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夏の終りまで後どれくらい?

作者: ひねくれ

夏の風物詩、お祭り。

ようやく楽しいものだなと気が付きました。

 自炊を心がけている一人暮らしの人間にとって、最も重要なスキルは何か?それを考えた際に、真っ先に答えを挙げられるのは経験者くらいだろう。人によって様々な意見があるだろうが、僕は野菜の日持ち管理だと思っている。

 どうやら、スーパー、八百屋などのメジャーな野菜の販売経路は、一人暮らしの人間をあまり想定していないようなので、買って調理すると大概余らせてしまう。なので、重要なのは、品種を少なく、かつ必要な栄養価を満たしている。そしてなによりもコストパフォーマンスに優れている。

 これを念頭に置くと、一本売りよりもセット売りという結論にいたるのは、朝になると太陽が昇るのと同じくらい当たり前なことなのである。


 まぁ、何が言いたいかというと、ジャガイモは徐々に芽を出し始め、冷蔵庫の中の新タマネギが柔らか味を幾分か増しているということだ。特段忙しいわけでもないのに、この日本国民の実に8割以上が好む茶色の液体色によく使われる2品種は余らせがちだ。なんせ、まだいける。まだ保つはずだ!なんて期待を持ってしまうフォルムだからな。もう一つよく使われるであろうオレンジ色のアイツはだめだ。アイツはわりとすぐ液状へと変化を遂げ、飼い主に精神的攻撃を仕掛けるからな。


 そんなこんなで昼間の間に、茶色の流動食、もといカレーを作るための材料を買いに行く。行きがけの橋を渡る際に、昨夜日課であるウォーキング(4日走って1日歩くのちょうど歩く日だった)の最中に見かけた出店のことを思い出す。あの先の森の中の神社で例大祭が催されているらしい。いつもよりちょっと早めの時間に歩いたからか、ちょうど盛況時にぶち当たってしまったらしく、随分肩身の狭い思いをしながら歩いたもんだ。

 しかし、そのくらいちょろいもんである。何の祭りかも分からず楽しそうに走り回る子供に、それを温かく見守る両親。この世の全ての楽しみが目の前にあると信じて止まない男子高校生の群れ。今日のために選んだであろう浴衣を身に付け歩き辛そうにしている女の子に、この夏買った服を早くも着ている女の子。そして、どことなくいつも以上に楽しそうなカップル。そういったものを横目にしながら歩くのも、中々悪くない。

 が、この空気を邪魔してもなんなので、いつもなら折り返すところを折り返さずに別のコースで歩き終えた。

 そういえば、祭りは今日までであった。あの様子だと、今日も屋台は出るだろう。ここに住んでから3年経って初めて存在に気づいた、わりとでかい神社は何を奉っているのか分からないが、ちょっと覗いてみるのもいいかもしれない。

 この夏一度もお祭りに参加していないし、というよりもここ数年、まともに屋台の味というのを体感していないのも事実である。お祭り好きの人間から、それはいけない!人生の4割くらいを損している!なんて、語気熱く怒られるところであろう。それもそうなので、是非参加だ!と珍しく内なる自分が鼓舞している。


 と、ここで自分が何を目的で外出しているか思い出した。そうだ、今日はカレーだ。カレー曜日でもなんでもないが、すでに身体はカレーを受け入れモードに突入している。カレーは数少ない、食べたいと思ったときに食べられないと体が異常をきたす魔法の粉もびっくりな食物だ。すでに、身体から放たれるオーラの半分はターメリック色に染まりつつあったので、ものすごく悩んだ。とりあえず、買い物を終えてから考えることにしよう。


 今年のテーマカラーとして据えている、蛍光グリーンと黒をまさしく兼ね備えたいたため、愛用しているエコバックを一杯にして玄関を開ける。9月も半ばに差しかかろうというのに汗だくになりながらも、買ってきた鶏肉と人参を冷蔵庫に入れる。上の部分がフニャフニャになったタマネギが、食べごろというよりも捨てごろを告げかねないので、今日カレーを作らなくてはと決心する。


 夕方5時過ぎまで作業に没頭して、辺りに夕餉の支度漂う時刻になってきた。そろそろかな、とキッチンへ向かう。まぁ、大層なことではない。数歩でキッチンだ。

 人参とジャガイモの皮をピーラーで剥き、一口大に切る。鍋が小さいこともあり、ガス代節約の意図も込め、小さめだ。それを大き目の計量カップに移し、次はにんにくとタマネギだ。にんにくは大き目のみじん切りに、タマネギは半分を一口大に、半分は溶かすために細く切る。最後に鶏のモモ肉を切り、下準備は完了である。ちなみに、蚊と戦いつつの作業なので、常に踊っているような状態なのは忘れれずに記載しておく。

 さて、ここからは人類の叡智、火の登場だ。鍋に火をかけ、水滴を落とし蒸発するのを見て、バターを投入。一気にニンニクと山椒パウダーを入れ、香り付ける。塩コショウとバジルで揉みこんだ鶏肉を投入し、焼き色が付き始めてすぐにタマネギをダイブさせる。ここまでは時間との戦いである。秒単位の調理で、ミスは許されない。…少し言い過ぎた。タマネギがしなっとなり、鍋の中がやや瑞々しくなったあたりで、人参ジャガイモの出番である。4種の奇跡の邂逅の後は、ある程度全体が絡み合ったら、塩、黒コショウ、七味唐辛子、一味唐辛子、ターメリック、ガラムマサラ、カレーパウダーを入れる。量は、あれだ。目分量だ。いわゆる男の料理ってやつだ。大丈夫、心配することはない。カレーは母親の愛情以上に何もかも受け入れてくれる。きっとしくじらない。恐れるべきは、ここまでした後にカレールーがないという事態だけだ。そこは抜かりない。安心して欲しい。

 スパイス陣が全体にその影響力を波及した辺りで、水を注ぐ。ちなみにさっきの計量カップがここで役に立つ。といっても、側面にある目盛りは具材の量を見て水の調整するのでたいした意味を持たないが。計量カップに水を入れる時、炒めるのに使用していたフライ返しを計量カップ内に入れておくのを忘れないようにしたい。

 水を注いだら、洗い物だ。まな板、包丁、ピーラーなど、かさばったり、危なかったりするものが狭いシンクの中にある。これを今の内に処理しておくことが今後のストレスレスな生活に繋がる。

 そして、大体洗い終わったあとに、アクが出始めるので取る。親の敵のように出た端から取る。そのうち沸騰するので、アク取りに気がすんだら火を弱め、蓋をし、煮込む段に入る。

 ちなみに、これまででギネスに申請してやろうかというくらい蚊に噛まれている。すでに、僕のダンスに慣れっこなあいつらは、憎らしいことに動けない今の内に吸えるだけ吸っていくのだった。まぁ、いい。なんせ、カレーだからな。シッダールタやキリストのような慈悲深い心で接してやろう。


 ここまで調理が進むと、しばらくは暇になる。冷房の効いてる部屋へと一時避難するのがこの場合正解であろう。何も蚊どもに無償で血を提供してやるいわれはないし、台風が吹き飛ばし損ねた残暑に汗を流すこともないだろう。

 PCの前に座ると、twitterが「(31)」と、言外に更新を促してきたので、更新ボタンを押してやる。こんなサービス滅多になんとやらってやつだ。すると、写真つきで吉祥寺の祭りの様子が。




 何というか、これは、いつでも食べられるカレーに現を抜かしている場合ではないんではないか?



 祭りという今は、すぐに手の平の外へと飛び立とうとしているのだ。手を拱いて、取り逃がすわけにはいかない。…まぁ、詩的表現に失敗するってことは往々にしてあることだ。気にしないで欲しい。

 兎にも角にも、出不精な自分の外に出たいメーターは爆発寸前の活火山のごとき状態を示し始めた。べ、別に写真に写ってた浴衣姿の女の子にときめいたわけじゃないんだからねっ。


 しかし、体のカレーサインは継続中である。体のカレーと精神の屋台食品のせめぎあいである。そんなカロリー過多な天使と悪魔の戦いに、心の広い自分が折衷案を出すことに。

 普段、体格のわりに食べるスピードも早くなければ、量を食べるわけでもない自分が、カレーに限って、後先省みないタイプの元気印が長距離走序盤に出しそうなスピードで食べ、あまつさえお替りまでする。それを普段食べる量の3分の1にし、残りを屋台で食べるという折衷案だ。


 どうやら、身体も心もこれで落ち着くこととなった。鍋の火を止め、カレールを溶かす作業に移る。ちなみに我が家は辛口と辛口のブレンドだ。母親は固定しているが、自分はまだ見ぬ黄金率をさがしている。今回はちょっと固定されつつある組み合わせ。4分の1ずつ溶かした辺りで、ご飯が炊き上がる、間の抜けた音がなる。クラシックの1小節なんだろうが、そんな腑抜けた音では、白米に宿りし神様に失礼だ。もっと、荘厳な音でもって炊き上がりを知らせて欲しいものだ。

 ちなみにタイミングがばっちりなのは好調な様子だ。味見をしないでも今回のカレーが美味しいことが分かる。とはいっても、今日は食べ過ぎてはいけない。それは肝ではなく、胃に命じておかねばな。

 すぐにご飯をよそい、カレーかける。いつもに比べて、大分白いところが多いが、我慢だ。この後、ソース色の何かが嫌って程、目を楽しませてくれる。


 カレーは大成功だった。なんせ、カレーだ。まず、カレーってだけで失敗確率を求める乗算に0を加えているようなもんだ。たまにどういう計算過程を踏んだのか、失敗したカレーの話を聞くが、インド辺りで修行しなおすことをオススメする。

 そんなこんなで、光の速さで食べ終わり、ウーロン茶で食後の口を整える。少しの間、撮りだめていたアニメでお腹を落ち着かせる。

 逸る気持ちもこの際落ち着かせるべきだ。なんせ重大なミッションが控えている。


 ブリーフィングをしよう。作戦はこうだ。まず、食後の運動として日課のランニングだ。この時神社の近くを通るので、様子を確認する。意気揚々と出かけて、屋台が出ていなかったという事態は避けなければならない。あくまで走りに行ったのなら、屋台が出ていなくても、また来年とあきらめもつくものだ。この辺は、偵察兼繊細な心の防衛だ。その後シャワーを浴び、お祭りへと繰り出すという算段だ。



 お腹も落ち着いたことなので、蛍光グリーンと黒を基調としたランニングウェアに着替え、走る準備に取り掛かる。最近買ったランニングシューズを履き、身体をほぐした後、坂道を駆け足でくだる。君を自転車の後ろに乗せたいところだが、歩道で、しかも2人乗りは危ないのでやめような、お兄さんとの約束だぞ。

 さて、最初の角を曲がり、しばらくすると灯りが見えるはずだ。それが屋台の合図でもある。飛ぶような歩調と共に、徐々に明るくなっていく周辺。普段ならこの辺はすごく暗い。中学校の近くなのにいいのか?と少し不安にもなるのだが、それを口に出すほど正義感あふれる人間でもない。

 閑話休題。

 どうやら、屋台は出ているらしい。しかも、人の出も昨日よりいいみたいだ。邪魔にならないよう走りぬけ、昨日と同じく走るコースを変えないとな、とぼんやり考えながら走る。


 あっという間に走り終え、クールダウンと、ストレッチをしてシャワーを浴びる。女子の装いを邪魔しないシンプルな服を選び、準備は万端だ。出掛けに洗濯機を回して、意気揚々と出かけることにした。


 神社に近づくにつれ、徐々にざわめきは大きくなる。灯りも強くなる。そりゃ、心もうきうきするってもんだ。

 相も変わらず、子供が無邪気に走っている。あんまりはしゃぎ過ぎて転ぶんじゃないぞ!なんて普段思わないこともこの時ばっかりは思ってしまうね。だって、お祭りだもの。


 そんなこんなで会場へとたどり着く。まずは、境内だ。境内を目指すんだ。お祭りの極意として、まず、目、鼻、耳で楽しむ。そして次に肌と舌で楽しむ。なんなら第6感も動因してやってもいい。

 と、いうわけで入り口で固まっている集団、休んでいる女の子たちや、それを遠巻きに眺める男子。脇に並んでいる屋台を見ながら、上に向かう。ステージなどもちらっと眺めておく。

 もの欲しそうなオーラを漂わせている賽銭箱を前にして、ようやく一息付く。さて、ここからが本番だ、と。

 狙いを定めるのだ。規模としては小さいが、お祭り独特の同じ種類の屋台が何個もという定番のラインナップだった。狙い目は人が多いところ。こればっかりはめんどくさがってはいけない。出品する商品に大した差がない以上、流行る店と流行らない店に、どんな差があるか明白である。立地条件というのもあるだろうが、大きな要因がサービスだ。なんせ、お祭りだ。皆心が広くなっているといっても、小さなことで躓き、楽しい思い出をふいにしたくはないだろう。そこで、やはり流行る店というのは、どことなく活気のあるサービスの良い店に限られてくるのだ。


 ふむふむ。と、また店を見て回る。匂い、ざわめき、色とりどりの出し物を存分に体感する。

 大した具が入ってるわけでもないのにどこか誇らしげな焼きそば。ソースに浸かりすぎてもはや鰹節も踊らないたこ焼き。掬うのか救うのかわからない金魚すくい。舌を見事に染め上げる

カキ氷。そこら中に匂いを漂わせる魅惑的なイカ焼き、焼き鳥。鮮やかな色と水が涼しげな風船すくい。今見ると大した景品もない射的。などなど。心踊るものばかりである。

 何度かすれ違った浴衣女子も、この際だ、とても魅力的だったと付け加えておこう。それを狙う男どももこの際風流だとでも言っておく。まぁ、あんまり調子は乗るなと言ってあげたくもなるがね。


 何と言っても、お祭りである。すでにかなり楽しんだと言えよう。たかだが数分である。でも、そこに参加しているみんなの笑顔。それだけでこっちも楽しくなるもんだ。良い。実に良いね。

 こんなことなら普段からお祭りに参加していればよかったと後悔するくらいだ。


 いやいや、後悔している場合ではない。僕はこれから、このお祭りを攻略せねばならんのだ。偵察は済んだ。目星も付いている。では、あれから攻めるとしよう。そして、僕は戦場へと赴くような足取りで目的の場所へ向かうのだった。





 



 結局、何も手にせず玄関のドアを開ける。洗濯物を取り入れ、干す作業に移る。洗濯物を干し終わり、ふっと一息入れる。何も買わなかったのは、お祭りに参加している割には寂しかった財布の中身が影響しているわけではない。

 なんというか、僕は一人だった。お祭りってそうじゃないんだよな。やっぱり、男友達と馬鹿いいながら食べ歩いて、あの子可愛くない?声かけろよー。なんて言ったり、彼女と手を繋ぎながら回って、たこ焼きを二人で食べたりするのが楽しいんじゃないか?もっと小さい時分なら、両親に、もっと!もっとお金を!とせびるのもいいだろう。

 一人でも楽しめる!というのも正解だ。実際、楽しかった。が、どうにも違うと感じてしまっては乗り切れるものではない。ああいう祭事が楽しいんだ。と思いなおせただけでも、今回は大収穫だ。来年は、誰かを誘っていけばいい。それだけのことだ。


 ようやく冷めたカレーにラップをして、冷蔵庫に入れながら、ふと思う。

 

 明日の晩飯は粉物だな。


 大丈夫。煮込んだ野菜は早々ダメになったりはしないからね。

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