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雪に散る  作者: 宮明
2/12

真砂吾‐壱

 乱れ咲く桜の下に、探していた彼がいた。


「セツナ!」


 ユキは呼ぶ。弾むような足取りで、ぼうぼうの野草を分けてできた小道の上をゆく彼女の長い黒髪を緩やかな風がさらう。

 山の奥深くの村。そこから少し山に入ったところにある桜の木は、彼のお気に入りの場所だ。

 ユキの聞くところ、およそ十年前、彼はここに捨てられていたらしい。


 ――ユキの声にセツナは振り向いた。

 その顔は白皙の美貌、およそこのような田舎には似合わないような気品すら漂う顔立ち。

 ユキはそんなセツナの顔が好きだった。

 だが、血のつながりが濃いため、どこかみな似た顔をした村人との違いがあらわなその顔に嫌悪を抱く村人は多い。

 セツナはヒトの心を読みすぎる。

 だから、自我が芽生えるよりも早く自らを拒否する村人とかかわろうとしなくなった。かかわらない以上両者が和解することもない。

 大人の中には彼のそんな聡過ぎるところに恐怖を持つものも多かった。


 ユキは村人もセツナも大切だったからそのことが悲しい。

 けれど、その断絶をどうしていいか、ユキにはわからなかった。

 だからユキはみんなに笑いかける。

 笑顔はみんなを幸せにすると信じていたから。


「桜、きれいだね!」


 見上げた桜は満開で、意識しなくても自然と笑顔が浮かぶ。

 小さくうなずくセツナも微笑みを返した。

 心の底からの同意からされた、その笑顔をユキはそっと「たいせつ」な宝物として心にしまいこんだ。

 その時、確かに二人は幸せで、根拠もなくずっと一緒にいることができると思っていた。


◇◇◇


 真砂吾は怒っていた。

 まだ幼く小柄で丸みを帯びた肩を精一杯猛らせて、ずんずんと道の先をゆく。

 夕暮れが山を包み、秋を知らせる虫の声が響くなかをどこまでもゆく。

 母が死んだのは十日前のことだった。泣いても泣いても母は帰ってこない、そうわかっていても涙は時折こぼれ出た。

 涙がやっと止まったのは七日前のことだった。


 だが、真砂吾は今も泣いていた。

 まだこぼれてはいないものの、確かに目じりには涙が浮かび、小さな歯はすでに唇を裂き、赤い血がにじんでいる。

 それをなめとり、真砂吾は口を開いた。

 おにの子じゃない!小さな声はつぶやいた真砂吾にしか聞こえないほど小さい。

 人里離れた山のなか、聞くものは居ない、そう知っていても真砂吾は大きな声でそれを言えない。

 立ち止まることはできない。立ち止まったら涙がこぼれるような気がする。

 築の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っあんな奴知るもんかっ従兄なんて知ったことない、前々から気に入らなかったんだ!あいつは事あるごとにおれの邪魔をする!


 つい先刻のことがにわかに頭に浮かびあがる。

 本気で怒った惣五郎の顔、自分を馬鹿にするようなみんなの顔、そして初めて見る怖い顔の築――。

 とうとう真砂吾は立ち止まった。

 自分は自分の出来ることをしてきた。

 そうだ、間違ってはいない、そのはずなのにどうしてうまくいかないんだろう。村長の跡継ぎとして母を助けたい、それだけで、ただただそれだけでずっとここまでやってきたのに。それなのにこんなにうまくいかないなんて。

 やっぱり自分がおにの子で、そう、おにの子で、そして……、 じゃないから――――。

 前が見えない、とうとう目からこぼれたそれは熱く頬をぬらし、口をかみしめるも漏れる声は、か細く言葉にならない。

 築。怖い顔がよみがえる。

 嫌われたんだろうか、いつも邪険にしているくせに、そんなことをふと、思う。


 気がつくと目の前に古い桜の木があった。足を止め、力強く土に潜るそれの根をじっと見る。

 昔、父の出兵のすぐ後だったか。咲き誇るそれを見るために、母に連れてきてもらった木だ。

 ここであの人に、初めて口づけされたのよ。ふふふ、と笑いながら、頬を薄く染め、言葉を紡ぐ母は真砂吾の目から見てもきれいだった。

 くちづけってなぁに?そう聞く己も今よりもっと幼く、母と離れ離れになるなんて、想像もしなかった。

 母は自分ではなく父を選んだ。今ここにいる自分ではなく、遠く離れた父を、自分の愛した男を。

 だからおれを置いていったのだ。


 ねぇ、やっぱりおれには、母さまは支えられないの……?

 みんなから嫌われて、もうどうしていいかわからなくて。

 村長に必要なことなんて考えてもぜんぜんわからなくて。

 おじいさまにも無理だと言われて。

 とうとうあいつにも嫌われた。

 自分にはもう何も残っていない。

 身の内が空になった感覚。

 それを人は、失望というのか。

 ふいにふわりと風が凪ぐ。舞い上がる木の葉、赤く色づくその乱舞に目をひかれ、真砂吾のうるんだ瞳を上にあげた。

 真砂吾の目からあふれていた涙の勢いが止まる。


 桜の木の上に、何かいる。

 声が聞こえた。


「幼子、お前はなぜ泣くのだ」

 そこにいたのは鬼だった。



 髪は長く、肩を超え、着物に包まれた細身の体を覆う。

 髪も着物も肌も頭の左右に生えた角も、全てが白く、まるで早朝の雪景色のような純白を誇る。

 鬼の姿に驚いた真砂吾は目を大きくする、口は開くが声は出ない。呆然と固まった真砂吾に気付かないのか鬼は悠々と手に持った紅の葉をもて遊んでいる。

 長い髪にさえぎられて鬼の顔は見えなかった。が、真砂吾は無条件に、きれいに違いない、と思った。

 そんな雰囲気が鬼にはある。昔寝物語に聞いたおにの話を思い出す間もなかった。

 ふと、髪をかき上げ、鬼は真砂吾のほうを見た。

 何処かをみていた瞳が今、まさに真砂吾を見据える。

 その時真砂吾は知った。―――鬼の目は黄色い。

 一瞬目をまばたいた鬼は次の瞬間には目をそらしていた。そして、


「名は」


「え、あ、」


「名はなんというのだ?」


「え、あ、ま、真砂吾」


「へぇ」


 どうでもよさそうに返された、気のない返事に、真砂吾は我に返った。

 な、なにふつうに鬼に名前を明かしてるんだー、おれはっ!


「一人でこんなところにきたのか。母は、許したのか。」


 鬼の声は低い。歳は幾つなのだろう。

 白い面は十代といわれても四十代といわれても、納得してしまうような曖昧さを秘めていた。

 人の年齢が鬼に当てはまるかどうかなんて、知らないけれど。

 真砂吾は大きく古い桜の根元に駆け寄り、鬼をできる限り近くで見ようとした。

 しかし、近すぎると太い枝が邪魔で逆に見えにくい。

 真砂吾は鬼が黙っているのをいいことに、木に手を預け、上を見やった。

 一番低い枝でも思いがけないほど高い。

 これでは上ることはできない。


 真砂吾はあきらめて最初に鬼と目があった場所へ戻った。

 その様子をいつのまにか鬼は見ていたらしい。真砂吾が振り返った時、鬼と真砂吾の目があった。 

 鬼は紅葉をそっと風に流した。


「一人でここに来たのか」


 とっさに葉を目で追った真砂吾は、今さらのように鬼が自分に話しかけたことに気づき、驚いて目を見開く。


「……ひとり、だけど」


「母は許したのか。森は危険だ」


 そうだな、例えば俺のような鬼がいる。どこかおもしろそうに言う鬼はすぐに真砂吾が視線を落とした。思い出す。


「母は、母はいない」


 口が震え、それ以上言の葉を紡げない。

 言葉を押し出そうするも、のどになにかが詰まったかの様に口からは何も出てこなかった。そのまま、何も言わないまま顔を伏せてしまう。

 鬼はそれだけで何があったか悟ったらしい、目をふせ、その秀麗な顔が自嘲めいて歪む。



 それが鬼と真砂吾の出会いだった。


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