幕間 光なき公爵
——クロイツ公爵家 応接間 朝
レオンハルト・ファルク=クロイツは、鏡を見た。
新しい礼装だった。
クロイツ公爵家の紋章が——胸に縫い付けられていた。
「……似合わないな。」
声に出した。
感情ではなかった。
事実として。
自分は光属性ではない。
風属性だった。
クロイツ公爵家の血統——光属性の血——は、自分の中にはほとんど流れていない。
「でも——名前は、ある。」
ファルク=クロイツ。
遠縁ではあるが——クロイツの名前を持っていた。
それで十分だった。
◆ ◆ ◆
今日、王城に申し出る内容を確認した。
一つ目——ジークハルト・ヴァンドール=クロイツの処刑を王家に提案する。
「公爵家として、王家への謝罪と賠償の意を示す。」
二つ目——エルネスト・ヴァンドール=クロイツを国家反逆罪の大罪人として王家に具申する。
三つ目——クロイツ公爵家の新体制として、自分が当主であることを正式に認めてもらう。
「評議会の指示通りに動く。」
それだけだった。
◆ ◆ ◆
——ラエティア王国 王城 評議の間 昼前
レオンハルト・ファルク=クロイツが入室した。
国王と大臣たちが、向かいに座っていた。
宰相も——いた。
「本日は——王家への謝罪と、三点の申し出のために参りました。」
レオンハルトが静かに言った。
声に感情がなかった。
礼儀はあった。
でも——温かさが、なかった。
国王が少し目を細めた。
「どうぞ。」
◆ ◆ ◆
「一点目。」
レオンハルトが言った。
「ジークハルト・ヴァンドール=クロイツは、第一王女殿下を殺害した罪人です。クロイツ公爵家として、その処刑を王家に申し出ます。王家への謝罪と賠償の意として。」
「……公爵家が、自ら申し出るのですか。」
財務大臣が言った。
「はい。公爵家の名誉を汚した者を、公爵家自らが断罪する。それが筋だと判断しました。」
「証拠は。」
「状況証拠が複数あります。すでに拘禁室にいる事実がそれを示しています。」
国王が少し間を置いた。
「……続けてください。」
◆ ◆ ◆
「二点目。」
レオンハルトが続けた。
「エルネスト・ヴァンドール=クロイツを——国家反逆罪の大罪人として王家に具申します。」
「国家反逆罪。」
「はい。脱獄し、逃亡中です。神の使徒との繋がりも証拠として残っています。これ以上の罪状はないと判断します。」
「……あなたはエルネスト公爵の遠縁ですね。」
外務大臣が言った。
「そうです。」
「遠縁が——当主を告発する。」
「公爵家の名誉のためです。大罪人を庇う理由はありません。」
◆ ◆ ◆
「三点目。」
レオンハルトが言った。
「クロイツ公爵家の新当主として、正式な承認をいただきたい。エルネスト公爵が逃亡し、ジークハルト伯爵が拘禁されている現状では——公爵家の空位を埋める必要があります。」
「あなたが当主に。」
「血統的な正統性は薄い。それは認めます。でも——公爵家の名前を守る者が必要です。今この瞬間、私以外にその立場にいる者はいません。」
国王が少し考えた。
「……大臣たちの意見を聞く。」
◆ ◆ ◆
大臣たちの間で、議論が起きた。
「ジークハルト副団長の処刑は——調査が終わっていない。早すぎる。」
「証拠が揃ってからでも遅くはない。」
「しかし——」
宰相が口を開いた。
「申し上げてよろしいですか。」
国王が頷いた。
「調査を続けることも大切です。でも——第一王女殿下が亡くなられた。その罪が裁かれないまま時間が経てば——王家の権威が問われます。公爵家自らが申し出ている。これ以上の誠意はありません。」
「……でも、証拠が——」
「状況証拠は十分です。そして——調査が長引けば、政治的な混乱が続く。王国の安定のために、速やかな決断が必要です。」
宰相の言葉は——静かだった。
でも——重かった。
他の大臣たちが、少しずつ、頷き始めた。
◆ ◆ ◆
「……分かりました。」
国王が言った。
重い声だった。
「三点の申し出について——回答します。」
「一点目。ジークハルト伯爵の処刑については——三日以内に執行することとします。」
評議の間が、少し静かになった。
「二点目。エルネスト・ヴァンドール=クロイツの国家反逆罪具申については——受理します。指名手配を発します。」
「三点目。レオンハルト・ファルク=クロイツ殿のクロイツ公爵家当主承認については——暫定的に認めます。」
「……ありがとうございます。」
レオンハルトが静かに言った。
「一つだけ。」
国王が言った。
「何でしょう。」
「光の絶対支配を持たない公爵が——この国の筆頭公爵を名乗る。それを——承知の上ですか。」
「承知しています。名前と責任を引き継ぎます。」
国王が少し目を細めた。
「……分かりました。」
◆ ◆ ◆
——王城 拘禁室 同日・昼
扉が開いた。
高官が二人、入ってきた。
ジークハルトは立ち上がった。
「何の用だ。」
高官が書類を持っていた。
「……ジークハルト・ヴァンドール=クロイツ伯爵。王城からの正式な通達です。」
書類を受け取った。
読んだ。
「三日以内に処刑を執行する。」
その一行が——書かれていた。
「……三日か。」
静かに言った。
「調査継続ではないのか。」
「……宰相閣下が、速やかな決断を進言されました。」
「宰相が。」
「はい。」
高官が出て行った。
◆ ◆ ◆
ジークハルトは椅子に座った。
「宰相が——私の処刑を急いだ。」
静かに言った。
「なぜ急ぐのか。」
時間が経てば——証拠がないことが分かる。
神の使徒の工作員が王城内にいたことが分かる可能性がある。
第一王女の真の暗殺者が判明する可能性がある。
「時間が——敵だ。」
以前そう思った。
「宰相も——同じように考えていた。」
「時間を与えれば——私が助かる。だから、時間を与えない。」
「……宰相は。」
少し間を置いた。
「神の使徒の側にいるのか。」
◆ ◆ ◆
——王城 処刑場 三日後の朝
処刑場は、王城の東側にあった。
石畳の広場だった。
朝の光が、差し込んでいた。
ジークハルト・ヴァンドール=クロイツは、広場の中央に立っていた。
手が——縛られていた。
騎士団の者たちが、周囲に並んでいた。
かつての部下たちだった。
目が合う者は——いなかった。
「……光は、ここにある。」
空を見上げた。
青い空だった。
朝の光が、広場を満たしていた。
光属性の男が——光の中に立っていた。
◆ ◆ ◆
「ジークハルト・ヴァンドール=クロイツ。」
罪状が読み上げられた。
「第一王女殿下の殺害。エルネスト・ヴァンドール=クロイツの脱獄支援。クロイツ公爵位の簒奪未遂。これらの大罪により——」
ジークハルトは聞いていなかった。
空を見ていた。
「……兄上。」
声に出した。
「私は——両立できなかった。」
「兄を守ることと、副団長であることを——両立できると思っていた。」
「でも——」
少し間を置いた。
「両立しようとしたことは——間違えていなかった。」
◆ ◆ ◆
「グラウ・ルナ。」
名前を呟いた。
「あの子は——動くはずだ。」
「自分の自由が脅かされれば——動く。」
「神の使徒がこの王国を動かせば——あの子の研究環境も、自由も、消える。」
「その時に——あの子が持っている証拠が。」
「公証番号〇〇四七と〇〇五二が——」
「何かを、変えるかもしれない。」
◆ ◆ ◆
「執行。」
誰かが言った。
ジークハルトは空を見ていた。
朝の光が、広場に満ちていた。
光属性の男が——光の中で、目を閉じた。
「……光は。」
最後に言った。
「降伏しない。」
朝の光が、静かに広場を照らしていた。




