第7話
予定より早く投稿しました
今年中の投稿はこれが最後です
世界。
定まった名前がない。必要がないのだ。この世に存続している生命はこの世界がすべてであり、ここ以外を観測する手段すらない。
地域別に世界の名は様々で、クッビ大陸の人間は基本的にドルーワと呼んでいる。他の大陸によっては名すらつけていない場所すらも存在する。
そんな世界で最も名高い国、ジャオー王国。その国の王であり、この大陸の覇者でもあるアルサール王。
アルサール王は50年前の戦争でこの大陸を襲った魔物キルトン、それは魔王の配下の生き残りであり、魔王を倒した勇者に子を授けることのできない呪いをかけた魔物を、見事打ち倒した英雄であった。
その王の嫡男でもある第一王子のディオルは、周囲に祝福されながら生まれた。既に平和となった時代に誕生し、その偉大な王の後継者候補として日々厳しい勉強をし、皆に愛されながらのびのびと成長している。
そして王女ユリアーネ。ユリアーネは今から10年前、側室が生んだ子として周りに疎まれながら誕生した。疎まれる原因はユリアーネの母、マルティナの生まれに問題があった。―――それはマルティナの父、ブルーノが魔物と繋がっていたのだ。
そのため、ユリアーネは裏切り者の血を引く者として、その存在を疎まれてきた。母マルティナはユリアーネを生んだ後、心が病み、そのまま帰らぬ人となる。そのためユリアーネはもうどこにも、いや誕生したその日から、心を休ませる居場所がなかった。自身を守るため、ユリアーネは心を閉ざして生きていくしか方法がなかったのだ。
そんなユリアーネの転機は7才の誕生日。自分以外誰もいない真っ暗な寝室。その部屋にあるユリアーネのその小さな体には広すぎた大きな寝台で、遠くからディオルの誕生の日を祝う城の喧騒を聞きながら、ユリアーネは扉の隙間から零れる光を虚ろな瞳でぼんやりと見ていた。
そして静かに目を閉じ、さらに心を深く沈めようとした。―――その時、ユリアーネに冷たい風が音を立てて突き抜けていった。少し意識を覚ます。ユリアーネの耳に何か軋む音が入ってきた。窓の方からだ。寝台の横にある月の見える窓に顔を向ける。すると人一人分程ありそうな窓が風に揺れ、静かに開いてきた。雲に隠れた月がぼんやりと見える。窓ぶちに何か見えた。雲で月が隠れているため確認できない。さらにその隣に音を立てて、それと同じものが乗った。それをじっと見つめていたユリアーネは、その音に体をびくつかせ、目を丸めた。そして大きなものが完全に月の光を遮った。人だ。そしてその人影は、静かに部屋の床に足をつけた。その人影―レオン―は目を見開き固まっているユリアーネに、悪戯が成功して笑みを浮かべた子供のような顔を見せ、手を差し出しながらこう言った。
「―――初めまして、かな?お姫様」
意識が覚醒する。何か懐かしい夢を見ていた気がする。
光を瞼越しに感じ、ゆっくりと目を開く。白い天井。顔を横に向ける。小さな窓が見えた。その窓越しに沈みゆく夕日が見える。ユリアーネは伏せていた体を起こし、周りに目を見る。何かの模様がついた白い壁、窓の近くにあったユリアーネの外出用の折りたたんである服と花瓶の乗った机、そしてユリアーネが今しがた眠っていた寝台の隣に、今までユリアーネの看病をしていたのか、頭を俯けて椅子の上で、毛布を肩から被せ、体を軽く揺らしながら眠っているオイフェがいた。
ユリアーネは、レオンの探索はどうなったのか、何故この場所で眠っていたのか、何故オイフェが傷だらけなのかを思い出すため、記憶を探る。レオンの居所を見つけ、そこを探索、そしてゲルの裏切り、レオンがその場所にいないということを知る。オイフェがユリアーネを抱えて跳んだ事までは覚えている、がその後の記憶がない。
レオンが居なかったという事実を思い出し、そっとため息をつく。横をチラリを目を向け、オイフェを眺める。よほど疲れたのか、今だにぐっすりと眠っている。
その真っ白なシーツに横になり目を閉じる。もう一度ため息を吐いて、体の力を抜きながら、ポツリと小さく呟いた。
「……お兄様」
人の喧騒、遠くから鉄をたたく音が響きわたる。周りに目を向けると楽しげな表情をするこの街の住人、大声を出して店の売り物を見せ、それを押しうる店員、小さな子供たちがかけっこをしている光景がある。
その様子を男は宿屋のカータの入口付近の壁から眺めていた。男の隣には真っ黒な槍が立て掛けられている。その男は分厚い布で出来た茶色い布製の服装をしている。男はオイフェに案内され、この街に来てからずっとこの場所で人々のの行動を観察していた。
その近くを行く人や宿屋カータの入口を行き来する者などは、この男に目もくれずに通り過ぎていく。まるで誰もいないかのように。
そんな人々の流れの中、2人組みの男らが目についた。男はその2人に何かを感じたのか、目を向け観察をし始める。赤の短髪の男と顔が傷だらけの男。両方とも腰に剣をぶら下げている。服装は冒険者風だが、他の冒険者とは清潔感が違う。変装だろうか。2人組は真っ直ぐにカータの入口を目指している。脳裏にはダンジョンで見つけた久々に楽しめそうな女―オイフェ―がよぎる。直感だがその2人組みはその女に用がある気がする。勘ではあるが、男のそれは外れた試しがなかった、それ故に信じるに値する。男は先にカータに入り、部屋で待つことにした。
一番上だったか、男はエレベーターの使い道が分からないため、階段を使い、上を目指す。
無事到着した。途中で妙な人間がこのフロアを伺っていたが。男は部屋の扉の前で立ち2人組みの男を待つ事にする。
数分立ち、男は考える。そしてこう思った。
(先にこの部屋に入った可能性もあるのか)
エレベーターがあるのだ。男は使えないが、あの2人組みまで使えないという事実はどこにもない。男は念の為に部屋に入ってから待つことにする。外で待っても中で待っても結果は同じなのだから。
男は扉を開こうとする、が開かない。男は知らないが、無論、鍵がかかってある。男はこういう場合はどうするべきかを思考する。
(―――もしかしたら力が足りなかったせいかもしれないな)
もう一度ノブも掴む。ノブからは軋む音が聞こえる、が男はそれを無視する。ノブに力を入れて回す。
鈍く、何か折れるような音がした。ノブから手を離す。ノブは床に叩きつけられた。ノブがないため、男は軽く扉を押す。
ゆっくりと音を立てて開いていく。開けた入口から部屋に入ろうとした。部屋の中、月の光でぼんやりと1つの人影が見えた。背後の光に照らされてその容姿が分かる。金の長い髪に金の瞳。背丈は男の腹の所までぐらいだろうか。女は椅子に座っており、こちらをじっと眺めている。警戒しているのだろう。あの女の連れだったか。女の目を無視して部屋に入り扉を閉める。雲で隠れた月の光で真っ暗闇とまではいかないが、2人の姿が分からなくなる。
男は2人組みをどう待ち伏せするかを考え始める。そして雲で覆われていた月が姿を見せ、2人の姿が少しづつ露わになっていく。そして金色金眼の女は目を大きく見開いてポツリと声を出した。
「お兄…さ…ま?」
「は?」
その2人組みの男―アレクとフランツ―は1階の受付にいた。
「最上階に誰がいるのか教えてくれるだけでいいからさー」
「申し訳ございません。お客様の個人情報を漏らすことはできません、ご了承ください」
受付に乗り出し、フランツは受付の店員に馴れ馴れしく話していた。
後ろではアレクが頭を抱え、項垂れている。
「今いるのかでもいいから、お願い!」
両手を前で合わせ、フランツは声を張り上げた。
「申し訳ございません」
店員は、申し訳なさそうな顔をつくり、そう言った。
「フランツ」
今まで後ろで見ていたアレクが声を掛け、受付の前に行く。
「お前はストレートすぎる」
「すまない、うちの連れが迷惑をかけて」
軽く頭を下げるアレクを見てホッと息を出し、店員は言う。
「いえ、こちらこそお客様のご希望に沿えずに申し訳ございません。」
アレクはいつものように微笑みを浮かべてこう言った。
「いくら払えば教えてもらえるかな」
「は?」
店員は目を点にして聞き返した。
「お金には糸目をつけないつもりだよ?今持ってる分だけど」
「お前の方がストレートすぎる」
フランツは固めを閉じて腕を組み、そう言った。それを聞いたアレクはフランツに顔を向け話す。
「なに?こういう場合はお金で解決するものじゃないのか?」
「時と場所を考えろ」
アレクとフランツの話しが盛り上がっていく。そのフロアにいる人たちが注目をし始めた。そして
「お客様」
店員が声を張り上げて2人の耳に入るようにそう言った。
「申し訳ありませんが…」
そこまで言ったあと、受付近くで小さく警報音が鳴った。店員は顔を真っ青にして言葉を出す。
「申し訳ありません、少々問題があったようです。失礼します」
そう言って店員は受付の扉に向かう。その様子を見たアレクとフランツは話す。
「……どう思う?」
「何かトラブルだろう。盗人かそれとも誘拐か」
「誘拐?こんなところで」
アレクの答えにフランツは疑問をぶつけた。
「このホテルには豊かな商人や貴族もいる、それにあの慌てよう、余程まずいことでも起きたのか」
「……最上階だとしたら?」
「急ぐぞ」
アレクらは人をかき分けてエレベーターに急ぐ。途中でホテルの者を突き飛ばした気がするが、アレク達は止まっている暇はない。エレベーターの前に着いた。するとこのホテルの警備の者だろうか、鎧を着込んだ者たちがアレクたちを捕まえようと集まってくる。
「階段から行くぞ」
階段を上り、上を目指す。途中に鎧姿の者達が現れたが、足を払い落としたり、鎧の隙間に刃の立っていない方で剣を叩き込んだりとして進んでいった。
「次のフロアが最上階だ!」
アレクを後ろを走るフランツがそう叫んだ。その後ろには剣や槍といった装備を持った鎧姿の各フロアで集まった大勢の警備の者がアレクらを捕らえようと走ってくる。
前方を見ると後ろと同じぐらいの鎧姿の者が、それに混じって冒険者がいた。挟まれた。
「フランツ!俺が飛台になる、先に行け!」
「了解!」
アレクは前にいた邪魔者達の前で急に止まると頭を下げて、腰を低くし、右手は剣を地につけ、左手は太ともにおいて力を入れる。そのアレクの背を踏み台にして跳んだ。距離が足らなかったのか人垣に足から突っ込んでいこうとする。下にいる警備の者達は手に持った武器の刃を上に向けてフランツを串刺しにしようとした。その前に腰から剣を鞘ごと抜き、投げつけた。刃は下がった。人垣に突っ込む。剣と槍をついでに奪って近くの人間を吹き飛ばす。開いた道を進み、最上階へと向かった。
扉を見つける。最上階には扉が1つしかないためすぐに見つかった。遠目で扉のノブが壊れていることが確認できた。扉を走ってきた勢いで蹴り飛ばして叫んだ。
「ご無事ですか!?」
中には月明かりに照らされた2人の男女、黒い髪の男と顔はその男の腹につけて確認できないが金髪の長い女がいた。ユリアーネだ。
「姫!!」
大きな声でフランツはユリアーネに声を掛ける。後ろからは大勢の足音が聞こえてくる。黒髪の男に警戒を解かず問いを投げる。
「貴殿が何者かは存じ上げぬが、姫を」
そこまで言ったフランツがここで初めてユリアーネの様子を見る。肩を揺らして声を小さく上げて……泣いてる、泣いてる?あの姫が?
そこまで考えてフランツは思考が停止した。すぐ後ろには大勢の人の気配と鉄がぶつかり合う音が聞こえる。
ここでようやくユリアーネに泣きつかれていた黒髪の男が自身の体にしがみついているユリアーネを指差しながらこう声を出した。
「……これ誰?」
一区切りついたのでこの辺りで更新がとても遅くなります
これからはのんびりと投稿をしていきます
来年も宜しくお願いします