はっちゃけ護衛兵ー王女の嫁入り?-
前作を読まなくても、読めるように努めました。
キーファがロレイン王女護衛兵に就任してから、季節は一巡りした。
15歳となったキーファには、新しい試練が襲ってくる。
縁談、見合い、婚約、結婚。
つまりは、婚活だ。
貴族の結婚適齢期は、15~25歳の十年間が基本である。伯爵家血族、王族直属仕え、超高物件の彼は、まさに格好の餌。
「ちょうど、同じ年頃の娘が…」
「うちの娘は将来有望で…」
このように、キーファが城を歩けば官吏に当たった。何故か、官吏はキーファが勤務中であることも構わず、現れる。
それを無言の笑みで追い払い続けた。
しかし、キーファは自分の結婚よりも気になることあった。
「お2人は、結婚しないんですか?」
「「あん?」」
第一王子ダイオニシアス、第二王女ロレイン。気品溢れる公務衣装、上品な造形を凝らしたティーセット、まさに麗しき王族の2人だ。しかし、柄が悪い。
キーファ以外の護衛兵は、無礼な態度と質問に、彼への怒りが込み上げていた。その様子に気づいたダイオニシアスが、手で制す。
「国王陛下のご意向よ。妾腹の結婚が決まるまで、私達兄弟には縁組を止めているの」
苦々しくロレインは言い放つ。
「あの国王陛下は、僕達が先に結婚すると、妾と妾腹の立場を危うくすると考えているのさ」
何故――と、キーファが問う前にダイオニシアスはぶっきらぼうに答える。
「それって、年齢的にヤバいですよ。ダイオニシアス様とか、来年には二十歳ですし」
「そうだよ!妾腹の婚期は来年からだぞ!あの髭のことだ!ギリギリまで、妾腹を嫁がせないきだ!そんなに待ってくれる女性も家もあるわけないだろ!」
机に突っ伏くし、ダイオニシアスは涙をちょちょ切れに流す。
ここで皆さんなら、愛し合っているにならば何年でも待つのでは?と思われるだろう。待っている間は、相手の方も未婚(ここ重要)。しかも、あの国王陛下の息子ということで、浮気を疑われている。
待ち続けた末に裏切られたくない。
そんな分有物件いくら王子殿下とはいえ、ご遠慮される。
「いざとなれば……」
ロレインの言葉が終わる前に、侍女長から客人の来訪を伝えられる。なんと、宰相閣下だ。
約束はないが、失礼のないように両殿下は椅子から立ち上がる。
「お休みのところ、申し訳ありません。早速、本題に入ります。ロレイン様に縁談が来ております」
このタイミングでの縁談、一気に場が凍りついた。
砂漠の国は、エセサボテンという特産品がある。まるで、サボテンの姿だが、実際はもぐらの変種だ。砂漠の環境に適応した進化説を有力としている。
二十日の道程を越えて、ロレイン一行は王宮へ到着した。『客人の宮』という外国の賓客を迎える為の建物に通された。ラクダでの旅は、思った以上に体力を使った。しかし、一切、気を抜けない。何故なら、自分達は国の代表なのだ。
「エセサボテンって、嫌なネーミングですね」
だというのに、キーファはのんびりとした口調と共に欠伸をする。一行を持て成していた外交官吏や宮仕えが表情を強張らせた。
「この野蛮人は、躾中でしての。気を悪くされたのでしたら、ごめん遊ばせ」
ロレインは扇で口元を隠し、目元だけで笑って見せた。
「いいえ、流石は『騎士マリアンヌ』のご子息、肝が据わってらっしゃる」
外交官吏は、動揺を消すように満面の笑みを浮かべる。顔も忘れた母親を持ち出され、キーファは不快さで目元が痙攣した。
ため息を殺すために、キーファは室内を見渡す。拵えた額縁の絵、内装に似合わない実用の長剣が目に入る。
キーファの心情を察し、ロレインはわざと扇の音を鳴らす。
「前置きはここまでにして、本題に入りましょう。予定では、そちらの王太子殿下による出迎えがあったはずですわ。それが、外交官吏殿とその副官のみとは……、わが国も侮られたものですわ」
「その件につきましては、私どもの不手際でございます。この場を借りて、謝罪致します。そして、弁解の機会を与えて頂きたく存じます」
想定内の苦情だったらしく、外交官吏は冷静だ。
「お聞きいたします」
「五日前、月から魔物が出現いたしました。王太子殿下は、千の部隊を率いて、魔物討伐へと出陣されたのです」
魔物。
緊迫感により、誰もが口を噤んだ。説明する外交官吏のみ、言葉を続ける。
「調査の結果、12年前にそちらの国へと落ちてきた魔物と同種と見られております」
知らずとキーファの指先が痙攣する。彼は、当時の魔物を憎んだことはない。だが、動揺は隠せない。
「同種とは…確証はおありなのですか?」
「『騎士マリアンヌ』の童話に出てくる魔物と特徴が一致していることもあり、まず、間違いないと」
ロレインの冷静な問いかけに、外交官吏も落ち着いた口調で返す。
「その魔物って、何処に出るんですか?」
自然と力の籠った口調で、キーファは尋ねる。
瞬間、庭を見渡す広い窓に、影は差したんだ。
ドガッシャーーーーーン
轟音と騒音と共に、窓は突き破られた。窓を突き破った影は、勢いを落とさず家具を薙ぎ払って、壁に激突する。
その間も、護衛兵は冷静に素早く自分の主を危険の少ない庭、もしくは廊下へと避難させる。
「で、殿下!?」
外交官吏が悲鳴を上げて、壁の影に声をかけた。
キーファは、壊れた家具に注意しながら、殿下と呼ばれた影を観察する。鉄より硬く軽さを売りにしたミスリル製の重厚な鎧には、この国の王族を示す紋様が刻まれていた。
「こっちの王太子の顔って、こんなんですか?」
怪訝するキーファの問いに、誰も答える暇はない。何故なら、甲高い咆哮が空から響いたのだ。咆哮の音源は、すぐに発見出来た。王宮で最も高い塔に、黒い獣が尻尾を巻いてぶら下がっている。
「まさか…、魔物が…?」
「バカな、千の部隊はどうしたのだ!?」
恐怖と動揺で場は混乱しつつも、城の兵士達は応戦の構えを取った。険しい声でキーファはロレインに問うた。
「なんか、猿っぽいですね。ほら、先月サーカスで見たでしょう?」
「…猿に嘴なんてなかったでしょう。…それにも、大きさも違うわ」
ロレインは怯えた自分を叱咤しながら、キーファに答える。こうしている間も、弓や施条式銃によって、魔物を攻撃している。だが、魔物は、塔の屋根に登り、一部を破壊して、兵士へと投げつける。
「猿程に知能があるのかなって意味ですよ」
降りかかってくる建物の破片を防ぎながら、キーファは緊張に唾を飲み込む。
「ロレイン様、逃げますよ。こっちに火の粉が来たら、溜まったもんじゃないですって」
「同感だわ」
ロレインは他の護衛兵、侍女にも合図を送る。
「動くな!!」
別の声が引き止めた。その声の通りに動きを止める。すると、逃げようとした先に屋根の一部が落下した。
そのまま行けば、確実に潰されていた。
声の正体は、壁の影になっていた王太子だ。配下に両肩を支えられる借りる形で、ようやく立っている。
「見ての通り、奴は我々を逃がさないつもりだ。だが、こちらが攻撃しない限り、何もして来ない」
キーファは周囲を確認する。兵士による攻撃は治まっていた。応じるように魔物も咆哮さえ止めている。ただ、その眼光は視界に映るモノを全て見張っている。
「ロレイン王女、このような姿で拝謁をお許し願いたい」
「いいえ、状況が状況ですので」
魔物の視線があり、ロレインは礼をする余裕もない。
「王太子殿下、千の部隊はどうされたのです?まさか…全滅?」
「いいや。今頃、ここに戻ってきているだろう。隊長である私が、奴に遊ばれてここまで来てしまったからな」
王太子の鎧に惹かれた魔物は、玩具のように投げ飛ばし、転がしを繰り返してという。
「よく命がありましたねえ」
キーファは、ぞっとして声を震わせた。
「そちらは『騎士マリアンヌ』のご子息とお見受けする。お母上の武勲を継がれたお方ならば、あの魔物も容易いはず。どうか、我々に力を貸して頂きたい」
「いやいや、無理無理。俺らの装備を見ろよ、対戦用じゃないし、あくまでも外交の儀礼用だし、死ぬ死ぬ」
必死に断るキーファに、王太子は痛みに歪んだ顔を更に歪ませた。
「装備がないなら、我々の鎧でも剣でも貸し与えよう」
「装備の問題でもないわ。野蛮人が1人加わったくらいで、戦況が変わるもんですか!ここは、魔物を外に追いやるか、城を捨てて逃げることを考えるべきよ」
青ざめたロレインが王太子の前に立つ。
「そうかな?彼にとっては、装備の問題のようだが?」
王太子の値踏みする視線がキーファに向けられる。喧嘩を売られた気分になり、キーファは負けじとガンを飛ばす。
「じゃあ何か?俺1人で突貫して、魔物をぶっ殺してこいってか?俺に死ねってか?全力でお断りします」
喧嘩腰の口調を王太子の配下が咎めてきても、キーファは悪態をつく。だが、王太子は全く意に介さない。
「では、私が囮になる。その隙に一撃で仕留めろ」
「だから!なんで、俺がそれを出来ることを前提で喋ってんの!?つうか、やらねえよ!断っているだろ!!ねえ、断っているよね!」
王太子は配下から、肩を借りることをやめる。まだ身体が痛むらしく、深呼吸を繰り返す。そして、飾られていた長剣をキーファへと投げ渡した。
「念のため、銃兵にも発砲させる。流れ弾に当たるな」
「え!?決定なの?やること決定なの?ロレイン様、こいつ、殴っていいですか?」
キーファの悲鳴に、ロレインはそっと耳打ちする。
「この男…、国王…私の父に似ているわ」
憐れむ口調と言葉は、キーファの心を折るに十分であった。
結果、魔物は打ち取られた。
キーファは、この時のことをこう語る。
「俺が囮にされた」――――と。
魔物討伐の宴に、都は盛り上がる。ロレイン一行は、崩れた『客人の宮』から城下の高級宿へと移り、身体を休めていた。
事後処理も控えているが、やっと一息つけたのだ。主たるロレインが許し、皆、気力もなく、ぐったりとしている。
「ロレイン様、平気ですか?」
寝台の上で伏せっているロレインに、ソファーで寝転んだキーファは問うた。
「正直に言えば、怖かったわ…。いろんなことがね」
それだけ呟くと、ロレインは沈黙した。
キーファも正直、十分、怖かった。初めての魔物との対面、死への恐怖、話を聞かない王太子、一度に色々と起こりすぎた。
ロレインは労いの言葉をくれなかったが、不満はない。彼女にとって、魔物との遭遇は、過去の恐怖を蘇らせた。
あの王太子がいたから、ロレインはそれ程、怖がらずに済んだとキーファは思っている。
そして、キーファは考えた。
ロレインは苦労するが、あの王太子ならば、良い夫婦になるのではないかと、勝手な想像をした。
三日後、事後処理も落ち着き、国王との謁見が叶った。
ロレイン一行は、礼に伏して頭を下げる。
玉座には、国王並びに王妃、王太子、そして下の王子、王女と揃っている。その顔ぶれに、キーファは疑問を感じた。王太子の縁談だけで、王族が揃いすぎだ。
国王がお決まりの口上を述べ、王太子は起立する。
「この度、私との縁談を白紙にして頂きたい」
唐突な発言に、場の空気が沈む。特に国王は、顔色が真っ青である。
「元々、この縁談はイレーヌ王女に向けたもの。それをレオポルド6世が勝手に、そなたに挿げ替えたのだ。そのような暴挙は、許されるモノではない。故に、白紙に戻す!レオポルド6世にそう伝えよ!」
王太子の命令に、キーファは呆れて言葉をなくす。
「まあ、待て待て。ロレイン王女は、遠き異国より参ったのだ。王太子は、この通り妹君であるイレーヌ王女を諦めきれん。それで、そなたには他の王子との縁談を話そうと思う。そなたに比べると、皆、少々、幼いが…」
国王はぐだぐだと言い続けた。
キーファの疑問は解消されたが、彼らの自分勝手さに頭が痛い。ロレインを盗み見ると、彼女は許しもないのに、礼を崩して顔を上げた。
ロレインの異様な雰囲気に、国王はぐだぐだを止めた。
誰もが、彼女の言葉を待った。
謁見の間にいる全ての視線を集め、ロレインは両手を激しく叩かせた。
「撤収!!!!!」
甲高い声の号令、キーファ達は反論なく従った。
レオポルド6世を中心とした会議。
議題は、先日、ロレイン一行より送られた破談の報せ。
【我が夫に相応しき者おらず】
「先方の希望通り、イレーヌ殿下との縁談を勧めるべきでしたな。何故、勝手なことをされたのですか?」
宰相の睨みに、レオポルド6世は真剣な表情で椅子にもたれる。
「あの王太子は、私に似ている。…見た目ではなく、性格と考え方だ。結婚とは、それまでとは違う新しい家庭だ。それを…親兄弟に似た相手とでは、地獄にすぎん。しなくても良い苦労など、イレーヌにさせられん」
重苦しい父親としての言葉、娘イレーヌへの愛と配慮に、大臣は口ごもった。
「それだけの気遣いが、何故ロレイン様に出来ないのですか?」
軽蔑し切った宰相の質問は、レオポルド6世から父の顔が消えた。
「王族同士の婚姻は、義務だ。それを個人の感情と好嫌で逆らうなど、あってはならん」
宰相並びに大臣は、円卓の下に隠し持っていた泥団子を投げ放つ。
「さっきと正反対だろ!」
「ちょっと感動しちゃっただろうが!」
「大体、あんたなあ!!」
「給料上げろ!」
どさくさ紛れに関係のない発言も混じった。投げつけられた泥団子を受け、レオポルド6世は今日も床へと倒れ伏しましたとさ。
キーファ「ロレイン様の好きなタイプってなんですか?」
ロレイン「父に似てない人、それ以外は望まないわ」