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チョコ味のハロウィン。

 ハロウィン記念……のようなもの。

 パキッ、とチョコが割れる音がした。

 目の前にいる彼女が、板チョコを口にくわえて、テコの原理で大ざっぱに割る。口からはみ出した欠片を指先で押しこみながら、彼女はモグモグと口を動かし始める。

 彼女の手には、どこか歪な形になった板チョコが残った。

 僕は、そんな彼女の行動を見つめながら、「彼女はダイエット中じゃなかったっけ?」と疑問に思う。たしかそうだった。彼女はダイエット中だったはずなのだ。

 それなのに、美味しそうにチョコレートを頬張る彼女の姿。

 僕は、そんな幸せそうな彼女に水を差すべく、その耳元に近付いて、ボソッと言ってみせる。

「太るよ」

「私、気が付いたんだ。肉と肉が蕩けあうまで交わり続け、何度も何度も果てて、汗だくになれば、もう何も怖くないって!」

「いずれ腹上死するぞ、それ」

 どうやら、『太る』という言葉に、大した効果はなかったようだ。

 まぁ、こうなるのはなんとなく容易に想像できていた。僕、内藤隆也は、そんな彼女だとわかっていて、付き合っているのだから。

 ここは、彼女の部屋だ。ご近所にある彼女の家。その内の一部屋。クリーム色の優しげな壁紙はともかくとして、本棚に並べられた多種多様な本と、陳列された美少女フィギュアと、積み上げられたゲームソフトと、無駄にスペックの高いパソコンが彼女の趣味を物語っている。

 彼女の姿を横目で見る。ベッドに腰掛け、壁に背中を預けている彼女。

 金髪で、色白で、美しい貧乳ボディ。フランス人の血を引いているとかなんとか。

 透き通っているような青い瞳が特徴的だが、それはあくまでも左目だけ。右目の方は、赤いカラーコンタクトをつけて、いかにも中二病っぽいオッドアイな外見にしている。本人曰く趣味だそうで。ご愛嬌、と受け止めるしかあるまい。

 そんでもって、今の彼女の服装がパジャマなのもご愛嬌と受け止めておくしかないのだ。いくら自分の家の中とはいえ、彼氏である僕を前にしてパジャマ姿ってのは、なんだか悲しい。まぁ、パジャマ姿の方が都合が良いと言えば都合が良いんだけれども。

 綺麗な外国人って言うよりは、美少女フィギュアって印象だ。ちなみに、美少女フィギュアみたいだってのは、彼女公認の褒め言葉である。どんな褒め言葉だ。

 そんな彼女――フィーナにとって、開き直るのは彼女の得意技だ。大抵の嫌なことから目を逸らし、なかったことにしてしまう。普段のそれは、ウザ可愛いだけだ。ウザ可愛いだけでそれ以外に効果はあんまりない。

 けれども、ネガティブな時は、彼女の開き直りっぷりが役に立つ。その無理矢理な優しさに、何度救われてきたことやら。

 今のフィーナは、太ることから開き直っているようだった。というよりは、下半身をぶつけ合うという、かなり体力を消耗するスポーツを行っているから、大丈夫だと油断しているような感じなのだ。

 ――それでも、太る時は太ると思うよ。やっぱり。

 特にお腹の部分が膨らんでしまうと思う。さながらお餅のように、ゼリーやプリンのように。プルプルとスライムのように揺れるお肉。カテゴリ的には、ぽっちゃり系女子と言った方が良いか。

 今は、ぱっちゃりってほどでもないけれど。油断は禁物。気が付けば太ってるかもしれない。それをフィーナはわかっているのかいないのやら。わかっててスルーしているのなら、仕方ないけれども。

「つーか、太ったら、フィーナがマウントポジションを取った場合、嬉しくないことになりかねないと思うんだけどね」

 けれども、僕としてはフィーナが太るのが嫌なので、釘を刺しておく。そのことを、ちゃんと聞いていたらしく、チョコを喰うのを一旦止めた。

「……その理由は?」

 なんだか、察しが良さそうな視線でフィーナが睨みながら、僕に答えを促している。ちょっと怖い。

「フィーナの尻が、僕を腹パンする可能性があるんだよ。しかも、一撃一撃が重い腹パンが。ずんずんと膨らんだお肉の重さと、勢いよく叩きつけられる尻に、腹パンされる。そんな可能性があるような気がするんだ」

 彼女が僕に背と尻を向けて、マウントポジションでズッコンバッコン。そんな騎乗位になった場合、尻が僕の腹をブローする可能性がある。

 僕がマウントポジションの時はともかく、太った彼女がマウントポジションになったら、色んな意味で苦しいことになりかねないのだ。

 ……まぁ、そこまで酷いことにはならないとは思うけど。天文学的な確率で、そういうこともあるかもしれない、とか、そういう話なんだ。半分ほど冗談だけど。

 さてさて、体重の話をされたフィーナの反応やいかに。

「アホか」

 一刀両断。バッサリ。首ちょんぱ。そう言われるのはわかっていたけれども。

「私がどれだけ太っても……いや、まぁ、ぶくぶく太って、鈍器と化した場合はともかくとして――そこまで酷いことにはならないわよ。つーか、物理的に無理でしょーが。尻で腹パンなんて」

 ごもっともです。腰と腰をぶつけ合うようなものだから、間違っても尻で腹パンなんて事態はよっぽどのことがない限りないわけだし。フィーナが上の騎乗位の場合、勢いつきすぎて、ものの弾みでボディーブローってのはありえるかもしれないけど。

「大体、もし私が太っても、他にもどうにかする方法があるでしょうが。騎乗位禁止にするとかさぁ」

「それだ!」

「それだ! じゃねぇよ!」

 フィーナは、「おまえは何を言っているんだ」と言いたげな目で僕を見た。ジーッと冷めたような視線。そんな目で見ないで!

 でも、騎乗位禁止は微妙に良いアイディアだと思うんだ。僕はどっちかって言うと騎乗位より正常位が好きだし、正常位より犬みたいにバックから突き上げる方が好きだから、大して困りはしない。主導権を握るのが好きなフィーナは、騎乗位禁止なんて嫌だと言うかも知れないけど。

「私、それなりに騎乗位が好きなのよ。それを禁止だなんてとんでもない」

「そのこころは?」

「あんたに跨ってると、なんかリンチしてるみたいでゾクゾクして良いのよ」

 ほんのりとSの香りがする。やめてくれ、僕はMじゃないんだ。そこまで性癖が広いわけじゃないんだよ。

 でも、まぁ、うん。騎乗位って馬乗りになった彼女に襲われてるみたいだから、ゾクゾクする気持ちもわからなくもない。僕だって、正常位で、自分が上にいるって考えるとゾクゾクしちゃうし。

 フィーナのそれが、相手をいじめたいって気持ちなのだとすれば、僕にもそれはある。好きな子だからいじめたいとかそんなの。やってることは小学生より、性的に悪質だ。でも、そうしたがる気持ちは何となくわかる。

「でも、リンチはノーセンキューで」

「性的なリンチも駄目?」

「やめてください、死んでしまいます」

 二・三か月ほど前に、夏休みだからという理由で一日中ズッコンバッコンとしまくってたら、熱中症などで死に掛けたことがあるから、もう二度と腹の上で死にそうになるのはごめんだ。性的なリンチってのはそういうことだろう。多分。あの時は、互いにノックアウトしちゃったけど。

「……やっぱり、フィーナさんからドSの臭いがする。よって、騎乗位禁止にしよう。うん、そうしよう。僕の平和のために」

 僕は、捲し立てるように言う。半分ほど冗談だけど、お返しとばかりに性的にリンチされそうな気がするから、その芽を摘んでおく。どれだけ小さな芽でも、芽吹いているのなら、摘まなければならない芽もあるのだ。まだ僕はドMになりたくない。

「……そんなんだったら、隆也の持ってるコンドーム全部に、小さな穴を開けちゃうよ? 避妊していたはずが、いつの間にか中出し、マジカルチンポから噴き出たコッテリザーメンに孕まされ、ボテ腹に!」

「そんな顛末で経験するマリッジブルーなんて嫌だ!」

 そう考えてみると、計画性もないまま直に中出しする人達って、後先考えずに、不安や憂鬱を感じないまま行動しちゃうタイプの人なんだろうか。マリッジブルーになることもないような……想像してみるとちょっと怖い。

「……つーか、今妊娠しても良いの? 僕ら、まだ大学生なんだけど」

「あるエロゲーだと、大学に入学すると同時に出産していたような」

「エロゲーと現実をごっちゃにしないで! ……いや、まぁ、休学すればそうでもないかもしれないけど」

 なんて、口を滑らしたのがまずかったのかどうか。

 フィーナは、フフフと妖艶なような不気味なような笑みを浮かべながら、足を組んだ。パジャマ越しだけど、太腿のお肉が魅力的に見えるポーズである。イヤラシイ。その太腿に挟まりたいと思うのは僕だけだろうか。

 そんで、妖艶な彼女はこう言ったのだ。割とあっさりと。

「……孕ませて、みる?」

「やめい」

 フィーナなりのジョークだとわかっていても、拒否したくなる言葉だった。男ってのは馬鹿で、僕も男で、そんなこと言われたら本気になっちゃいそうな気がするから、そのジョークは勘弁してほしい。

「いけず」

「人生の墓場に片足突っ込みたくないのだよ、まだ」

 僕らが、パパママになるのはまだ早いと思うのだ。

「……そんで、話を元に戻す……というよりは、本題なんて無いようなものだったけど、戻すとして。過剰にお菓子食ってると太るよ?」

 いつの間にか、チョコを喰うのを再開していたフィーナに言う。ポリポリと食っていたのが、ピタッと止まる。そんで、僕の顔を一瞥して、再び何事もなかったかのように食い始めた。バリバリムシャムシャ。チョコを喰う音じゃない。

 やがてすぐに、彼女の手元からチョコが消えた。残ったのは、クシャクシャに握り潰された包み紙だけ。それを僕の目の前で、ベッドの横にあるゴミ箱に、ほぼ零距離からシュート。ホールイン。

 後に残ったのは、彼女の満足げな顔だった。チョコを喰った証拠なんて無いんだとでも言いたげに。そんなことより、大丈夫なんだろうか。あんなにバクバクと貪って、鼻血とか出るんじゃないかとか。

「まぁ、とにかく、大丈夫よ! 多分!」

 根拠のない自信でもあるんだろうか。

「大丈夫じゃなかった時に……また開き直るのが目に見えるよ」

 僕がそう言うと、彼女がギクッと表情を固める。彼女は良く開き直るのだ。稀に良くあることなのだ。

 あの時もそうだった。

 あれは確か、一緒に風呂に入った後のことだ。風呂の中でイチャイチャニャンニャンと過ごし、のぼせかけていた僕らは、なんとなしに体重計に乗った。下半身の運動をしたから痩せてるよな、みたいな下ネタ的な話の流れだったのを覚えている。

 僕の体重は、七十キロほど。割と平均的なような数値だった。

 一方で彼女は、だらだらと冷や汗を流し始めて「今日は体重計の調子が悪いみたいね!!」と自分に言い聞かせるように叫んでいた。僕がその数値を見ようと覗きこんだ瞬間、フィーナが「てぃ!」と咄嗟に僕の股間を握ってしまうくらいにアレな数字だったらしい。

 あの時は、あまりの股間の痛みに、逝ったかと思ったよ……。

 そんな風に、僕がフィーナを信用していないような目で見ていたのが癪だったのか、彼女は自信があるような表情を作り、胸を張った。つるつるぺったん。好ましい貧乳ボディだが、見ているとなんだか泣けてくるのは気のせいだろうか。

 そうして、彼女は自信満々にドヤ顔で言ってみせた。

「大丈夫だよ、問題ないよ」

「それ、大丈夫じゃないフラグだからね。あと、開き直るのは否定しないんだね」

 その時、沈黙がこの場を支配した。一瞬だけ、本当に一瞬だけの沈黙だった。

 やがて、彼女の表情が、ジーッと僕を睨みつけるようなものになった。口元が笑いの形に歪んでいるので、怒っているわけではなさそうだけれども。

「……別に良いもーん、太ったって。それよりお菓子の方が良いもーん。チョコ美味しいし、ガツガツ」

 ヤケッパチな気分になった、とでも言いたげな口調で、フィーナはそう言った。どこからか追加のチョコを摂りだしてバクバクと食い始めている。どこから取り出したかは気にしない方が良いだろう。

「少し前に言ってた『ダイエットする』って誓いはどこに行ったのやら。……つーか、そこらへんで止めといたら? あっ。ほら、鼻血でてるよ」

 ふと見ると、フィーナの鼻からタラーッと血が流れているのが見えた。あと少しでポタリと落ちて、パジャマに染みが出来そうかも……と思っている内に、フィーナがティッシュで鼻血を拭い取った。そして、鼻の下綺麗になったやろ、と見せびらかしてきた。

 ……その時に、ツーッとまた鼻血が垂れてきたのが、哀愁を誘ってきたけれど。

「ところで、ねぇ、隆也」

 フィーナが、ティッシュで再び鼻血を拭いながら聞いてくる。またしょーもないことかも、と思いながら、僕はフィーナの言葉を促してみた。

「キスしていい?」

 なんて、これまた突拍子もない言葉が僕の耳を通り過ぎて行った。頭の中が若干混乱して、すぐさま混乱は収まっていく。うん、まぁ、突然キスをしたがるなんて、いつものことじゃないか。

「……初っ端からディープなのでなければ。最初っからアレだと、結構息苦しいから」

 僕は、動揺をできるだけ抑えながらそう言う。フィーナがキスをしたいんだったら、僕だってキスをする。ようはフィーナとキスがしたいのだ。

 そう答えた瞬間、僕はフィーナに押し倒された。真正面から見下ろされる。あと少しでキスできそうな距離まで縮まる。

「……段階、踏むね」

 フィーナはそう言いながら、唇をゆっくりと僕の方へと近付けていった。僕はそれを受け止めようとする。ソフトなキスが降り注ぐのを期待して。

 そうして、フィーナの唇が、僕の唇まで三センチメートルほどの距離まで近づいて。

「……なんてね」

 フィーナが悪戯っぽく笑って、僕の唇に舌をねじ込んだ。

「むがっ!」

 ショック。口の中を彼女の舌が蹂躙する。唾液を流し込まれる。甘ったるくて、熱くて、溶けそうになる。熱々のフォンダン・ショコラが口の中で暴れまわっているみたいだ。

 チョコの匂いがするキスが、僕の口を犯す。ぐちゃぐちゃにかき乱される。目の前がクラクラする。

 やがて、互いに過呼吸気味になって唇を離す。唇と唇の距離は、十センチメートル弱。互いの目を見つめ合い、呼吸を整え合う。互いに何かを言おうとするが、上手く言葉に出来なかった。

 そうして、やっとのこさで、フィーナが言葉を紡ぐ。

「ねぇ、知ってる? 今日ってハロウィンらしいんだよね。ちょっと前にようやく思い出したんだけどさ」

「知ってる。だから?」

「トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、って言うじゃない?」

「太るぞ」

「甘いのだけがお菓子じゃないでしょ」

「粘っこいのが好きか、変態め」

「さっきのお返し。太るぞ太るぞって言ってたからね」

「……風呂はまだ入ってない?」

「まだよ。……もっと汗流してからでも」

「さいでか」

「ねぇ、お菓子くれない? でないと、イタズラしちゃうよ?」

「……逃げ場ないじゃないか」

 言葉と言葉の応酬。これから始めることについて。

 彼女は、イタズラっぽく笑っている。彼女が上で僕が下。イタズラする方とされる方。騎乗位禁止なんてなかった。仕方がない、今日は譲ってやるさと笑ってみる。

「トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ! お菓子をくれてもイタズラしちゃうけど」

「……どんなイタズラを?」

「チョコの分だけ太ったお肉と、合体」

 なんだかんだで、そいつは悪くない――と僕は思った。



 FIN.

 こんばんわ、お久です。


 この話は、昔書いた話を今風に書き直し、あまり書いたことのない下ネタをぶち込んでみたお話です。ちょっとお気に入り。

 このキャラでいつか続き(或いは外伝)を書くかもしれませぬ。

 多分。


 では、また。

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