千弦、中学生 Ⅰ
中学校に入学したばかりの頃、千弦はひとりぼっちだった。小学校での友達とは、違う学区の中学校に進学したからだ。クラスの他の子たちは、お互いが顔なじみといった感じで、楽しそうに話していた。
「一緒のクラスでよかった」
「また一緒に帰れるね」
「一緒の部活に入ろうよ」
そんな言葉が教室中を飛び交った。
「昼休み、一緒にサッカーしようぜ」
―うるさい。
「今度一緒にショッピングに行こうよ」
―うるさい。
「今日の宿題難しいね。一緒に勉強しよう」
―うるさい。うるさい。うるさい。
一緒。みんな一緒。誰かと一緒じゃないと、君たちは何もできないのか。そうやって手を組んで、独りの人間のことは視界に入れないのか。
そして千弦は休み時間に、本を読むようになった。本を読んでいる間は、周りのうるさい声は聞こえてこない。くだらない『誰かと一緒』の世界に巻き込まれないですむ。それどころか、自分が想ったことも無い、知らない世界が広がっている。
現実より、本の世界の方が広い。
休み時間にいつも本を読んでいて、誰とも話さない千弦を見て、クラスメイトは、『暗い』『真面目ちゃん』などと囁いた。
「勝手に言ってろ」
千弦はお構いなしに、本を読みあさったのだった。成瀬千弦の中学生活はこうして始まった。