焼き鳥の章
君の歩む道は、平坦ではない。
けれど、大丈夫。乗り越えられる……。
辛いだろうが、『それら』は君を成長させてくれる。
俺は母方の祖父に引き取られる事となった。
あの『目』の比奈はあれ以降現れない。
聞きたい事が幾つもあるのに。比奈に問いただしても覚えていない。との事だ。
「佑磨、いくぞ!」
真っ黒に日焼けをした、ワイルドなうちのじいちゃんは催促でクラクションを鳴らした。軽トラは泥で汚れている、農作業兼用との事だ。
俺は、ボストンバックとランドセルを抱え。助手席に乗りこむ。
クッション性が良くない、背もたれがあまり倒せない。快適そうなボジションを探す為、シートレバーを調整し、何度か腰を浮かせた。
「ゆーくん……」
母親に手を引かれる比奈。
比奈は悪くない……でも。俺は下を向き。……黙った。
「いくぞ」
イライラした。祖父の声。車は始動する。
「ゆーくん……」
ガツンと祖父の拳骨が飛ぶ。
かばっと起き上がる。シートベルトで一回つっかかる。
それが痛かったからだ、俺は泣いていた。
窓から身を乗り出す。
「比奈! 比奈!」
永遠の別れになるかもしれない。もう会えないかもしれない。
……。
『大丈夫、君らの絆はそんなやわじゃない』
……。
休憩の為に高速道路のインターで止まった。
「トイレ行ってこい」
くしゃ、っと俺の頭を撫でる手は暖かい。
トイレで鏡を見ると、ずいぶん泣いたなと言う目をしていた。俺は顔を洗う。
比奈も泣いていたな。
Tシャツの裾で顔を拭く。
「はあ」
溜息をこぼした。
トイレを出るとじいちゃんが喫煙室にいるのが見えた。左手側にベンチがある、そこから様子が見える、そこにいよう。
「佑磨君?」
振り返るとスーツ姿の男がいた。
「君に電話だ」
男は不思議そうな顔をした。きっと俺もそうだ。携帯電話を受け取った。
「須藤君。君の右手側100mの所に、焼き鳥を売っている店がある……
「比奈!あの時の比奈だな!」
「そうだ。わかったらさっさと移動しろ」
「……お前に聞きたい事がある」
「無理だ。お前はじいさんも失いたいのか?」
「な……」
「早くいけよ、時間がない。携帯を持って移動しろ。そのスーツ男に許可は取った」
冷淡なその声に寒気を覚える。俺は焼き鳥が売っている店に、歩みを進める。
「走れ!」その声に半ベソかきながら走る。
「よし、そこに立ててある串をあるったけ取れ、大丈夫。店員は変な目で見てくるだけだ、止められやしない」
20本位串を取る。
「乗ってきた。トラックに戻れ」
「よし、タイヤの側面に串を刺せ、側面だ触って柔らかい部分だ」
「え?」
「やれよ、前輪後輪。ハリネズミみたいにしてやれ、刺せ!」
じいちゃんが戻ってくるのが見えた。こんな事……怒られるに決まってる。
顔が引きつる、胃が、胃が痛い。
「『私』が信用出来ないのは、わかる。でも、やれ、やってくれ……頼むよ」
知るもんか! 俺は狂った様に串を刺す。何本か弾かれて折れる。勢い余ってホイールに手をぶつけ出血もした。
「馬鹿野郎!」
じいちゃんが走ってくる。
「いいぞ、もっとやれ」
捕まえようとするじいちゃんをかいくぐる。でも、そんなに長くは続けられない。俺は襟首を掴まれる。グィっと伸びたシャツ。
「やめろ!!」
じいちゃんの拳骨。
「ハァハァ、何だってお前は……」悲痛な顔だ。娘を失い、孫が狂った……。じいちゃんごめんね。
「君の腕時計の長針が6を指した時、じいさんもわかってくれるさ。だから、気にするな」
茫然自失……。
息を切らしていた祖父が立ち上がる。
「はぁ。くそ」太腿あたりを右手で叩く。
長針が6を刺した。
ゴウン。ドォン……。耳がキィィと鳴る。俺が顔を向けると車道に炎が上がっている。激しいブレーキの音。
間に合わなかった車が突っ込む音。膨れる炎。
これ……。
もう一度大きな爆発音が響くと、周囲から悲鳴が上がる。
「ああ」
じいちゃんは震える手で俺の頬に触れ。そして抱きしめた。
『どうやら、無事のようだな。『私』に従えば、君は死なない安心しろ』
震えるじいちゃんは、炎を見上げていた。その焦点はあっていない。
俺だって、
死とはなんだ?