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演算の魔女は祈らない 〜The Witch of Calculus Never Prays〜  作者: N


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幕間 副団長の檻

——ラエティア王国 王城 拘禁室 夜明け


扉が閉まった。


ジークハルト・ヴァンドール=クロイツは、拘禁室の中央に立っていた。


騎士団の拘禁室だった。

地下牢獄ではない。

でも——鍵がかかっていた。


副団長が、拘禁室に入った。


声に出した。


自分に言い聞かせるように。


◆ ◆ ◆


罪状の読み上げは、短かった。


「一、エルネスト・ヴァンドール=クロイツの脱獄を支援した疑い。」


「二、第一王女殿下を殺害し、クロイツ公爵位を簒奪しようとした疑い。」


それだけだった。


ジークハルトは——黙って聞いた。


「……二つとも、していない。」


聴取官に言った。


「証拠はありますか。」


「ない。でも——」


「では。」


「状況証拠が複数あります。副団長として収監に同行された。王城内部への通行権を持っていた。エルネスト公爵が脱獄した直後に第一王女殿下が亡くなった。公爵位が空位になれば——次の当主はあなたになる。」


ジークハルトは少し止まった。


「……それは動機だ。証拠ではない。」


「そうです。でも——調査が終わるまで、拘禁は続きます。」


◆ ◆ ◆


聴取官が出て行った。


ジークハルトは拘禁室の椅子に座った。


第一王女が——死んだ。


その事実が、まだ実感として届いていなかった。


エルネスト兄上の妻だった。

この国の第一王女だった。

光の絶対支配を持つ公爵家に嫁いだ女性だった。


「……誰が殺したのか。」


ジークハルトは考えた。


タイミングが——できすぎている。


エルネストが脱獄した直後。

自分が疑われるタイミングで。

自分に動機が生まれるタイミングで。


「意図的だ。」


断言できた。


「誰かが——私に罪をなすりつけた。」


◆ ◆ ◆


誰が。


神の使徒だ。


エルネストを脱獄させた。

同時に第一王女を殺害した。

自分に罪をなすりつけた。


なぜ私を——


エルネストを逃がしただけでは、クロイツ公爵家は完全に崩壊しない。

ジークハルトが副団長として残れば——公爵家の影響力が残る。


「だから——私も落とす必要があった。」


「クロイツ公爵家を——完全に空にするために。」


◆ ◆ ◆


「では——空になった公爵家に、誰を入れるつもりか。」


その問いが浮かんだ瞬間——扉の向こうから、声が聞こえた。


廊下を歩く高官の声だった。


「……クロイツ公爵家の新当主について、王城から通達が来ているそうだ。」


「誰になるのか。」


「遠縁の侯爵家の次男だとか。名前は聞いたことがない男だが。」


声が遠ざかった。


ジークハルトは椅子から立ち上がった。


◆ ◆ ◆


「遠縁の侯爵家次男。」


静かに言った。


「名前も知らない男が——クロイツ公爵家の当主になる。」


「光の絶対支配を持たない男が。」


拘禁室の壁を見た。


クロイツ公爵家——光属性の血統。

代々継承される固有魔法。

この国で最も高い場所の証明。


それが——見知らぬ男の手に渡る。


「……神の使徒が、公爵家を手に入れた。」


七年間、王宮騎士団副団長として動いてきた。


今——その全てが、崩れていた。


◆ ◆ ◆


「兄上は——今、どこにいるか。」


呟いた。


エルネストが脱獄した。

妻を失った。

公爵家を奪われた。


「……兄上は、今何をしているか。」


少し考えた。


「降伏している男ではない。」


エルネストは——何を失っても、手を動かす男だった。


「ならば——私も、動ける時に動く。」


今は動けない。

でも——動ける時が来る。


◆ ◆ ◆


今、自分にできることは何か。


拘禁室から出られない。

副団長の権限を使えない。

騎士団への命令も出せない。


「今は——何もできない。」


それが事実だった。


「でも——調査が進めば、証拠がないことが分かる。」


「神の使徒の工作員が王城内部にいたことが——証明されれば。」


「私が犯人でないことが——証明できる。」


でも——その証明には、時間がかかる。


「時間が——敵だ。」


◆ ◆ ◆


窓が一つあった。


小さな窓だった。

夜明けの光が、細く差し込んでいた。


ジークハルトは光を見た。


光属性だった。

光が——わずかに手に吸い込まれた。


「光の絶対支配は——兄上が持っていた。」


「私には——ない。」


「でも——」


少し間を置いた。


「光は、まだここにある。」


◆ ◆ ◆


扉の向こうから、また声が聞こえた。


「グラウ・ルナという学生のことを、副団長が調べていたという記録がある。」


「何の関係がある。」


「分からない。でも——記録が残っている以上、確認が必要だ。」


声が遠ざかった。


ジークハルトは少し目を細めた。


「グラウ・ルナ。」


名前を呟いた。


「爆発を消した何かと——この名前が、繋がるのか。」


今は、材料が足りなかった。


「……いずれ、分かる。」


夜明けの光が、拘禁室に差し込んでいた。


光属性の男が——光の中で、次の時を待っていた。

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