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夢の旅人  作者: 悠かなた
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睡眠と千弦と奈々子

成瀬千弦(なるせちづる)は夜が嫌いだった。

 夜になると寝なければならない。そう思うだけで、ため息が出た。

 寝てしまうと、本は読めないし、テレビも見られない。友人とおしゃべりすることもできないし、買い物にだって行けない。退屈だ。

「もう十一時か……」

 千弦は先ほど洗った短い髪の毛を、ドライヤーを使ってぐしゃぐしゃと乾かした。

 風呂から出ると、一日の全てが終わった気がして嫌になる。まだまだやりたいことがたくさんあるのに、時間はどんどん過ぎてゆき、気がつけば一日の終わりがやってきてしまうのだ。

 さらさらになった髪の毛をくしでとかし、机を見上げる。机の上には、風呂に入る直前まで読んでいた小説が置き去りになっていた。

「もう少しだけ読んでから寝ようかな」

 少しだけ、少しだけ……と自分に言い聞かせ、小説を読み始める。部屋には本のページをめくる音だけが微かに響いた。ぺらっ、ぺらっ、ぺらっ、ぺらっ……。

「あんた、いつまで起きているの!」

 ちょうど、次のページをめくろうとしたそのとき、千弦の背後で母親が呆れながら声を上げた。驚いた千弦が久しぶりに時計を見ると、短針が三の数字を指していた。

「あんたねえ、明日も学校でしょ。あたしがトイレで目が覚めなかったら、寝ないつもりだったの?!」

 母親の問いに、千弦はたじろいだ。寝ないつもりだったわけではないが、寝たくなかったのは事実だ。

 答えに困った様子の娘に向かって、母親はため息交じりに言った。

「あんたは昔から、ちょっと目を離すと夜更かししようとして……。だから朝起きるのが辛くなるのよ。もう高校二年生なんだから、体調管理も自分でしっかりしないと駄目よ」

「……わかった」

 早起きができないだけでなく、寝起きの性格が悪いことを自覚している千弦は、何も反論できず、洗面所へ向かった。

 歯ブラシに歯磨き粉をつけながら思う。これでとうとう、寝なければならない。

 そんなとき、ふと、親友の沼田奈々(ぬまたななこ)の一言が頭に浮かんだ。

「寝るのって、楽しいよ」

 初めて奈々子にそう言われたのは、中学二年に進級してまもなく、出会ったばかりのころであった。

 千弦の後ろの席から、奈々子は声を掛けてきた。

「千弦ちゃんは、夢を見る?」

「え……?」

 進級時のクラス替えをするまで一度も話したことのない奈々子から、初対面でこんなに唐突なことを言われるとは思わなかった。

 少々警戒しつつ、千弦は答えた。

「夢は、あんまり見ないかな。それに、できれば見たくない。怖い夢もあるし。夢を見るっていうことは、眠っているってことだし」

「千弦ちゃん、眠るのが嫌いなの?」

「嫌い。だって、つまらないじゃん」

 千弦がそっけなく答えると、奈々子は心の底から悲しい、という顔をした。

「寝るのはつまらなくないよ。つまらないのはきっと、千弦ちゃんに似合う夢を、まだ見ていないからだよ。千弦ちゃんが『楽しい』って思える夢を見たら、きっと寝ることが好きになるよ」

 ただ「眠るのが嫌い」と言っただけなのに、ここまで説得されるとは思わなかった。なんだか不思議な子だな。そう言えば、『不思議の国の沼田』っていうあだ名を、何回か聞いたことがあるかも。

 そんなことを千弦が思っていると、奈々子は千弦の目をまっすぐ見て言った。

「寝るのって、楽しいよ。」

「……ふーん。じゃあ、眠ることが楽しみに思えるようになったら、教えるよ」

  寝ることが楽しいことだと、自信を持って断言した彼女に、千弦は興味を持った。それからというものの、奈々子は毎日寝た感想を尋ね、「別に、いつもと同じでつまらなかったよ」と千弦が返す日々が続いている。

 そんな毎日が二人にとって何故か楽しく感じられ、今では互いを親友と呼べる仲になった。

「今日は『私に似合う夢』が見られるかな」

 口の中を水ですすぎ、千弦は自室に戻って布団をかぶった。

 また奈々子にいつもと同じ報告をする姿が目に浮かぶ。

 目覚まし時計のベルが鳴るのは、三時間後だ。


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