とある誰かの夢の中
その街の空はいつも、昼間は青く澄み渡り、夜は満月と無数の星が輝いている。
その街の市場はいつも、新鮮な野菜や果物、魚や肉を威勢よく売る声が響き渡っている。
その街に暮らす人々はいつも、心の底からの笑顔を絶やさない。
その街の市場から住宅街を抜けると、西洋の宮殿のような、大きな城がそびえている。
その城の中では、毎晩、少女と少年が二人きりの舞踏会を開いているのだ。
この日の夜も、少女は純白のドレス―まるでウェディングドレスのような―を身にまとい、少年のもとへと、城へ急いだ。
少年は毎晩、少女よりも先に来て、城の大きな扉を少女が開けるのを待っていた。そして扉を開けた少女に、右手を差し出し、そこへ少女も右手を重ねる。
濃紺色のタキシードを着こなしたその少年は、重ねられた少女の右手にそっと口づけをする。すると、どこからともなく聴こえてくるオーケストラの演奏が二人をふわりと包み込み、ぎこちないステップで二人はワルツを踊るように体を揺らした。大きな、大きな玄関ホール全体に、温かな空気を少女は毎晩感じた。
しかしその日、少女が扉を開けても、そこにいるはずの少年はいなかった。こんなこと初めてだ。少年に会える、という期待に胸をふくらませた少女の顔は、一瞬で曇った。
城のどこかに隠れているのかと、少女は少年の名前を精一杯呼びながら、城中を探し回った。ダンスの後に必ず訪れる、街全体が見渡せるバルコニーにも行ってみたが、やはり少年の姿は見当たらない。
少女は大きな扉の玄関ホールに戻り、少年を待った。
「彼が約束を破るはずがない」
そう信じて少年を待ち続けた少女は、扉がギギギ……と開く音を聞くと、笑顔を取り戻した。だが扉の外に立つ人影を見ると、その笑顔はすぅっと消えていった。