幕間 御言葉
——魔法学院 廊下 午後
カレン・ヴォルは、応接室の扉の外に立っていた。
第三騎士団の護衛に——紛れていた。
白の装束を借りていた。
リーゼは気づいていなかった。
扉越しに——全て聞こえた。
◆ ◆ ◆
「感謝は受け取りました。それだけです。」
その一言で——カレンの心臓が跳ねた。
「……御言葉だ。」
感謝を受け取る。でも——それ以上は求めない。
「我らへの感謝も——それだけでよい、とおっしゃっているのだ。」
「崇拝など——必要ないとおっしゃっているのかもしれない。」
でも——
「でも——私は崇拝する。」
「それが私の自由だ。」
◆ ◆ ◆
「断ります。」
その言葉が聞こえた時——カレンは少し笑った。
涙が出そうになった。
「謙遜だ。」
「神の代行者が——謙遜をなさっている。」
「初代教皇も——そうだったと聞いた。」
「民を救いながら——自分は特別ではないとおっしゃっていた。」
「……あの方は——初代と同じだ。」
◆ ◆ ◆
「神の使徒の上部組織があります。評議会、と私たちは呼んでいます。」
その言葉が聞こえた時——カレンの表情が変わった。
イレーネ教皇代理が——ルナ教皇猊下に、評議会の存在を伝えている。
「……あの方が——知った。」
「我らが二百年間戦い続けてきた敵を——あの方が今日、知った。」
「ラエティア王国宰相が構成員の一人です。カルヴァーン王国の現王も。」
カレンは息を飲んだ。
「カルヴァーン王国の現王。」
「エルミラ第一王女の父が——評議会員だ。」
◆ ◆ ◆
「エルミラの父が——評議会員だ。」
「……エルミラは——知らない。」
ルナ教皇猊下のその言葉が——静かに聞こえた。
カレンは頭の中に記録した。
一言も漏らさないように。
「エルミラ第一王女の動向を——注視しなければならない。」
「あの方が警戒をお示しになった。」
「それは——我らへの御指示だ。」
◆ ◆ ◆
「今日は——答えを出しません。」
「考えます。」
その言葉が聞こえた時——カレンは深く頭を垂れた。
廊下で。
誰にも見えないところで。
「『考える』——とおっしゃった。」
「我らに——準備をせよとの御言葉だ。」
「あの方が答えを出される時——我らは動ける状態でなければならない。」
◆ ◆ ◆
扉が開いた。
イレーネが出てきた。
カレンは第三騎士団員として——静かに頭を下げた。
イレーネが通り過ぎた。
リーゼが後に続いた。
廊下が静かになった。
◆ ◆ ◆
カレンは応接室の扉を——一度だけ見た。
扉の向こうで——ルナ教皇猊下が一人でいる。
ノートを開いているかもしれない。
考えているかもしれない。
「……守らなければならない。」
「評議会が動いている。
宰相が内部にいる。
カルヴァーン王国が絡んでいる。」
「あの方の周囲が——
これほど危険だったとは。」
「でも——あの方は一人で
全部把握していた。」
「……やはり——神の代行者だ。」
◆ ◆ ◆
その夜、カレンはイルマ・クロースに報告した。
全ての言葉を——一言も漏らさずに。
イルマは静かに聞いた。
最後まで聞いてから——口を開いた。
「ルナ教皇猊下が評議会を知った。」
「はい。」
「『考える』とおっしゃった。」
「はい。」
「エルミラ第一王女への警戒をお示しになった。」
「はい。」
イルマが少し間を置いた。
「全員に伝える。」
「評議会がルナ教皇猊下に直接接触を試みる可能性がある。我らは——あの方が答えを出される前に、接触を阻止する準備をする。」
「承知しました。」
「それから。」
イルマが静かに言った。
「今日のルナ教皇猊下の御言葉を——全て記録しろ。」
「既に記録しています。」
「……そうか。」
イルマが少し笑った。
「ありがとう。」
◆ ◆ ◆
カレンは詰所を出た。
夜の正教国の空が——広がっていた。
「評議会。宰相。カルヴァーン王国。」
「あの方は——それを知りながら、今この瞬間も学院にいる。」
「一人で——考えている。」
カレンは空を見上げた。
「守る。」
「何があっても——守る。」
「それが——我らの答えだ。」
夜空が、静かに広がっていた。




