第四十四話 血濡れた手
——魔法学院 応接室 午後
ノートを書いていると——扉が鳴った。
「どうぞ。」
扉が開いた。
黒だった。
白地に金糸ではない。
黒地に銀糸の装束だった。
二人の人間が入ってきた。
一人は——セラフィア大神官だった。
もう一人は——知らない顔だった。
黒地に銀糸。
若い女性だった。
「グラウ・ルナ。」
セラフィアが言った。
「……セラフィア大神官。」
私は言った。
「久しぶりですね。」
「そうですね。」
◆ ◆ ◆
セラフィアが向かいの椅子に座った。
もう一人の女性は——扉の前に立った。
「護衛ですか。」
私は聞いた。
「そうです。」
「白ではないですね。」
「気づきましたか。」
「正教騎士団は白地に金糸です。その人は黒地に銀糸です。別の騎士団ですか。」
セラフィアが少し間を置いた。
「特殊騎士団です。」
「初めて聞く名前です。」
「そうですか。」
「どういう騎士団ですか。」
「今日は——別の話をしに来ました。」
「……分かりました。」
◆ ◆ ◆
「イレーネと——話しましたか。」
「はい。」
「どうでしたか。」
「誠実な人でした。」
セラフィアが少し笑った。
「そうですね。」
「セラフィア大神官とイレーネ教皇代理は——意見が違うと聞きました。」
「誰から。」
「イレーネ教皇代理から。直接ではありませんが——察しました。」
「……そうですか。」
「穏健派と積極派ですか。」
セラフィアが少し止まった。
「よく分かりましたね。」
「論理的な推測です。」
◆ ◆ ◆
「私の意見を聞きますか。」
セラフィアが言った。
「はい。」
「あなたに——今すぐ答えを出してほしくない。」
「理由を教えてください。」
「急げば——あなたは逃げる。」
私は少し止まった。
「……正確ですね。」
「十年間、あなたを見てきました。」
「見ていたのですか。」
「はい。」
「……どこから。」
「ずっと——近くにいました。」
◆ ◆ ◆
部屋が静かになった。
「セラフィア大神官。」
私は言った。
「はい。」
「一つだけ聞いていいですか。」
「どうぞ。」
「あなたは——私をどう見ていますか。」
セラフィアが少し間を置いた。
「どういう意味ですか。」
「教皇候補として見ているか。それとも——別の何かとして見ているか。」
セラフィアが——少し動いた。
「……難しい質問ですね。」
「答えにくければ——答えなくていいです。」
「いいえ。」
セラフィアが静かに言った。
「答えます。」
◆ ◆ ◆
「両方です。」
「両方。」
「教皇候補として見ています。でも——それより先に。」
少し間を置いた。
「あなたを——大切にしたいと思っています。」
「大切に。」
「はい。」
「それは——教皇候補として守りたいということですか。」
「違います。」
セラフィアが静かに言った。
「あなたが——あなただから、です。」
◆ ◆ ◆
私は少し考えた。
「イレーネ教皇代理は——セラフィア大神官がいつも私のことを話すと言っていました。」
「……そうですか。」
「何を話しているのですか。」
「『あの子は自由が好きなのです。』と言いました。」
「……それだけですか。」
「それだけです。」
セラフィアが少し笑った。
寂しそうな笑い方だった。
「そうですね。あの子は自由が好きです。」
「……私のことですか。」
「はい。」
◆ ◆ ◆
扉の前の黒地に銀糸の女性が——静かに立っていた。
私はその女性を見た。
「特殊騎士団、と言いましたね。」
「はい。」
「正教騎士団とは別の組織ですか。」
「そうです。」
「大神官と神官も——黒地に銀糸ですか。」
セラフィアが少し止まった。
「なぜ知っているのですか。」
「推測です。あなたが黒を纏っている。白ではない。正教会の上位の者が白を纏うなら——あなたが黒である理由は、別の系統に属しているからではないかと。」
「……鋭いですね。」
「当たりましたか。」
「……半分は。」
◆ ◆ ◆
「半分とはどういう意味ですか。」
「大神官と神官は——黒地に銀糸です。でも——」
セラフィアが少し間を置いた。
「なぜかは——今日は言いません。」
「いつか言いますか。」
「……あなたが知りたいと思った時に。」
「今、知りたいです。」
セラフィアが少し笑った。
今度は——さっきより、少し柔らかい笑い方だった。
「今日は——まだ早いです。」
「なぜ早いのですか。」
「あなたが——今日、たくさんの情報を受け取ったからです。一度に全部は——消化できません。」
「私は情報の処理が得意です。」
「知っています。」
「では——」
「でも。」
セラフィアが静かに言った。
「今日受け取った情報の中に——感情が必要なものがあります。それを処理する時間が——あなたには必要です。」
◆ ◆ ◆
私は止まった。
「感情が必要な情報。」
「はい。」
「……エルミラのことですか。」
「それも——あります。」
「他には。」
セラフィアが少し間を置いた。
「イレーネが——あなたに自由でいてほしいと言ったこと。」
「……それは、情報ではありません。」
「そうですね。でも——受け取りましたか。」
「……受け取りました。」
「どう受け取りましたか。」
私は少し止まった。
「……難しい人だ、と思いました。」
「イレーネが。」
「はい。誠実だから——難しい。」
「そうですね。」
セラフィアが静かに言った。
「誠実な人間は——難しい。」
「……セラフィア大神官も、難しいです。」
「そうですか。」
「はい。」
◆ ◆ ◆
セラフィアが立ち上がった。
「今日は——これだけです。」
「それだけのために来たのですか。」
「はい。」
「……効率が悪いですね。」
「そうかもしれません。」
「でも——来た理由は何ですか。本当の理由。」
セラフィアが少し止まった。
「あなたの顔を——見たかったからです。」
「……顔を。」
「イレーネと話した後の——あなたの顔を。」
「どうでしたか。」
「……思っていた通りでした。」
「どういう意味ですか。」
セラフィアが扉に向かいながら——一度だけ振り返った。
「疲れていませんでした。」
「……それが——思っていた通りですか。」
「はい。あなたは——強い子です。」
◆ ◆ ◆
扉が閉まった。
黒地に銀糸の女性も——一緒に出ていった。
一人になった。
私はノートを開いた。
「セラフィア大神官との面会。」
書いた。
「内容:イレーネとの面会後に来た。特殊騎士団員を連れていた。」
「セラフィアの発言:今すぐ答えを出してほしくない。急げばあなたは逃げる。」
「私への見方:教皇候補として。でも——それより先に、大切にしたいと思っている。」
一行空けた。
「黒地に銀糸の理由は——今日は教えてもらえなかった。」
「感情が必要な情報がある、と言われた。」
「……何を指しているのか。まだ分からない。」
もう一行。
「セラフィアは——難しい人だ。」
「イレーネも難しかった。」
「二人とも——誠実だから、難しい。」
ノートを閉じた。
窓の外、夕暮れが始まっていた。
「疲れていませんでした——か。」
静かに呟いた。
「……疲れていないのか。」
少し分からなかった。
灰色の瞳が——静かに、夕暮れを見ていた。




