第四十二話 二百年の代理
——魔法学院 図書館前 放課後
声をかけられたのは、放課後だった。
「グラウ・ルナさん。」
振り向いた。
リーゼ・ハルバーだった。
白と金の装束。
正教騎士団の紋章。
以前と同じだった。
でも——今日は書状を持っていた。
「お手紙をお預かりしています。」
「誰からですか。」
「イレーネ・サンクタ教皇代理から、直接です。」
◆ ◆ ◆
書状を受け取った。
封蝋が押されていた。
正教会の紋章だった。
「……直接、か。」
以前はセラフィア大神官の伝言だった。
今回は——イレーネ・サンクタ教皇代理本人から。
「一段階、上がった。」
リーゼが静かに立っていた。
「返答はどうされますか。」
「読んでから決めます。」
「分かりました。」
リーゼが少し下がった。
でも——その場を離れなかった。
◆ ◆ ◆
封を開いた。
丁寧な文字だった。
重さがある文字だった。
「グラウ・ルナ殿へ。先日の件について、感謝を申し上げたく、筆を取りました。あなたが動いてくださったことで、多くの命が救われました。正教会として、深く感謝しています。できれば一度、お会いしてお話ししたいと思っています。——イレーネ・サンクタ」
読んだ。
もう一度、読んだ。
◆ ◆ ◆
分析した。
「感謝を申し上げたく。」
感謝が目的か、あるいは——感謝を切り口として何かを求めてくるのか。
以前、セラフィア大神官から伝言があった。
「孤独に戦わないでください。」
「正教会はあなたの敵ではありません。」
その時は——感謝ではなく、接触だった。
今回はイレーネ・サンクタ教皇代理本人が動いた。
正教会の中で最も高い位置にいる者が——直接書状を書いた。
「何かを求めてくる可能性がある。」
何を求めるかは——まだ読めない。
でも——正教会が私に何を求めているかは、ある程度、察しがつく。
「後見人として、私の動向を把握したい。」
「あるいは——もっと具体的な何かを。」
今はまだ、判断するための情報が足りなかった。
◆ ◆ ◆
「返答はどうされますか。」
リーゼが静かに聞いた。
「少し考えます。」
「はい。」
リーゼが待った。
急かさなかった。
「一つ聞いていいですか。」
私は言った。
「どうぞ。」
「イレーネ・サンクタ教皇代理は——今、何を最も急いでいますか。」
リーゼが少し止まった。
「……私には、お答えできません。」
「立場上、ということですか。」
「そうです。」
「分かりました。」
◆ ◆ ◆
考えた。
会うべきか。会わないべきか。
会えば——何かを求められる。
断れば——関係が変わる。
でも——会わなければ、情報が得られない。
「イレーネ・サンクタ教皇代理が何を考えているかを、直接確認できる機会だ。」
「それは——有益だ。」
「でも——感謝を受け取ることと、何かに同意することは違う。」
「その区別を——はっきりさせる必要がある。」
◆ ◆ ◆
「お会いします。」
リーゼに言った。
「ただし——条件があります。」
「はい。」
「場所は魔法学院内か、王都の公共の場所にしてください。」
「……理由を聞いてもいいですか。」
「学院を離れたくないからです。学ぶ機会がある場所にいたい。」
リーゼが少し間を置いた。
「……確認します。」
「もう一つ。」
「はい。」
「感謝を受け取ることと、何かに同意することは別です。その前提で会いたいと——イレーネ・サンクタ教皇代理に伝えてください。」
リーゼが少し間を置いた。
「……正確に伝えます。」
「お願いします。」
リーゼが歩き出した。
白と金の装束が廊下の向こうに消えた。
◆ ◆ ◆
一人になってから、ノートを開いた。
「イレーネ・サンクタ教皇代理から直接の書状。内容:感謝と面会の要請。以前のセラフィア大神官の伝言より一段階上がった。」
一行追加した。
「対応:面会を受諾。条件:場所は学院内か王都。感謝と同意は別という前提を伝えた。」
もう一行。
「正教会が何を求めているかは——まだ分からない。面会の場で直接確認する。無条件で応じるつもりはない。」
ノートを閉じた。
廊下に夕暮れの光が差していた。
二百年以上、教皇の座を守り続けてきた老女が——私に手紙を書いた。
「感謝は受け取る。」
静かに言った。
「でも——次の一手は、私が決める。」
灰色の瞳が、夕暮れの光の中で静かに前を向いた。




