第4話
この世で初めに生まれた人。それは文字通り、この世界で最初に生まれた者、その子孫。世界で最も多く存在していた。
この生き物はこの世界を統治し、すべての生き物の頂点に君臨したと言われている。
他の生物は、この者の力に憧れ、この者の姿を真似、生きる術を模範し、手本として現代に繋がってる。
耳が長かったり、体が小さい、または大きいといった人種に違いがあるのは、自分の姿に誇りを持っていた現れであると言われている。
そのせいか、その身体的特徴を大事にし、貶されれば、怒り、悲しむ。
この世界は様々な人種性別が存在し、現代を生きている。
いつまでも続く明日を信じ、今を生きて、希望をもって生きているのだ。
―――希望が絶望に変わるその瞬間まで。
天井からランプが垂れ下がっている。
その光でぼんやりとだけ大きな人影が見える。
それは全身に靄が湧きだし、静かに動きを止めていた。
右手には真っ黒な槍を持ち、下半身は布で覆われて、中を伺うことができない。
只、目と言える場所からは、うっすらと黄緑色の光が2つ、浮き出て、自らの足元を見てた。
足元には3つの塊が光に照らされて見ることができた。
その塊らには黒い靄が立ち、全体を覆って、それが何なのか知ることはできなかった。
「―――」
大きな影はその3つの塊を見ながら、こう呟いた。
「――――――コレニスルカ」
すると大きな人影の全身を覆っていた黒い靄が揺らめく。
少しずつその大きな人影に覆われていた全貌が見え始めた。
黒い靄が足の指先から太もも、胴体、首、そして頭を通り、頭上に集まり出した。
まず足。それは僅かに黒ずんだ白い骨が見えた。
腕にかかった靄も蠢きだし、持っていた槍も、音を立て床に落ちる。
太もも、胴体、両腕と見え始めたが、すべて肉の付いてない体、つまりは白骨の肢体であった。
そして残す最後の頭の靄も、頭上に集まり終わった。
集まったと同時に黒ずんだ骨の体は崩れ落ちた。
そしてその黒い靄は、足元にあった1つの塊に向かってその塊を覆っていた靄と一体化し、蠢き出した。
―――数刻ほどたっただろうか、その靄は完全に塊の中に沈んで、覆われていた塊は姿を見せた。
ランプの光に照らされたそれは人の形をし、体の装備を見ると、冒険者のように思えた。
その者は体を起こし、右手を顔に置いた。
ゆっくりと目を開けた。その目には黄緑色の光がうっすらと見える。
そして呟いた。
「―――上手くいった」
男は立ち上がり、右手は首元に置き、首を回す。。
ふと首に違和感を感じた。
後ろの首元に触れてみると、切れ目のようなものができているのが分かった。
手を前に戻すと、黒ずんだ血が付いていた。
「忘れていたな」
足元にあった2つの塊を見ながら、しゃべり続ける。
「これも取り込んでおくか」
そういってその塊に近づいて、傍らに座り、手を触れる。
すると黒い靄が晴れ、ここで初めてその容貌が見えた。
塊は、同じく人の形をし、お腹に大きな風穴ができている人間の死体であった。
男は腰にある剣を抜いた。
「………刃がない」
そう言って、男は手に持った刃のついてない剣を後ろに捨て、死体が装備しているナイフを抜いた。
死体の前腕を持ち、上腕と前腕の境目にナイフを―――突き刺す。
血が顔にかかり拭いもせずに、ゆっくりとナイフを膝の内側から外をなぞるようにくるりと回し、切り込みを入れる。
血まみれになったナイフを床に置き、右手は上腕を抑えて左手で前腕を拗じるように引っ張る。
木の枝が折れた音がした。取った前腕を見る。血の臭いと僅かな死臭がするそれに顔を近づけ―――噛み付く。
口元が血で真っ赤に染まり、血の臭いが濃くなった。
前腕の肉を喰らって、次は骨を噛み砕く。
邪魔な装備をどけながら、血まみれのナイフを持ってその死体の肩に突き刺す。
その調子で、死体すべての肉と骨と喰らって血を飲み切ると、もう片方の黒い塊にも手をつけ、喰らう。
さらに半刻が立ち、ここで手を止める。
床には血がこべりつき、むっとする血の臭いが周囲に立ち込めていた。
男は立ち上がり、近くに落ちていた槍を手に取る。
「―――奥にまだあったな」
そう呟き、暗闇に消えていった。
トナミ一の高級宿、カータ。その最上階は1部屋しかない。
しかし、そのフロア丸々と使い、中は様々なワインや食事を味わうことができ、プールに温泉にカジノといった娯楽も楽しめる。
そんな贅沢な空間に2人の男女が窓から見える夕暮れの太陽に照らされて見えた。
2人の男女が声を荒らげ、言い争っている。
いや、言い争っているというにはあまりにも一方的だ。
赤い短髪の髪が目立つ男は、相手に両膝を床につけ、頭を下げ、土下座に近い格好で相手に許しを乞うている。
その男の頭に足を置きながら、がなっている女は、腰に下げていた全長80センチほどの細い剣を抜き、男の首に刃の部分を翳す。
「ひっ」
男は小さくうめき声を上げて、声を掠れさせながらさらに許しを求め、声を大きくした。
男の頭に足を置いている女は男に聞こえるように舌打ちをする。
それが聞こえたのか男は1度だけ体を揺らし、許しを求める。
その小柄の体のどこにそんな力があったのか、男の頭に置いていた足に力を込め、蹴り飛ばす。
近くにあった椅子を巻き込みながら、男は壁にぶつかってようやく止まった。
もう女の視界には男は写っていない。もう一度舌打ちをして、その手に持つ剣を腰に収め、頭の後ろで軽く括った短い髪を翻し、自身の後ろにあった扉に向かって開けた。
そこには通路が広がり、3つ先の扉を、軽く2度叩いてこう言った。
「失礼します」
そう一言だけ言って、中に入る。
その部屋の中には、金色の長い髪を後ろに流した女性―というには幼すぎた1人の女の子―は両手を太ともの上で組み、椅子に腰をかけてぼうっと窓の外に顔を向けていた。
その小さな女の子の下に行き、片膝を付いて頭を垂れる。
「姫」
そう一言置き、話を続ける。
「この街の情報を調べてみましたが、今だレオン様の行方は掴めておりません」
外を眺めていた女の子はその声に反応を示さずに只、窓から見える雲を目で追いかけている。
夕焼けに染まった姫の何も言わない様子に、焦ったふうに話しを続ける。
「それと妙な噂を耳にしました」
「この辺りで力の強いモンスターが出た、と」
姫は暮れる夕日に視線を移し、静かに呼吸をしている。
「それと言いにくいのですが」
と一言置き、話をする。
「どうも我々がこの街にいるという噂が…」
「王国からのお迎えが来るのもそう遅くはありません」
「このままでは姫までがこの責任を取らされ、当分城から、出ることも叶わなくなります」
頭を垂れていた女は、その青みがかった黒い髪を上げ、姫の耳に触らない程度で声を上げ、はっきりとこう進言をした。
「王国に帰りましょう。今、お帰りになれば私が責任を取るだけで収まります。また頃合を見てからレオン様を探しましょう」
そのままの体勢で女は続ける。
「この街に来てもう3日目になります」
「それに城の方にもレオン様からのお手紙が届いているかもしれません。果報は寝て待てとも言います、焦らずにゆっくりと探しましょう」
夕焼けを見ていた姫―ユリアーネ姫。ジャオー王国の第3王女―はその金色の瞳を静かに閉じた。
そしてゆっくりと口を開いて―――それと同時に扉を開ける音が壁の向こうから大きく聞こえた。
「し、失礼します!…あれ、おかしいな、もう1つ隣かな」
声と共に音を立てて扉を閉めて頭を抱えるような男の気配がする。
ユリアーネは開いていた口を閉じ、目を窓の外に向けた。
女はため息をつき、ユリアーネに進言をする。
「…失礼、少々お待ちを」
そう言って立ち上がり、静かに扉を開き、そして閉めた。
「あっ、オイフェさん!姫にお話したいこと…がっ!」
男の嬉しそうな声と共に鈍い音が周囲に鳴り響いた。
「これでうまくいくといいのですが…」
手に持った眼鏡のレンズについた誇りを拭き取りながら男は呟いた。
その男は椅子に座り、部屋の明かりに照らされている。
ここはカータの上から三番目に位置する部屋、そこで男は眼鏡に息をかけてさらに磨く。
満足したのか、磨くのをやめて眼鏡をかけた。
小さくため息を吐くと机の上にあった、白い箱を手に取って操作しながら男は思考する。
(とりあえずはこの街に王女がいるという情報を王女側に流せたはずです。これに焦って場所を変えるか、城に帰るはず)
その箱の上に姫とその護衛らしき者の画像が表示された。
男が操作すると。すると画像は文字に変わり、別の情報が表示された。
(これを知れば王女を守るためにもしかすると、ギルドに保護をもとめてくるかもしれません。―――この街にも王を良く思っていない人も多く存在するはず)
(リンがうまく説得できていればこんな苦労もせずにすんだのですが)
男は扉の前に直立姿勢で待機している、緑がかった髪をした耳の長い男に目を向ける。
「タロ、王女の周辺に不審な人間はいませんでしたか」
眼鏡越しに男は相手の目を見てそう聞いた。
「はい」
耳の長い男―タロ―はそう一言だけ言って黙ってしまった。
その様子を見ていた男はため息をつく。
(この男、優秀ではあるのだが無口すぎる)
再び、机にある文字の浮かび上がった白い箱に目を向け、情報を確認する。
(何事もなければよいのですが……)
今回はいつもより早く投稿しました。
次の投稿は月曜の夜の8時~10時に行います。