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演算の魔女は祈らない 〜The Witch of Calculus Never Prays〜  作者: N


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第五話 最適解

——ラエティア王国 王都近郊 廃採掘場 午後


魔法学院の野外実習は、通常三人一組で行動する。


私の班は、今朝から二人だった。


——正確には、開始三十分で一人が「気分が悪い」と言って引き返した。

残ったもう一人は、廃採掘場の入口で私と目が合った瞬間、無言で別方向へ歩いた。


気にしなかった。一人の方が、変数が減る。


課題は「野外に生息する魔物の行動パターンを観察し、記録すること」。

戦闘は想定されていない。

想定されていないが、禁止もされていない。


ノートを開き、採掘場の地形を書き写す。

廃坑が三本。

崩落した西側の壁。

排水溝の跡。

高低差は約七メートル。


風向き、北北西。

地面の乾燥具合から、直近三日間は降雨なし。

影の角度から、現在時刻は十四時十分前後。


実習開始から十七分後、私は廃坑の二番坑の前で立ち止まった。


◆ ◆ ◆


気配があった。


魔力の流れが、坑道の奥で乱れている。

生物特有の不規則なパターン——魔物だ。

サイズは中型。

術式の歪み方から、土属性の魔力を持っている。


土属性魔物、中型。

推定体重八十から百二十キロ。

速度は人間の一・三倍前後。

この地形なら、坑道内では向こうが有利だ。


観察記録をつけながら、私は後退を始めた。


次の瞬間、坑道の天井が崩れた。


土煙の中から現れたのは、鎧のような外皮を持つ四足の魔物だった。

教科書で見た「アイアンクロウラー」。

鉱山地帯に生息する中型魔物で、外皮硬度は上級冒険者の剣でも傷をつけにくいとされる。


そして、私の退路は崩落した土砂で塞がれていた。


——状況を整理する。


◆ ◆ ◆


逃げ道:なし。壁は七メートル。私の身体能力では登れない。


魔物との距離:十一メートル。四足歩行、最大速度で約二秒。


使える魔法:ダークエネルギー変換式経由の術式展開。出力は理論上無制限。


使うべき魔法:*最小限。


アイアンクロウラーが低く唸った。外皮の継ぎ目が、怒りで膨張している。


外皮の継ぎ目——。


私はノートを閉じた。


アイアンクロウラーの弱点は外皮ではなく、継ぎ目の間にある感覚器官だ。

そこに集中した高周波の振動を与えれば、脳震盪に相当するダメージが入る。

必要な魔力はごく少量。爆発も、熱も、要らない。


外皮の硬さは関係ない。継ぎ目の位置は四つ——首の付け根、両前足の根元、そして顎の下。


魔物が跳躍した。


◆ ◆ ◆


私は一歩も動かなかった。


右手を前に出す。

ダークエネルギー変換式を起動——世界の底から、細く、糸のように、エネルギーを引く。炎でも衝撃でもない。

振動だ。特定周波数に絞った、局所的な波動術式。


魔物が着地する〇・三秒前、術式を解放した。


音は、しなかった。


アイアンクロウラーは私の二メートル手前で、突然崩れるように倒れた。

四本の足がばらばらに痙攣し、外皮の継ぎ目から白い泡を吹いている。

意識は飛んでいるが、死んではいない。


消費魔力:〇・〇〇三単位。


私の総魔力量の〇・七五パーセント。


◆ ◆ ◆


ノートを開いた。観察記録の続きを書く。


アイアンクロウラー、体長約一・四メートル。

外皮継ぎ目は四箇所確認。感覚器官への振動干渉により行動不能——回復時間は推定二十分から三十分。

その間に退路を確保すること。


崩落した土砂を見る。

量は多いが、構造的に安定していない。

つまり——


押す必要はない。支点を一つ動かせば、全体が流れる。


最小限の風術式を組む。

土砂の山の側面、一点だけに横圧をかける。


三秒後、土砂が音を立てて崩れ、道が開いた。


私は倒れたアイアンクロウラーの横を通り過ぎた。傷は一つもつけていない。魔物も、地形も、必要以上に壊していない。


使った魔法は二つ。

振動術式と、風による支点操作。

どちらも出力は最小値。核融合術式の出番では、まったくなかった。


それでいい。


◆ ◆ ◆


採掘場を出た時、空は西に傾いていた。


ノートには観察記録が六ページ分。魔物の行動パターン、地形の特性、術式の実戦データ。実習の本来の目的も、ついでに果たしていた。


今日の結論:実戦において、最適な魔法とは最も強い魔法ではない。目的を最小のコストで達成する魔法だ。


それは前世でも同じだった。


数学の証明に、余分な一行は要らない。美しい証明とは、最短の論理で真実に届く道のことだ。


魔法も、同じ構造をしている。


ルナは歩きながら、ノートの余白に小さく書き留めた。


「最強の魔法を持つ者が強いのではない。最適な魔法を選べる者が強い」


灰色の瞳が、夕暮れの空を見上げた。どこかで鳥が鳴いていた。

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