第2話
魔物とは何か。
魔王が世界に撒き散らした過去の残骸。
人にとっての生きるためには不必要なモノ。
人が生活を豊かにするためには必要なモノ。
今を生きる人々にはそのような認識しか残っていない。
人にとっては過去は過去でしかなく、今生きるためにはその認識で良いのだ。
現代に残っているモノは力無き魔物の子孫、その殆どは現代に生きる人にとってのエサでしかないのだから。――――――そう殆どは。
名もない小さな洞窟。この場所は賞金首や盗賊と言った、決して表には出られない日陰の者たちが住み着く場所。
このような所を人はダンジョンと呼ぶ。
その奥深く最深部に位置する場所、そこに人影が見える。
その人影は2メートル以上もあり、石で出来た椅子に座り、身じろぎ1つしない。
最初に目につくのは暗闇でも見える黄緑色の2つの光。
頭に位置する場所にそれは存在する。
全身が黒い靄のようなものがかかっていた。
下半身には布のようなもので覆われ隠れている。
左腕は肘掛けに肘を立て、手に頭を乗せている。
右手は真っ黒な槍を持ち、右の肘掛けに乗せ、じっとしていた。
「―――」
数刻ほど経っただろうか、身じろぎせずにただ一言だけこう言った。
「――――――」
「――――――」
「――――――」
「――――――ヒマダナ」
その名もなき小さな洞窟、そのさらに西に位置する海沿いの街、トナミ。
トナミは元々は小さな町であり、細々と漁業で成り立っていた。
しかし50年前の戦争で、この町は王国に貢献し、王国との繋がりも得て大きく発展した。
そのため、この街は様々な種族が行き交いしている。
街の入口から真っ直ぐ行った所にある大きな建物、ここは冒険者たちが集う場所、ギルドと呼ばれている。
そのギルドの最上階にある1つの会議室、この部屋は窓がなく、光は四角いテーブルの上にある不思議な光を放つ柱のみ。
そのテーブルを囲むように座る4人の人影が見える。
「最初の1行からそろそろ1ヶ月か」
1つの影が呟くように言った。
それを聞いたその影の前に座る男がしゃがれた声で訂正するように言った。
「正確には28日だ」
「冒険者を新たに送りますか?」
眼鏡をかけた男が問いを投げる。
「適当な者を用意してくれ」
男のしゃがれた声がさらに続けるように話す。
「情報はある程度知らせてよい、内容は前と同じに生きて洞窟に関する詳しい情報持ち帰ることと冒険者の回収、名目上は冒険者の救出となるがな」
「あの」
今まで黙っていた小柄な人影がか細い声で呟いた。
「それよりも帰らない冒険者のご家族が」
それを聞いた男がうんざりとしたように言葉を吐く。
「冒険者に死は付きもんだってのに」
「亡くなられた冒険者の保持していた財産はすべてギルドが引き受ける筈ですが?」
眼鏡をかけた男は不思議そうに話す。
「大方、仇を取るために情報が欲しいんだろう」
「今回の冒険者の中に身内はいないはずなのだが…」
「偽証ですね、たまにありますが」
しゃがれと声の男に眼鏡を掛けた男はそう返した。
声のしゃがれた男は左手を出しこう言った。
「行方不明の冒険者のプロフィールを見せてくれ」
それを聞いた小柄な人影が、手のひら程の大きさの白い長方形の箱と、親指ほどの大きさの複雑な模様をしている透明な板を取り出す。
その白い箱の底に、透明な板を差し込んでから相手に差し出す。
「こ、これです、ギルド長」
受け取った男―ギルド長―は白い箱の
すると白い箱の上の部分から画像や文字が空中に浮かび上がる。
「レオンハルト・エクスナー、この人のご家族だけです」
小柄な人影はそう呟く。
ギルド長は目を細め白い箱を見る。
「この男か…」
その白い箱を見ながら、僅かに目を見開く。
その様子を前で見ていた男は問う。
「なにか不味いのか?」
ギルド長は面倒なことになったと言いたげにこう言った。
「…王族に列ねるものだ」
それを聞いた3人はピタリと動きが止まった。
ギルド長は両手を前に組み、テーブルに乗せてため息をする。
「…しかし変ですね」
いち早く冷静さを取り戻し、眼鏡をかけた男は呟く。
「例え偽名でも王族ならば誰が見てもひと目でわかるはずなのですが…、まさか」
「そのまさかだ」
ため息と共にとしゃがれた声で返す。
「問題はこの冒険者のことで異論を仰っている御仁の方だ」
「ご存知なのですか?」
「………ユリアーネ王女だろう」
吐き出すようにギルド長はそう言った。
「おいおいおいおいおいおい!」
男は焦ったように声を荒らげ喋る。
「不味いなんてものじゃないだろう!」
「あ、うえ、と、ど、どうしましょう…」
「どうしたもクソもあるか!何で王女がこの街に来てるんだよ!」
男と小柄な人影は慌てふためく。
「リン」
しゃがれた男は声をかけた。
「は、はい!」
小柄な人影―リンは背筋を伸ばし声を上げた。
ギルド長は話を始める。
「先ほど帰らない冒険者のご家族が、と言ったな?」
「え?あ、はい、そうですが…」
リンは不安げな表情をしている。
「咎めているのではない、ただ確認だ」
安心させるようにしゃがれた声でギルド長は優しく話した。
「はい…そう仰っておりました…」
「結構」
問題は解決したという風に一言そう言いながら、白い箱を操作し浮かび上がっていた冒険者の情報を消した。
「へ?」
リンはそう言う、訳が分からないといった風に面食らう。
眼鏡の男は納得がいったという風な顔をする。
「つまりどういう事なんだよ」
「我々は何も知らなかったと言うことですよ」
何でもないようにそう声に出した。
ここで2人は合点がいったという顔をする。
「長も人が悪いな」
男は顔を歪ませて笑い、ギルド長を見ている。
ギルド長は静かにこう話した。
「王女としてではなく、家族として来ている。ならばそういう対応をしているだけだ」
「あとは王女様を何とか説得出来れば問題は解決と言うことですね」
安心したように眼鏡を掛けた男はそう言った。
「説得できずとも王女がこの街にいるという噂を流せば、自ずと諦めて城にお戻りになるだろう」
「さらに時間が経てば王国からお触れが出る。その時に王女を王国に引き渡せばよいのだ」
眼鏡を掛けた男の話し続けるようにギルド長は話しをした。
「くれぐれも王女様御一行から目を離すことのないように」
皆の目を見ながら確認するように言った。
「話しは戻るが」
ギルド長は静かに話しを始める。
「あの洞窟で何があったのか分かるものはいるか?」
ギルド長は3人を見渡すように問いかけた。
「前の会議で知っての通り最初の1行はCランク、つまりその辺のモンスターでは相手にならない、と言うことを念頭に置いてください」
そう言って眼鏡の男は黙った。
「んー」
軽く唸りを上げて男は考え込んでいる。
リンは確認するようにこう言った。
「魔物の可能性はありませんか?」
「聖域を抜けてわざわざあの洞窟に待ち構える意味が分からないな」
その問いに男は返す。
「現代に聖域を抜けられる魔物がいるのでしょうか」
肩をすくめつつ眼鏡の男は話した。
ギルド長は結論を出し、話を続ける。
「一先ずは保留だな」
「他に何かないか?」
「………」
その問いかけに誰も答えることのできるものはいなかった。
「今は情報が欲しい。予測でもなんでもよい、妄想と捕らわれる発言でも結構、好きに述べよ」
その言葉に効果があったのか、リンを初めに話し出した。
「地盤沈下で」
「只の事故死はどうでしょう」
「もしかすると魔人だったりしてな」
「報告を怠っただけだったとか」
「いや、案外…」
3人は考えられる限りの可能性を上げていく。
その様子を見て、ギルド長―50年掛けてこの街、トナミをここまで発展をさせた男―は仕方ないとでも言わんばかりに顔を俯けてため息をついた。
(―――しかし)
目を閉じてギルド長は思索する。
(最初のCランクが、次にC+のランクの全滅、そして最後に送ったBランク相当のパーティも既に全滅していると思ってもいいだろう)
(可能性があるとしても魔物はない――――――と言いたいが)
僅かに目を開け、今だに3人が話している様子を見、さらに思索する。
(予感がする。50年前にも感じた、あの予感が)
(最低でも聖女の聖域を越えることの可能な魔物―――今の時代に倒せるものがいるのか?)
次の投稿は明日の夜8時~10時の間に行います。