第四十五話 神罰の代行者
——魔法学院 中庭 午後
中庭を歩いていると——人が立っていた。
黒地に銀糸の装束だった。
一人だった。
でも——その後ろに、同じ装束の人間が複数いた。
全員が——黒地に銀糸だった。
「……。」
私は立ち止まった。
◆ ◆ ◆
先頭の人物が、一歩前に出た。
若い女性だった。
二十代か、三十代か。
背筋が伸びていた。
目が——深かった。
「グラウ・ルナ様。」
「はい。」
「特殊騎士団団長、イルマ・クロースと申します。」
「……特殊騎士団。」
以前——セラフィア大神官が連れてきた護衛が黒地に銀糸だった。
その時「今日は別の話をしに来た」と言われた。
「以前、セラフィア大神官が連れてきた護衛と——同じ装束ですね。」
「はい。同じ所属です。」
◆ ◆ ◆
「本日は——ご報告に参りました。」
イルマが言った。
声が——抑えられていた。
抑えているのが、分かった。
「何を報告するのですか。」
「特殊騎士団も——ルナ様の護衛につく旨を、正式にお伝えしたく参りました。」
「正式に、ということは——今まで非公式についていたということですか。」
「……はい。」
「いつからですか。」
「……ルナ様が魔法学院に入学された日からです。」
◆ ◆ ◆
私は少し考えた。
「一年間——非公式についていた。」
「はい。」
「私は知らなかった。」
「……申し訳ありません。」
「謝罪は求めていません。理由を聞いています。なぜ今——正式に報告しに来たのですか。」
イルマが少し間を置いた。
「状況が変わりました。評議会が直接接触を計画していると、正教会の情報が示しています。我らの護衛を——ルナ様にお伝えすべきと判断しました。」
「判断したのは誰ですか。」
「私です。」
「イレーネ・サンクタ教皇代理の指示ですか。」
「……いいえ。私が——判断しました。」
◆ ◆ ◆
「特殊騎士団は——どういう組織ですか。」
私は聞いた。
「正教騎士団とは別の系統です。」
「どう別なのですか。」
「正教騎士団は騎士団総長の指揮下にあります。第一から第五騎士団が各騎士団長の下で動いています。」
「あなたたちは——総長の下にないということですか。」
「はい。特殊騎士団は——教皇または教皇代理・大神官または神官の直轄です。騎士団総長の下にありません。」
「……正教会の中に——二つの系統がある。」
「そうです。」
「白と黒、ということですか。」
イルマが少し止まった。
「……お気づきでしたか。」
「正教騎士団は白地に金糸です。あなたたちは黒地に銀糸です。セラフィア大神官も黒地に銀糸でした。色が違う——系統が違う、と推測しました。」
「……正確です。」
「大神官と神官も——同じ系統ですか。」
「はい。大神官・神官も黒地に銀糸を纏います。同じ直轄系統にあります。」
「黒地に銀糸の者が——教皇または教皇代理・大神官または神官の直轄にある。」
「そうです。」
◆ ◆ ◆
「条件があります。」
私は言った。
イルマが——少し前に出た。
「はい。」
「私の行動を制限しないこと。」
「承知しました。」
「私の判断に干渉しないこと。」
「承知しました。」
「私の言動を——記録しないこと。」
イルマが——少し止まった。
後ろの団員たちも——止まった。
「……難しい条件です。」
「難しい、ということは——既に記録しているということですか。」
「……はい。」
「いつからですか。」
「入学された日から——全て。」
◆ ◆ ◆
中庭が静かになった。
「全て。」
「はい。」
「……私の言動を全て記録していた。」
「はい。」
「理由を教えてください。」
イルマが——少し間を置いた。
「あなたの御言葉は——全て、我らにとって大切なものです。」
「御言葉、と言いましたね。」
「はい。」
「……私の言葉が、なぜ御言葉なのですか。」
イルマが——静かに言った。
「あなたは——根源律を行使できる方です。」
「それだけですか。」
「……それだけでは、ありません。」
「続けてください。」
◆ ◆ ◆
イルマが——静かに話した。
特殊騎士団が何者であるかを。
神罰の代行者として——教皇の手を清潔に保つために血を流してきたことを。
初代教皇から続く教皇派であることを。
二百年間——待ち続けてきたことを。
私は黙って聞いた。
「……それが——あの夜、証明された。」
「はい。」
「私が——動いたことで。」
「はい。」
「でも——私は邪魔だったから排除しただけです。」
「……知っています。」
イルマが静かに言った。
「でも——結果として、王都は守られました。」
「……それだけで、十分なのですか。」
「十分です。」
「理由は。」
「あなたは——感情ではなく、論理で動く方です。でも——論理で動いた結果、多くの命が守られた。我らが信仰で守ろうとしてきたものを——あなたは論理で守った。」
「……それが——血の意味の証明ですか。」
「はい。」
◆ ◆ ◆
「記録の条件は——保留します。」
私は言った。
「……保留、ですか。」
「今すぐ止めることが難しいなら——考える時間が必要です。でも——記録した内容を他に渡さないこと。これは条件として受け入れてください。」
「……承知しました。」
「護衛については——条件の範囲で受け入れます。行動制限なし・判断干渉なし・記録内容の他への共有禁止。」
「承知しました。」
「以上です。」
◆ ◆ ◆
イルマが——深く頭を下げた。
後ろの団員たちも——全員が頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「感謝は受け取ります。」
私は言った。
「でも——一つだけ聞かせてください。」
「何でしょうか。」
「あなたは——セラフィア大神官の教え子ですか。」
イルマが——止まった。
「……なぜ、そう思われましたか。」
「大神官様らしい——という言い方をするには、母の言動を深く知っている必要があります。さっき、そういう言い方をしていました。」
イルマが——少し間を置いた。
「……母、とおっしゃいましたか。」
「はい。育ててもらいました。」
「……そうですか。」
イルマが——何かを、また少し抑えた。
「はい。大神官様の教え子です。」
◆ ◆ ◆
「護衛を——断ることはできますか。」
「……できます。ルナ様がそうおっしゃるなら——我らは引きます。」
「でも——と言うのですか。」
「……言います。評議会は、あなたが断っても関係なく動きます。我らがいなければ——あなたは一人で対処しなければなりません。」
「自分で対処できます。」
「……存じております。それでも——と言います。」
◆ ◆ ◆
「あなたと——どちらが強いですか。」
「誰と、ですか。」
「セラフィア大神官と。」
イルマが少し止まった。
後ろの団員たちが——止まった。
「……大神官様には、まだ勝てません。」
「私は大神官様に体術と短剣術を教えてもらいました。あなたも大神官様の生徒です。」
「……はい。」
「では——私とあなたは、同じ師の生徒ですね。」
イルマが——止まった。
「……同じ師の生徒、とおっしゃいましたか。」
「はい。事実です。」
「……はい。」
イルマが静かに言った。
声が——少し、違った。
抑えていた何かが——少しだけ、滲んだ。
「光栄です。」
「事実を言っただけです。」
「……はい。」
◆ ◆ ◆
イルマたちが——中庭の端に控えた。
黒地に銀糸が——静かに、距離を取った。
私はノートを開いた。
「特殊騎士団団長・イルマ・クロース。セラフィア大神官の教え子。一年間、非公式に護衛していた。私の言動を全て記録していた。」
書いた。
「護衛の条件:行動制限なし・判断干渉なし・記録内容の他への共有禁止。記録の停止は保留。」
一行空けた。
「特殊騎士団:教皇または教皇代理・大神官または神官の直轄。騎士団総長の下にない。黒地に銀糸。神罰の代行者。初代教皇から続く教皇派。」
もう一行空けた。
「イルマの発言:我らの血の意味を証明してくださった。」
「……血の意味。」
静かに呟いた。
「私は——邪魔だったから排除しただけだ。」
「でも——」
少し止まった。
「その結果が——誰かの血の意味になっていた。」
「……それを、どう受け取ればいいのか。まだ分からない。」
ノートを閉じた。
中庭の端に——黒地に銀糸が、静かに立っていた。
灰色の瞳が——静かに、遠くを見ていた。




