幕間 神の御力
——正教国 特殊騎士団詰所 夜明け前
報告が届いたのは、夜明け前だった。
イルマ・クロースは、報告書を受け取った。
読んだ。
「……。」
声が出なかった。
◆ ◆ ◆
「王都北東の旧試験場で大規模な魔力爆発が発生した。爆発の途中で——消えた。」
もう一度、読んだ。
「根源律の気配が北西の丘の方角から感知された。超長距離。あの規模の爆発を消滅させるには——根源律の行使が必要だ。」
「……消えた。」
消えた。
魔力爆発が——痕跡なく——消えた。
イルマの手が、少し震えた。
◆ ◆ ◆
報告書を机に置いた。
立ち上がった。
詰所の窓から、正教国の夜明けが見えた。
「来た。」
声に出した。
「ついに——来た。」
二百年間。
特殊騎士団が待ち続けた。
神罰を執行し続けた。
血を流し続けた。
その全ての意味が——ここにある。
「あの方が——動いた。」
◆ ◆ ◆
大神官セラフィアの顔が浮かんだ。
「……大神官様。」
イルマが静かに呟いた。
セラフィアが拾った赤子が——
今、王都の空から根源律を動かした。
「大神官様は——知っていたのか。」
「この日が来ることを——」
「血濡れた手で赤子を拾った時から——
知っていたのか。」
イルマには分からなかった。
でも——
「大神官様は——正しかった。」
それだけは、分かった。
◆ ◆ ◆
副団長ガルデン・ハウスが入ってきた。
「団長。報告は確認されましたか。」
「した。」
「団員への通達は——」
「全員に伝えろ。」
イルマが言った。
「神の御力が行使された。
あの方が動いた。
我らの任務は——今この瞬間から変わる。」
ガルデンが少し止まった。
「……どう変わりますか。」
「今まで——守る、だった。」
「これからも——守る。」
「でも——今度は確信を持って守る。」
「二百年間信じてきたことが——
証明された。
信仰ではなく——確信だ。」
◆ ◆ ◆
ガルデンが頷いた。
「全員に伝えます。」
「それから。」
イルマが言った。
「大神官様に——私から書状を出す。」
「何と。」
「『私は見ました。
我らの血は、意味がありました。』」
それだけだった。
ガルデンが少し間を置いた。
「……伝えます。」
「頼む。」
◆ ◆ ◆
一人になった。
イルマは窓の外を見た。
正教国の夜明けが、広がっていた。
「あの方は——今、どこにいるか。」
報告書には「北西の丘」と書かれていた。
王都から離れた場所。
学院から離れた場所。
「一人で動いた。」
「誰の指示でもなく。」
「邪魔だったから排除した——
そういう動き方をする、と聞いていた。」
「……そうか。」
イルマが少し笑った。
「英雄的な理由ではない。でも——」
「結果として——王都が守られた。」
「神の御力は——
そういう形で現れるものかもしれない。」
◆ ◆ ◆
報告書を手に取った。
もう一度、最後の一行を読んだ。
「魔力球が突然縮小し、痕跡なく消滅した。原因不明。」
「原因不明。」
イルマが静かに言った。
「あの方が動いた。
それが原因だ。」
「でも——王都の者には分からない。」
「分からないままでいい。」
「あの方は——
分かってほしくて動いたのではない。」
「ただ——動いた。」
「それだけでいい。」
◆ ◆ ◆
夜明けの光が、詰所に差し込んできた。
イルマは光を見た。
「大神官様。」
小さく呼んだ。
「あなたが血濡れた手で拾った赤子が——
今日、世界を変えました。」
「私は——見届けました。」
夜明けの光が、静かに広がっていた。
特殊騎士団長が——光の中で、静かに頭を垂れた。
夜明けの光が頬を照らした時——
初めて、涙が落ちた。
歓喜の涙だった。
「ルナ教皇猊下万歳。」
誰もいない詰所に——その言葉が、静かに響いた。




