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孤島の章

ルートは一つとは限らない。

分岐レーバーを引ける力があれば……。

私は、自分が望む事象の過去と未来がわかる。この稀有な力は全て、須藤佑磨を死なさない為にある。

私は『今』を変える……。それが、他人にとってどんな結果になろうと興味はない。



東京湾からクルーザーで片道2時間半、ここはミステリーファンにはたまらない断崖絶壁の『孤島』。そこにそびえ立つ古い『洋館』。もし俺が作家ならこんな所を舞台に殺人事件でも書こう。

比奈をみると、帽子が浜風にさらわれないよう右手で抑えている。反対の手はスカート。

「佑磨、海綺麗だね。泳げるのかな? 」

比奈はにっこりと微笑む。

「さあ」俺は肩を竦めた。


そんな俺らの会話を聞いていたのだろう。

「ここは、潮の流れが速いから。海水浴はやめたほうがいい」

いかにも理系の風貌の男が答える。

「もっとも、自殺願望でもあるなら止めないけどね」

クックと喉を鳴らした。隣に並んだ美しい女性は一言。

「あなた」

「クック、失礼」

男は口元に手をあて、軽く会釈をした。


「夫婦だね」

「たぶんな」


俺らは館の玄関に向かう。着くと先客が 、

先の俺らと似た会話をしていた。


「はぁ、海綺麗だった」

「泳げるのかな? 」

「でも、水着は? 」

「下着で平気よ。どーせろくな男いないし……」

仲良しOL3人組ってとこかな。リーダーっぽい女の子と目が合うと、

「げっ」と言った。


「お兄さんの事言った訳じゃないのよ、はは……ね、綺麗な彼女連れて、うらやましいわ」


蜘蛛の子を散らすように去って行った。慌てた、んだろな。


「彼女だって」

「そう言う事にしとくか」

「そうだね」


比奈は左手を差し出す。俺はそっと右手で握る。


「彼女だって」

「しつこいな……」

でも、手を繋ぎ歩く姿はきっと恋人同士に見える。……別にイヤではないよ。



その日の夕方、天候が一気に崩れた。大嵐。

ガタンガタンと窓枠が大きく揺れる、それに加え、所々雨漏りがした。

ぴちゃん、ぴちゃんと洗面器に落ちる雨水を嬉しそうに眺めている比奈を可愛く思った。


一同は号令をかける事なく、食堂に集まった。夕飯の時間と言う事もあるが、全員の携帯電話が不通。固定電話もダメだった。

「馬鹿野郎!仕事になんねえよ!どうにかしろよ!」

潮の流れを教えてくれた、理系男はオーナーに詰め寄る。口髭を蓄えた横スクロールアクション主人公風のオーナーは、

「そう言われましても……」と顔を強張らせた。

土管があったら入りたいだろう。オーバーオールを着ている所から本人も意識していると思われる。


「お腹すいた」

比奈の声に反応するように、理系男の腹がなる。

「と、取り敢えず、食事にしましょう、ね」


「……なんとかしろよ!」

そう言いながも、理系男は、食堂の椅子に座る。



各々椅子に座る。理系男の腹の虫が号令になったのだろう。



「電話が繋がらないなんて……殺人事件でも起こったらどうするぅ?」

「物騒な事は言わないの」

「やだ、彼氏にメール打てないじゃない」

「大丈夫、他の女と仲良くやってるわ、むしろ清々してるんじゃない?」

「なにそれ、ひどい!」

あのOL3人組。


「明日には帰れるよな……」

食事を口にいれながらPCのキーボードを叩く。理系男

「大丈夫よ……大丈夫」


ぐるりと周囲を見合わせた後、視線を比奈に合わす。

「お……し…… ゲホ……」

おいしいねと言いたいはずだ。


頬っぺたに食事を溜め込む様子は、さながらハムスターだ。こいつは夜食分を蓄えているのか?



パッとオーナーをみると、何もない上の空間を見つめている。泣きそうな辛そうな。さっきの理系男との言い争いできっと疲れたのだろう。



食事を終え。俺らは部屋に戻る。


ベットにダイブした比奈。

「すごい、トランポリンみたい!」

無邪気なもんだ。


ぽよんぽよんぽよん……。

クッと止まり、比奈が振り返る。

『目』が違うモードに変わっている。


「オーナーに会いに行こう、須藤君」


もう1人の比奈。俺はそう認識している。


「ん。なにかわかったのか?」

「まあね」

「食堂……だな」

比奈は薄目で『なにか』をみる。



ーーいた。食堂で1人ボンヤリと、コーヒーを飲んでいる。


「休んでいるところ悪いのだが……」

比奈はオーナーと対面の椅子に座る。

「いくつか聞きたい」

「……え、ええ、

どういった事ですか。電話……連絡手段はまだ……」


ガタン、ぽちゃん。吹き荒れる風と雨。サッシが激しく鳴く。


ジッと見つめる比奈に、オーナーは戸惑っている。


「では、聞くぞ」

オーナーの軽く頷く様子に比奈はニヤリ。

薄目でオーナーを見下す。


「お前、あの理系男……失礼、笹井孝一の食事に睡眠薬をいれたな。


お前は、その妻、笹井涼子と肉体関係にあり。せがまれてやむ終えず、計画にのったんだ。


笹井涼子は夫である孝一が不要になった。

この場合、孝一自身て意味だ。

資産はきっちり相続するだろう。今後も含めどうすれば、税が安く済むか?


そんな事が笹井涼子の悩みみたいだな。

御洒落なブティックや、喫茶店を立ち上げる構想もあるみたいだ。

下地が人様の資産で、よくもそんな乙女チックな妄想が出来るよ。


悪い、話がそれたな。


だから、お前、オーナー幸雄

に密室殺人事件ぽく仕上げ笹井孝一を殺すよう仕向けた。

はっきり言ってやる。

涼子が囁く、愛してるは嘘だ。


これから笹井孝一殺害計画実行か?


お前がピロートークで感心した、密室トリックは漫画のパクリだ。


あれは、登場人物が全て作者の思い通りに動く事と。不確定事象が全て都合のいい方に転ばないと成立しない。

絵に書いた餅だよ。

言っちゃ悪いが、子供騙しだ。


それでも1割成功する確率があるかな? 」

比奈は右手人差し指を立てる。


オーナーは青を通り越した顔色で、キッキと喉を鳴らす。


「考え直せ。まだ後戻り出来る」


「はっきり言っておくが思い通りにはならないぜ」

「『私』がいるからな」

右手人差し指を畳む。


「以上」


椅子から立ち上がり俺を振り返る。『目』が通常モードに戻っていた。俺は比奈の頭を優しく撫でてやる。



翌々日、カラッと晴れた。



「海で泳ぎたかった、こんないい天気なんだよ」

比奈は拗ねる。


そんな比奈のひとり言を聞いていたのだろう。

「ここは、潮の流れが速いから。海水浴はやめたほうがいい」

いかにも理系の風貌の男が答える。

「もっとも、自殺願望でもあるなら止めないけどね」

クックと喉を鳴らした。隣に並んだ美しい女性は一言。

「あなた、『泳いできたら』」




帰りのフェリー遠くなる孤島……。

その様子を2人で眺めながら、比奈は俺に言う。

「すごい嵐だったけど、無事に帰れて良かったね」


俺は頷く。


「『比奈』のおかげだよ」

「?」

「はは、」


うーん、いい天気だ。雲一つないぜ。きっと嵐で吹き飛ばしてくれたんだ。

こんな景色を見せてくれた嵐に感謝しないと。


俺は今日も生きている。手を組み、伸びをする。

塩の香りが鼻腔をくすぐった。


【おわり】

ハッピーエンドでは人は死なない。

けれど、万人が幸せである訳ではない。


ある意味、『私』の都合だ。

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