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第6話



 オイフェはその男から視線を外さずにいた。―――いや正確には、視線を外せない、外すわけにはいかない。次の瞬間何をやるのか、何を仕出かすのか、そんな不安を抱かせるモノを男は持っていた。

それ故に、オイフェはその男の動きを黙ってみている。遠くに行ってほしいのか、それとも傍に居てその視線を別の所にやって欲しいのか。一度その男に合ってしまうと、男の足を舐めて服従をするか、はたまたはその男から興味を抱かれる前に遠くに逃げるか。男はそんな気持ちにさせる何かを持っていた。

体を震わせているオイフェは、後ろで意識を失っているユリアーネが居なければ、うまく動かない体の無理やりにでも動かしてとっくの昔にこの場所から居なくなっている。

 その証拠に、先程まで敵対していた2人の男―ゲルはロッキンが邪魔で早く逃げられなかったが―は、既にこの場所にはいない。

 剣を落としそうになる、だがそれではユリアーネを守ることができない。力の入らない体に力を入れる。矛盾しているし、そうやっても体に力が入る訳でもない。しかし、しないよりもマシだ。こうやって考えているうちは、僅かにだが気を紛らわせる。気を紛らわせるという効果が出る。そうオイフェが考えている時点で、この男と戦うという選択肢を無意識の内に捨てていた。

眼前に立つ男が、口を開く。

「―――立て」

 そうはっきりとオイフェに宣告した。

(あ、ああああああ)

 考えが纏まらない。思考出来ない。頭の中は滅茶苦茶だ。

(立ったらダメ。なら立たない?それだと男の機嫌を損ねることになる。それは出来ない。時間稼ぎ?して何になる。嫌だ、帰る帰りたい。過去に、昔に、幼い頃に――)

 この場をどう切り抜けるか、この男と戦わずに済むのは何ををすればいいのか、オイフェの頭の中には、既にユリアーネの守るという考えは消えていた。

「――――立つんだ」

 もう一度、それもゆっくりとした口調で、次はないとでもいうように。

「あぅうぁ」

 オイフェはその言葉に肩をびくつかせ声を上げ、力の入らない体に力を入れる。―――もちろん力が入るわけがない。

「ぁああ」

 喘ぐような、人が初めて言葉を発するような、そんな必死の声を上げ、オイフェは左腕を使って立ち上がろうとする、が無論立ち上がるはずない。

「ぅうあ」

 顔を涙に濡らしながら、体を立たせようとする。膝にも力が入らない。当然だ、全身に力が入らないのだから。

 その様子を見ていた男はオイフェに問いかけた。

「――どうした」

 それを聞いたオイフェはその泣きじゃくる顔を拭いもせず、男に向け、必死に訴える。

「た、たてないんです!からだにどくが、ま、まわって、からだうごかなくて、が、がんばってうご、う、うごか、しているのに、だでないんでず、だでないんでずぅ!」

 涙を流し、両手は無意識に公を地面につき、手のひらを男に向けて、両膝をつき、幼い子供が親に怒られないよう必死に自身のか弱さをアピールするように、オイフェは必死なもの言いで男にそう泣き叫んだ。

 何も言わない。男は静かに黙っている。

 その様子にオイフェの顔を悲愴な面持ちに変わる。

(ぁあああああああああ!)

 オイフェは心の中で叫ぶ、いやもしかすると口から声が出ていたのかもしれない。しかしそんなこと、今のオイフェにはどうでもよかった。何かまずいことを言ったのか、男の機嫌を損ねてしまったのか、ただそれだけを考える。

男から許しを得るためならば、今のオイフェはどんなことでもやるだろう。この男に先程逃げた男たちを連れてこいと言われれば、動かない体に鞭打って這いずりながらでもその命令を完遂するし、死ねと言われれば喜んで剣で心臓をえぐり、男に捧げるだろう。


 そんなオイフェの耳に、ぽつりと小さく男の声が入ってきた。

「わかった」

 男はただ一言そういって、オイフェの血だらけの体をじっと見ていた。

(―――)

 体の震えが止まった。オイフェの頭の中が真っ白になる。何を言われたのか、一瞬オイフェの頭には入ってこなかった。少しの時間を空けたあとに。

(許された!許された!)

 頭の中にはその言葉で埋めつくされて、心は歓喜に包まれ、感情が爆発した。

涙に濡れたその顔に、満面な笑みを浮かべてただ今起こったこの出来事に感謝していた。

(許されたんだ!私は許されたんだ!)

―――男はただの一言も許すとは言ってはいない、オイフェが勝手に考えた妄想を勝手に照らし合わせ、男の答えを歪ませて受け取ったに過ぎない。

 そんな無防備に感情を表に出しているオイフェに、男は一言。

「―――もらうか」

 オイフェに聞いてもらうにはあまりも小さい一言。それはオイフェに言ったのではなく、ただ思わず口から出た言葉であった。

(―――)

 何か感じるものでもあったのか、その言葉を聞いた後に、自身でも制御出来なかったオイフェの心の荒ぶりがピタリと収まる。そしてオイフェは今まで露わにしていた感情を抑え、ゆっくりと男の顔を視界に入れる。―――無。僅かに露わにしていた感情らしきものが一切消え失せ、つまらないモノでも見るように、その黄緑色に光るその瞳には、呆然とした表情を浮かべたオイフェの姿が映っていた。

 瞬間。オイフェの心臓が、体が、心が、大きく騒めく。―――それは本能か、無意識の内にオイフェの口からは小さく、こんな言葉が飛び出した。

「い、1ヶ月…」

 そのオイフェの言葉を聞いて戯れか、男は口を開き、言葉を返す。

「――何?」

 オイフェは男のその言葉に手応えを感じたのか、今度は自分の意思で言葉を出す。

「1ヶ月あればこの怪我は治せます」

 オイフェは男の瞳をしっかりと見て―自分でも不思議に思いながら―今までとは違い、ハッキリとした口調で男にさらに話す。

「王国に帰ればそれなりの環境があります。怪我はかなり酷いですが、1ヶ月もあれば完治が可能です」





「ようやくたどり着いたぜー!」

 人々が集う、ここ港街トナミ。その入口で1人の男が馬車から降りて、腰に手を置き、街の方を向きながらそう叫んだ。

さらに後ろから続いて出てきた、短髪の男がその男に少し笑みを浮かべて、話を掛ける。

「フランツ」

 後ろから聞こえてきたその言葉に、男―フランツ―は後ろを振り返ってこう言った。

「よお、やっとたどり着いたな。団長」

 そう言ってフランツは再び前を向き、人々が流れていく街の光景を眺める。遠くから聞こえる鉄をたたく音、どこともなく漂ってくる肉や酒の臭いがする、活気がある街。

団長と呼ばれた男―アレク―はフランツの隣に行き、同じ光景を見ながら口を開く。

「やっとと言っても半日だ。あの馬車は」

 そう言ってアレクは横目に先程まで乗っていた馬車を見る。

「速くて安いと評判が高い。良いこと尽くめじゃないか」

 その話しを聞いてフランツは自分の尻をさすりながらこう言った。

「…乗り心地さえよければ文句は言わねえよ」

 アレクは人を乗せてまた走り出した馬車を、横目に見ながら話す。

「まあ乗り心地は良いとは言えないね」



 街並みを軽く眺めたあと、アレクとフランツは人波に乗って街の中を進んでいく。

「しっかし、この街広いなー」

 フランツは周囲に顔ごと目を向けながら、言葉を出した。

「トナミはここ50年で急成長を遂げて、今じゃこのクッビ大陸で3番目に大きい街だ。今でもこの街は大きくなっている」

近くで男たちがツルハシで地面を掘っている光景を目にしつつ、アレクはそう話す。

「王国もこの街の供給に助けられている所もあるぐらいだからな」

アレクの話しを半分程聞きながら、フランツは問いた。

「へー。で、まずは酒場で集めるのか?」

小さくため息を吐き、軽く頭を振ってアレクを言葉を返す。

「いや、この街は顔見知りがいる。まずはそいつを当てにしよう」



2人の男―アレクとフランツ―の前には家。それも入口にはクモの巣が張り、壁には蔓と苔が生え、家が目でも確認できる程、傾いている。ボロボロで寂れた古く小さな家が立ってあった。

「ぼっろ…」

家を見て思った事を、フランツは素直に口に出した。

後ろを振り向くと、人々の歩いている姿が分かる。こんな街中にこんなボロボロの家があるのに誰も気にも留めない。

再び、家を見る。

「うん、ぼろい」

「フランツ」

そんな行動をしているフランツにアレクは咎めるように言葉を続けた。

「人様の家をあまり悪く言うもんじゃない」

頭を掻きながらフランツは話す。

「いや、誰だって同じこというぜ?ぜってー家の人間は変人だね」

「街中に結界張ってるのは良い」

軽く後ろを見て話しを続ける。

「だけど結界内部は何でこんなアバラ家で何で誰も気が付かないんだよ!」

「この手の結界ってのは認識を逸らすぐらいしかできないんだ、こんな街中にあるこんな廃屋を隠すなんて、どれだけ金賭けたんだよ!金の無駄遣いだ!その金で家を買え、家を!」

理解できないという顔をして叫び声を上げているフランツにアレクは話す。

「他人の趣味をとやかく言うものじゃない」

「それに大事なのは中身だ」

そう言ってアレクは、その家の扉を軽く4回叩く。

そして待つ。

街の喧騒が結界のせいか、耳に触らぬ程度に聞こえてくる。

家の中から物音がした。

こちらに足音が向かってくる。何か倒れる音がする。その後に物が崩れる音が鳴り響く。

「……」

さらに食器の割れる音と紙が崩れる音がした。

「なあ」

フランツは扉前にいるアレクに声を掛ける。

「外見も中身もダメな場合はどうなるんだ?」

フランツの言葉にため息を吐きながら呟いた。

「………もっと金をかければ、マシにはなるんじゃないか」





「す、すみません。散らかっちゃってて……」

 小さな机にお茶を出した髪型が寝癖で乱れている小柄の女性は、顔を俯けてそう呟いた。

 倒れた棚、散らばった本、割れて粉々になって食器、何より目に付くのは部屋の中央に鎮座してある直径1メートル程の白くて丸い石。つまりすっごく、物がゴチャゴチャしていた。

椅子に座ったアレクは、机の下にあった少し欠けた食器を踏まないように手で退けて足をそこ置く。

この家の外への入口付近にはアレクが腕を組んで、中央にある丸い物体に目を向けながら壁に寄りかかっていた。

「お構いなく」

 笑顔を浮かべてその女性に顔を向けながら、アレクはそう言葉を出した。

その言葉に女性はホッと息を吐き、懐から手帳を取り出し、話しを切り出した。

「ごほん、それでこの街にユリアーネ様が滞在しているという噂の真偽の確認とその居所ですか」

 一度咳払いをし、手帳を開いて頁をめくった。

アレクは女の言葉に頷き、黙ってその様子を見ている。

何頁か捲り、手を止めるとアレクの目を見て、女はこう言った。

「その噂の真偽は不明ですが、ギルドの者たちがユリアーネ様を探しているようです」

「何故ギルドが動いているのか、分かりますか」

 顔に笑みを浮かべたままアレクは、少し厳しい口調で女に問いた。

その言葉にびくつきながら、女は口を開く。

「えと、詳しくは分かりませんが、ユリアーネ様の保護ではないでしょうか。この街で問題が起きると困るのはギルドですから」

 アレクは女の目を見て、黙って話を聞いている。

その視線から逃れようと顔を手帳で隠し、女は話を続ける。

「そ、それでユリアーネ様の居所ですが」

 手帳を少し下げてアレクをちらりと見る。

「この街の南にある、カータという宿で王女様らしき人物を見たとのことです」

 顎に手を置いて目線を下ろし、女は話しを続ける。

「ただ、昨日の夜からその姿が確認されていないとのことです」

 そう言って女は手帳を閉じ、懐に戻した。

 アレクはフランツを横目に見て女に声をかける。

「有難うございました。おかげで有意義な時間を過ごすことができました」

 そう言ってアレクは女に頭を下げた。

「お役に立ててよかったです。また何か情報が所望であれば、ご足労ください」

 女はその様子を見て、ホッとした顔でそう言葉を出した。

女とアレクは立ち上がる。その様子を見たフランツは両腕を解き、ゆっくりと壁から背を離す。

「はい、その時はまた」

 女にそう言って玄関に向けて歩き出す。

フランツは玄関の扉を開けて、アレクを待つ。

 アレクは玄関に歩いていく。そして扉の前で後ろを振り返り、女にこう言った。

「リンさん、今日は本当に有難うございました」

 その言葉に髪に手櫛をしていた女―リン―は小さく笑顔を見せた。

そう言ってアレクらは家の入口を潜り、外へに出て行き、カータに向かった。

次の投稿は明日の夜8~10時に行います

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