はじまりの風景
頑張ります。ファイトーー。おおーーー。
乙女ゲームには悪役という存在がいる。
その存在がいるからこそヒロインとヒーローの恋が燃え上がるのだ。
まさか、自分がそんな存在になってしまっているとは思わなかった。
そして気が付いたときは手遅れだった。
権力、美貌、家柄に恵まれていた私はわがままに育った。
いつしか、自分が手に入れられないものがないことを許せなくなってしまうくらい傲慢になっていた。
自分の思い通りにならない世界が許せなかった。
だから、全てを思い通りにしようとした。
その結果がシンデレラの継母を超えるようなすさまじい悪女だった。
「このブス。その豚の衣装のように醜い服でこのパーティーに来るなんて恥さらしもいいとこだわ。あなたにはこれがお似合いよ」
そう言ってワインをぶっかけた。
「私のおかげであなたのワインが綺麗な色に染まったわ。感謝しなさい。おほほほほほほ」
……自分の服を台無しにされて感謝する人間なんてどこにもいないだろう。
今思い返すと生きていてごめんなさいという気持ちでいっぱいになる。
「ふん。あなたなんて死んでしまえばいい。この泥棒猫」
そう言って庶民の女、メラミーを川に突き落とした。ちなみに、その時の季節は冬だった。川に氷が張っていなくて本当によかったと思う。
彼女を助けたのは、義理の弟ルーク。
「何で、あんな女助けるのよ」
「僕は姉さんを見損なった。僕の大好きな人に手を出すな」
その後、生意気な弟を家から追い出した。ちなみに、弟を何度も殺しかけるくらいのいじめをしたことがある。むかついたときは、物を投げつけたり、食べ物をなげたりすることは日常だった。
私には、エリック・ブラウンという金髪に青い目をした絵本の中の王子様みたいな婚約者がいた。一目見た途端、あまりにもかっこいいから自分のものにしたいとおもい、つきまとうようになった。彼に近づく女は徹底的に排除した。いつの間にかエリックに執着するヤンデレとなっていた。
私は彼のストーカー兼自称彼女兼婚約者という立場にいた。
彼は最初の頃私の行動をスルーしていたが、メラニーというかわいい女の子と仲良くにつれ私を排除しようとする動きが強まって行った。
メラニーは、ピンク色の髪、橙の瞳をしたヒロインである。美少女で、性格よし、声よし、頭よしといった完璧な人間である。聖女みたいな人間だ。
悪魔ノエルである私とは正反対の生き物だ。
私がメラニーの髪の毛をハサミで切ってしまおうとしていた時のことだ。
「やめろ」
凛としたイケメンボイスが辺りに響き渡った。
王子様みたいなエリックが立っていた。
どうして私をそんな目で見るの?私、かわいいでしょ。
今日は、とっても素敵なドレスを着ているのよ。夜をイメージして作らせた世界に一つだけのオリジナルのドレス。ドレスにはいくつものダイヤモンドが星のように縫い付けられている。これほど私がかわいく見えるドレスは数着くらいしか持っていない。あなたのために着たの。
あなたのことが大好きなの。一途で、優しくて、頑張り屋の私。
ノエルは世界一かわいい。かわいいは正義。エリックは私にメロメロになるはず。
「メラニーから汚い手を離せ」
「エリック。私に会いに来たんでしょ。どうしてこんな虫けらみたいな女に構うの?」
「君は確かに綺麗だ。だけど、性格がクズすぎる。
俺は君みたいな性格の悪い人間が一番嫌いだ」
「そんなことないわ。私の性格はとても優しいの。世界一性格がいいに決まっているわ」
「じゃあどうしてこんなに君の悪口が広まっているんだい?」
「みんなが私に嫉妬しているのよ」
人間って醜いわね。
「……嫉妬って怖いな……とでも言うと思った?」
エリックは冷ややかな目で私を見ていた。
「二人きりで話がしたい」
「もちろんですわ。ようやくツンデレだったあなたが、デレル時が来たのね。
咲かない花はない。信じていてよかった」
ノエル、大勝利!!!
私は、取り巻きとメラニーを部屋から追い出した。
二人きりになった途端、エリックが信じられないことを言った。
「婚約を解消しよう」
「どうしてそんな冗談を言うんですの?あなたの運命の相手はこの私に決まっているわ」
「俺は……君が嫌いだ」
「まあ、あなたはツンデレなのね」
「俺は君が大嫌いだ」
「いいわ。そのうちデレルと信じているわ」
しかし、エリックは不愉快そうに美しい顔を歪めて汚い言葉を吐き捨てた。
「デレねぇよ。もう君とはやっていけない。今すぐ婚約を解消して欲しい。
君は俺の妻になれるような器ではない」
私は今まで王子であるあなたの妻になるために努力してきた。
誰よりも美しくなった。作法だってちゃんと学んだ。
「……私のどこが悪いの?」
「存在全て。婚約解消の件は、俺から父さんに言っておく。
代わりに、俺はメラニーを推薦しようと思う」
「私を捨ててあの女を選ぶの?」
「ああ、そうだ」
「エリック。あなたの一番の理解者は私でしょう。
私は、本当のあなたを知っている。そのうえであなたを選んだ」
エリックは、ためらうことなく私を切り捨てることを選んだ。
「俺はそんな君を心底気持ち悪いと思う。
……ずっと気味が悪いと思っていた。君から向けられる笑顔も、視線も、声も何もかも怖かった。君はおかしい」
ずっとこいつとの接し方がわからなかった。
本音で本当のあいつに接しようとすることが怖かった。
だから、いつもふざけた態度で愛を囁いていた。
あの頃の関係に戻って、誰かにばれて彼が否定されてしまうことを恐れた。
せめて、彼の忠実な駒であろうとした。
私だけは何もかも捨ててしまったこいつの味方でいたかった。
世界中が彼の存在を否定しても私だけはこいつを肯定し、守れる存在でありたいと思っていた。
いつの間にかボタンをかけまちがえていたのかもしれない。
私はあなたの駒だった。なのに、今更こんな風に捨てるなんてひどい。
頭にかっと血が上った。私は、護身用に渡されていた銃を取り出した。
私は銃をエリックに向けた。
「さようなら」
そう言って銃の引き金を引いた。けれども、エリックはするりと銃弾をかわして私を思いっきり殴った。
「……俺はもう君を切り捨てるしかない」
そんな冷たい声が聞こえた気がした。
目が覚めると家のベッドにいた。
それよりも、大変なことを思い出した。
前世の記憶が戻った……。
オーマイーゴッド。
私は必ず死亡するキャラ、ノエル・ハルミトンに転生してしまった。
ああ、今まで何てことをしていたんだろう。
生きていてごめんなさい。
「姉さん……。死んでいればよかったのに」
目の前にいるのは、完璧なイケメン。茶髪のサラサラした髪の毛。魅惑的な声。温かみのある琥珀色の瞳。私のかわいい義理の弟である。
だけど、これは罠だ。
こいつに関わったら私は死ぬ。
切り刻まれてサメのえさにでもされてしまう。
「ああ、ルーク。私は元気よ。心配してくれてありがとう。
すっかり回復したから大丈夫。今まで苛めていてごめんなさい」
それを聞いたルークが恐ろしいものでも見るかのように後ろに下がって青白い顔で恐怖に怯えながらこう言った。
「姉さんが、死んだ……。これは姉さんじゃない。
何かに乗っ取られたんだ。宇宙人かもしれない」
「なんて失礼な。私の性格が天使みたいに優しかったのを忘れてしまったの?」
はい、嘘です。いつもこいつをストレス発散の道具にしていました。
スパゲッティのお湯をぶっかけたことは記憶に新しい。
「頭がおかしくなっている」
「失礼よ。性格がいい女に私は生まれ変わったの。これからはもうわがままも言わない。勉強も頑張るし、いじめもしない。立派な淑女になってみせるわ。料理とかをしてみるのもいいかもしれない」
「姉さんが料理?毒でも仕込むつもり?」
「そんなことはないわ。みんなに美味しい料理を食べて欲しいの」
「何か裏があるはずだ。絶対に油断しないようにしよう」
「違うわよ。私はこれから生まれ変わるのよ!」
めざせ淑女!いい女になって見せるぜ。
今まで私が持っていた服は派手すぎた。趣味が悪い。
どの服を処分するか決めるか考えていたら、私が倒れたことを聞きつけたレッドがやってきた。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ……。
思わずそんな気分になってしまうような男である。
レッド・カレンは危険な香りに満ち溢れている男だった。
裏社会のボスとも言われているような奴。暗殺者の知り合いが何人もいるらしい。
レッドは乙女ゲーム一番の遊び人だ。美少女を見ると、水が上から下へ流れるように自然に口説きだす。歩く女殺しとまで言われた男だ。歩くセックスマシンとも言われている。
燃えるような赤い髪に、赤い目。血のように赤い目は、見る者の視線どころか魂すら奪ってしまいそうなほど美しい。さすが二次元。まるで魂さえ奪ってしまいそうな悪魔のようだ。
「なあ、ノエル。俺、お前との約束を守ったし、お前も俺との約束を守ってくれないか?」
私はレッドにヒロインと二人きりにして欲しいと頼んだ。
そしてこいつは約束を守ってくれた。
私は……約束を守ってくれたらあなたと寝てあげるわと嘘をついていたのだ。
なんてことをしていたんだ。昔の私って単細胞すぎる。
ここは誤魔化すしかない。
「約束って何のことかしら。忘れてしまったわ」
「ふざけるな」
「ひい。あ、お金をあげるから。それで許して」
「俺は……あんたが欲しい」
色気のある声でそんなことを囁かれても私は負けたりしない。
貴族にとって純潔はとても大事なのだ。
「そんなことしたら私がお嫁にいけなくなるじゃない」
「なら、俺と結婚すればいい」
「……な、何バカなことを言っているのよ」
「俺はお前が好きだ」
こいつは、メラニーのことが好きになる。攻略本にそう書いてあったからだ。
私はこんな嘘に騙されたりしない。
思いっきり腕に力を込めてこいつを突き飛ばした。
「私は、あなたみたいな無理やりかよわい女を自分のものにしようなんて言う卑劣な男は大嫌いよ」
レッドは一瞬不快そうに顔を歪めたあと、不敵の笑みを見せた。
ゾクリ。私は恐怖で石のように固まってしまった。
「ますます、君が欲しくなったよ」
そう言いながら、レッドは私の肩をガッチリ掴み、美しい顔を近づけてくる。
「だから、しつこい」
私は怒りのあまり足を思いっきり振り上げた。
すると奴の足と足の間にクリーンヒット。
「うっ」
絶望的なうめき声が聞こえたが、私は悪くない。
ただの正当防衛だ。
「死ね」
そう吐き捨てて私は立ち去った。
私は、心の優しくかよわいシンデレラみたいに素敵な女性へと生まれ変わった。
ルークは、姉さんが気持ち悪いとびくびくしながら私に接するようになった。
私が優しくするたびに死にそうな顔をするのだ。
何て失礼な人間何だろう。
「そう言えば、レオン・エイブラハムが帰ってくるらしいな」
「レオン……エイブラハム」
どこかで聞いたことがあるような名前だ。
げっ……。私は餅をのどに詰まらせた老人のように絶望的な気分になった。
「ああ、何でも国一番の剣術家と言われるくらい強くなったらしい」
昔、嫌がらせをした相手が強くなってきて帰ってくる。
「ひい」
人生、終わった。私は殺されるかもしれない。
「ルーク。私が殺されそうになったら、私の代わりに死んでね」
「え、嫌だよ」
「ダイジョブ。あなたはちゃんと生き続けるわ……私の胸の中で」
「そんなの嫌だ」
「死んでから最初の三日間くらい」
「短っ。……姉さんはさ、強いからきっと大丈夫だ。
洗濯してもきっと壊れない」
「……いや、壊れるよ」
「ということで、とにかく王子様に謝罪に行こう」
「ルークが女装して王子のもとへ行って色仕掛けで許してもらうという案はどうでしょうか?」
「却下」
そんなこんなで私は明日、エリックに会うことになった。
うう……明日は明日の風が吹くって言う。
明日、私以外の人類が滅亡してしまえばいいのに。
お読みくださりありがとうございます。
みなさん、愛しています……たぶん。