所詮、僕みたいな奴と姉さんみたいな奴はわかりあえない」
「わかりあえるになるに決まっているわ。だってあなたは私の所有物だから」
「……所有物……」
「そうよ、拾ったものは全て私のものよ」
何て自己中心的な世界で生きているんだ。
「ルークは私の所有物よ。だから、私はあなたを知っていくわ。そして、あなたは私の命令通りに動くの」
……なんか、結局いいように利用されていくだけの気がする。
ノエルには、好きな人がいた。
相手の名前は、エリック・ブラウン。ブリトリア国の王子様で、ノエルの婚約者だ。
前に聞いてみたことがある。
「どうしてエリックが好きなの?」
「だってかっこいいから。他にどんな理由があるのよ」
……それだけかよ……。
「じゃあ、エリックがかっこよくなくなったら好きじゃなくなるの?」
「もちろんそうよ」
姉さんは、ためらうことなく答えた。
……ひでぇ。
「軽い愛だな」
「そんなことないわ。エリックは私の王子様なの。運命の相手なのよ
私は真実の愛を知ったの」
「……容姿だけで真実の愛……。いや、おかしいだろう」
「何よ。おかしいのは、あなたの頭よ。どうせあなたみたいな頭のおかしな人には、ロマンティックで情熱的な恋の物語を理解できないのよ」
……ツッコミどころ満載のセリフだった。
姉さんはエリックにとても執着していた。
彼に近づいた女には容赦なく制裁を下した。髪の毛がそり上げられた女の子までいる。眉毛がそりあげられた女も知っている。
僕は彼女に向かって忠告をした。
「そんな風に意地悪ばかりしていたら、みんなに嫌われるよ」
「だから何?別に誰に何て思われてもいい。私は私……。どんなに性格が悪くても、かわいくなくても、他人が美徳とするものが何一つなくてもこれが私、ノエルよ」
「僕はもっと姉さんを優しい人間だと思っていたのに失望したよ」
「あなたに私を決められたくないわ」
徐々に、ノエルは僕に冷たくするようになっていた。
姉さんも嫌なことがあったり、エリックと上手くいかなったりすると僕に八つ当たりするようになった。殺されかけたこともある。
自分の思い通りにならない世界を許せない性格。
僕はすっかり心の醜いノエルが大嫌いになっていた。
そんな時にメラニーに会った。
彼女は、ピンク色の髪、温かい沈みかけの夕日色の瞳をしたほっそりした折れそうな美少女だった。
メラニーはとても優しい少女だった。苛められている人がいれば助け、泣いている人がいれば慰める。ノエルとは正反対で、謙虚で、大人しく、愛される性格をしていた。
彼女はもともと庶民であったが、母親の再婚を機会に貴族の仲間入りを果たした。そのせいで庶民のくせにという悪意ある嫌がらせを受けているという噂があった。
初めて会った時、彼女はパーティーのバルコニーに一人でいた。彼女の頬には涙がつたっていた。
ボロボロのパーティードレス。ぐしゃぐしゃにされた髪。
バラバラになったネックレス。透明な涙。
昔のかわいそうな自分と彼女の姿が重なった。
「どうしたの?」
「何でもないわ」
「そんなことないだろう」
「……王子様に話しかけられたら、そのことで他の女の子にドレスをボロボロにされたの」
「ひどい。こんなことする人がいるなんて。よほど甘やかされて育ったんだな。そういうことをする人の家族もろくでもない連中だよ」
ちなみに僕が、これが全て姉さんの仕業だと知るのは、10分後のことである。
「私はあの子達に好かれたかったわけではない。嫌われたかったわけではない。
関わりたかったわけでもない。求めていたものはなかった。
だけど、誤解されたくなかったかな……」
メラニーは、悲しそうな瞳で呟いた。
「……あんな目でこんな私を見られたくなかった」
彼女はかつて薄っぺらな言葉をくれたノエルとは違って、本当の苦しみを経験した人間なのだ。
嘲るような目線で傷つくことを知っているのだ。
孤独だった僕は、同じく底なしの孤独を知るメラニーに惹かれていった。
世界が色づいて見えた気がした。
ある日、僕は真剣に悩んで姉さんに相談した。
「姉さん。こっちの服と、こっちの服はどっちがいいと思う?」
「そうね、こっちかしら。どうしてそんなことを気にするようになったの?」
「好きな人ができた」
次の瞬間、姉さんは、両方の服を暖炉にいれて燃やしてしまった。
……。
しーん。
辺りに静寂が訪れた。
やがて、姉さんが呪うようにつぶやいた。
「ルークのくせに生意気よ。失恋してしまえばいい」
「そういう姉さんこそ失恋してしまえばいい」
「バカ、バカ、バカ。私とエリックは運命の赤い糸でつながれているのよ。
愛し合う二人はハッピーエンドを迎えるに決まっているわ」
……それは姉さんの脳内で。
たぶん姉さんは飾りに恋をしているだけなのだろう。
エリックという人間を少しも理解していないまま、ただ綺麗な見た目だけでエリックを欲しがっているだけなのだ。
まるでお月様が欲しいと駄々をこねている子供みたいだと思った。
「で、相手は誰なの?」
「メラニーだ。メラニー・ブロンテ」
「あんなブスのどこがいいの?」
「メラニーは天使みたいにかわいい。それに、性格ブスの姉さんに言われたくない」
「あの女だけはやめて。あんなのただの淫乱女よ。男をみればかよわそうな態度で騙すのよ。ルークまでたぶらかすなんて……許さない」
次の日、メラニーが川に突き落とされかけていると噂を聞き、言ってみると実際にそこに姉さん達やメラニーがいた。
「やめろ。メラニーに手を出すな」
「エリックに、ルーク……レッド。私のものはみんなあなたに奪われていくのね。ふん。あなたなんて死んでしまえばいい。この泥棒猫」
そう言ってノエルはメラニーを川に突き落とした。
メラニーが川に落ちていく。
それを見た僕は、飛び込んだ。
「ルーク!……バカ」
水しぶきとともに、僕の名前を呼ぶノエルの声が聞こえた気がした。
メラニーを助けた僕を姉さんは憎々しそうに見ていた。
「何で、あんな女助けるのよ」
「僕は姉さんを見損なった。僕の大好きな人に手を出すな」
「あの女が大好きなんておかしいわよ。大体、私の方がかわいいし、あなたを助けてあげたじゃない。
ルークの命の恩人は誰だと思っているの?この恩知らず。
あんな胸の貧相な女のどこがいいのよ!」
姉さんは吐き捨てるように言った。胸なんてただの脂肪の塊だ。そんなのどうでもいいだろうと思ったけれども、そんなこと言い出せるような雰囲気ではなかった。
「メラニーは、姉さんと違って素敵な女の子だ」
「……あなたなんてもう私の弟じゃない。下僕でもない。
ルーク何ていらない。
家から出て行きなさい」
姉さんに拾われた僕は、姉さんに捨てられたら居場所がなくなる。
いつだって主導権は姉さんが握っていて、姉さんはいつだって僕より立場が上だった。
そのことをいつだって仕方がないと諦めていたけれども。
姉さんとは対等になりたかったな。
エリックもメラニーもいなくて、ずっと二人だったらもっといい関係を築けていたのだろうか。
だけど……やり直すことはできない。
アメジストの瞳には暖かい色は浮かんでいない。
冷たい声で告げられる。
「ルークなんて死ねばいい」
……このわがまま女。
「それはこっちのセリフだ」
「この恩知らずが……。死ね」
すれ違いなどという言葉で片付けられないほど、僕たちの関係はねじれてしまった。
僕はとりあえず荷物をまとめて家から出て行った。
だけど、2時間もしないうちにエリックから呼び戻された。……荷造りをした時間は無意味だった。
そこで驚くべきことを聞いた。
ノエルは、エリックを殺そうとしたらしい。
けれども、殴られて意識を失った。正当防衛だから、エリックには文句が言えない。
エリックはノエルの後始末を僕に頼んだ。
僕はノエルを彼女のベッドに運び寝かせた。
少女は目を覚まさない。
ふと幼かったノエルが死にかけた僕に向かって手を伸ばす。
そんな光景が頭をよぎった。
彼女は、機械のような名前しかなかった僕に素敵な名前をくれた。
輝くような笑顔で僕の名前を呼ぶ少女。
僕は、奴隷、家畜、人形……そんな扱いばかりでそんなことされたことがなかった。
ああ、そうか。
ノエルは僕を人間にしてくれたんだ。
優しくされることが気持ち悪かった。
笑顔で話しかけられるとイライラした。
甘ったるい声で話しかけられると吐き気がした。
だけど、あの頃の姉さんはキラキラと輝いて見えて眩しかった。
遠くから見ると輝いて見えた星は、近くで見ると少しも輝いていなかった。
また届かないくらい遠ざかれば、思い出の中で輝いて見えるのだろうか。
ノエルは飾りだけでエリックに恋をした。
僕は彼女を笑えないな。
「姉さん……。死んでいればよかったのに」
そうすれば彼女はいつまでも僕の中で輝いているのだから。
きっとあの頃と同じように。
読んでくださりありがとうございます(-_-)zzz