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雪に散る  作者: 宮明
3/12

真砂吾‐弐

 遠い北のほうで戦があるらしい。村長は国長に十八から三十の男を出せるだけ出せ。といわれたと言って、男たちを集めた。

 そうして、真砂吾の村からも十数名の男が戦に出た。

 その男たちの中に真砂吾の父が入っていた。

 明るく男らしく、村長の長女で真砂吾の母である松葉の、入り婿。山を二つ越えた村の村長の三男として生まれた彼は、次期村長となるにふさわしく男気にあふれ、国長からの要請を村長が皆に伝えた直後に自分の出兵を望んだ。

 自分が行かねば誰が行く。そう言って心配する真砂吾の母に笑いかけ、自分を見上げる真砂吾に頭をなでた。


「待っていろ、土産話を楽しみにな」


 笑いながら村を出て行った父はその性格を表すかのように気持ちがいい笑顔だった。

 戦は長引いた。初め半年もすれば治まるだろうと言われたそれは、半年から一カ月、二カ月、とうとう更に半年。

 そしてまた半年延び、真砂吾の身長がこぶし一つ分ほど伸びたころ、やっと終わりを告げられた。




 三年前に祖母が亡くなり、真砂吾の母は村長の仕事の補佐をすることが多くなった。よせ来る年の瀬は容赦しない。あと十年もしないうちに祖父は現役を引退し、村長の役割は真砂吾の父に任せられる。

 国長から村を任された村長の仕事は特殊なものが多い。

 本来ならば補佐は真砂吾の父が行うことだ。

 けれど、戦でいないものにはさせられない。そのため、真砂吾の母がかわりに学ぶ。同時に、村長の血を継ぐ真砂吾も読み書き計算剣術と、忙しい生活を始めてやっと慣れてきた矢先だった。


 その日は朝から騒がしかった。真砂吾が朝餉をしているとき、外のほうからけたたましい馬の鳴き声と、人の声がする。


「真砂吾はここにいなさい」


 好奇心に駆られ、腰を浮かせた真砂吾に、松葉は声をかけた。


「えー、母さまずるい」


「何にもずるくありません。何わがままを言っているの」


 唇をとがらせ松葉を見るも、強い口調でたしなめられて真砂吾は膨れる。

 しかし、すぐに機嫌を直し、また座りなおした。

 いつもなら朝餉は祖父と真砂吾と松葉の三人でとるが、十日ほど前から祖父が国長のもとに出向いているため、今日は二人だ。

 それが真砂吾は少し嬉しかった。

 村中からの人望を集める村長であり、祖父でもある辰巳は真砂吾も自慢に思っている。

 けれど、同時に幼い真砂吾にとって彼は恐怖をも感じさせる存在であった。

 そんな祖父のいない、母と二人だけで取る食事は安心してくつろぐことが出来る。普段は出来ない、甘えたような言葉もそれゆえに。

 真砂吾が再び朝餉を食べ始めた時、庭に面した障子の向こう側に物音が近付いた。

 振り返る間もなく、引き戸が勢いよく開かれる。


「父上」


 松葉が驚きの声を上げる。真砂吾が顔を傾けると、そこには辰巳の姿があった。


「どうしたのです、そんなにあわてて。それに、後ろにいるのは白波?」


 母の落ち着いた声音に疑問が混じる、真砂吾も同時に祖父の後ろにいる存在に気付いた。


 二十半ば程の眉の濃い女と、すぐにその息子とわかる真砂吾と同じくらいの年の少年。それは普段隣村に住んでいる真砂吾の叔母の白波と、従兄の築だった。


「重要な話があってな、今後のことを決めるためにも白波に無理を言ってこちらにこさせた」


 きびきびと年を感じさせない動きで、辰巳は縁側をよぎり真砂吾たちのいる部屋に入る。築、白波もそれに続く。

 それを見て松葉はそっと自分と真砂吾の朝餉をそっと後ろにやった。


「すまんな」


 自分の開いた障子を閉じつつ、何事もないように言う辰巳の顔と白波、築の顔は似通っている。

 互いに意思の強く固い表情の目立つ面差しをしている三人の顔と、柔で感情豊かな顔をした松葉、真砂吾の親子の顔とでは、「村」という閉塞した社会の中で形成された血のなかで、思いのほか違いが目立つ。

 そのことは村中承知していることであり、幼いながらも真砂吾はそれに気付いている。

 けれど、誰も大声では言わない。

 ふと、築と目が合う。じっと見詰められ、真砂吾は口元をゆがめる。わかりやすい反応をした真砂吾から、慣れたように築はさっと視線をそらす。

 何故かその動作に苛立ち、あからさまに睨みだした真砂吾の膝を松葉はそっと叩き、視線を己の父に向けた。


「一体何があったのでしょうか」


 静かに問う松葉の声が部屋に響いた。

 この段になって、真砂吾はこの空間の異常さに気付く。

 祖父はいつも以上に顔を固くし、叔母は真砂吾に笑いかける余裕もない。そうやって見ると築もいつもより顔色が悪いようだ。


「……お父様……?」


 松葉の声がか細く響いた。

 何があったのだろう、自然と真砂吾と松葉の顔も固くなる、そして、


「……あやつが、戦死した」

 重い声だった。

「戦は、終わってあと数日もすれば他も村のものは帰ってくる。しかし、あやつと源次郎は……」


 辰巳は一旦口を止め、視線を落とす。その重い表情に真砂吾は息を飲んだ。父、去り際の笑みを思い出す。


「怪我をした仲間を庇って矢を受けたらしい、矢は心の臓には当たらなかったそうだが、出血がひどく、それで」


 祖父は口をつぐんだ。暗い色をした瞳は松葉を真っ直ぐ捉える。

 そして、彼女の秀麗な顔が絶望に包まれるところまで。


「あの人が、死んだ?」


 松葉の呟く声はかすれ、瞳が空を泳ぐ。


「母上っ」


 前で揃えた手が震える。母の異常に真砂吾は思わず、肩に手をかける。ただそれだけで、


「…っ、母上っ」


 ぐらりと揺れた体は横に崩れた、色素に薄い髪が宙に舞う。

 瞬間その髪が、わずかに赤く変わる、けれど真砂吾は気付かない。辰巳の瞳だけがそれを捉えた。


「――を、」なに、ははうえは、なにを


「白波、松葉を」


 聞こえた声は祖父のもの。返事の声はすぐに聞こえた。

 倒れた母にすがる真砂吾の肩を掴んだ者がいた。


「!」


 振り向く真砂吾の肩に置いた手を、辰巳は一度放し、今度は真砂吾の細い二の腕をつかみ立ち上がらせた。


「じい様、何……ッ」


 驚く真砂吾に目をくれず、辰巳は痛いほどの強さで二の腕を引っ張り、廊下に連れ出した。そして、


「元治の家に行きなさい、話はつけてある」


「元治って…、喜代ちゃんのうち!?なんで、おれは母上のそばに…」


「築」


 食い下がる真砂吾には目もくれず、辰巳は築を呼んだ。


「真砂吾を元治の家まで連れて行け。さっき教えただろう」


 凍ったように冷たい声の辰巳に真砂吾震えた。

 いつも、厳しいながらも優しさの垣間見える辰巳だったが、今は違う。ゆるぎない意思と威圧感に恐怖を感じた真砂吾は、いつの間にか築に手をつかまれ歩きだしていた。

 こわばった顔の辰巳、倒れた母への心配、築の歩く速さ。

 全てが夢のようで、ほんの少しの間のことだったのに何があったかよくわからなかった。




 それから、会わせてももらえなかった。死ぬ間際にはもう母はご飯が食べられないくらいやつれていた、らしい。そんなことも白波に泣きながら懇願しないと教えてもらえなかった。

 父の遺灰が村に届いた。簡易の葬式をする。その間も松葉は真砂吾の前に現れなかった。


 そして。


 何があったか、理解するよりも先に松葉は死んでしまった。葬式すらされなかった。土葬が普通のこの村では珍しく、松葉は火葬された。

 何が何だかわからない。全てから取り残された真砂吾は気付かなかった。村長の様子から何か悟ったらしい村人たちの目配せにも。

 築が何か思いつめたような顔で自分を見つめていることにも。

 辰巳が時折遠い目で、山の中腹に見える、桜の方向をじっと見つめていたことにも。

 何もかもにも真砂吾が気付かないまま秋が来た。


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