幕間 地下の光
——ラエティア王国 王城 地下牢獄 深夜
暗かった。
エルネスト・ヴァンドール=クロイツは、牢獄の石壁に背をもたせかけていた。
光属性の術者にとって——暗闇は、不快だった。
でも——感情を表に出す必要はなかった。
光の絶対支配。
心の中で呟いた。
今この場所で使えば——牢獄の鍵など、光で焼き切れる。
でも——使わなかった。
使えば逃亡になる。
逃亡は——今はまだ、考えの範囲外だった。
◆ ◆ ◆
聴取は三時間続いた。
王国の高官たちが、証拠書類を前に並べた。
エルネストは——「知っていたが、直接関与はしていない」という一線を守った。
神の使徒という組織の存在は知っていた。
資金を提供した。
でも——評議会という上層部の存在は知らなかった。
この一線は——事実だった。
事実は——強い。
作り話より、事実の方が長く持つ。
でも——高官たちは納得しなかった。
「知っていながら資金を提供した。それは関与だ。」
そして——収監された。
◆ ◆ ◆
地下牢獄に入れられてから、どのくらい経ったか。
暗すぎて分からなかった。
光を使えば分かる。
でも——今は使わない。
ジークハルトは——今、どこにいるか。
その問いが浮かんだ。
副団長として兄を収監した。
その後——どう動いたか。
あいつは考える。
私と同じように——どちらが得かを考える。
でも——ジークハルトは、もう少しだけ感情がある。
「あいつは——どちらを選ぶか。」
◆ ◆ ◆
足音が聞こえた。
一人だった。
軽い足音だった。
騎士団の靴ではない。
エルネストは目を開けた。
暗闇の中に——人影が見えた。
「クロイツ公爵閣下。」
声が低かった。
男の声だった。
「……誰だ。」
「名前は申し上げられません。」
「何の用だ。」
「お連れするために来ました。」
◆ ◆ ◆
人影が手を動かした。
牢獄の鍵が——音もなく開いた。
魔法だった。
どの属性か、暗くて分からなかった。
「……王城の内部から来たのか。」
「そうです。」
「神の使徒か。」
人影が少し止まった。
「……そうです。」
エルネストは立ち上がった。
礼装は——聴取の時のままだった。
公爵家の紋章入りの外套も。
「なぜ私を救出する。」
「お伝えしたいことがあります。外で。」
「今ここで言え。」
人影が少し間を置いた。
「……閣下。」
「何だ。」
「あなたこそ——神に選ばれし使徒なのです。」
◆ ◆ ◆
エルネストは少し止まった。
「神に選ばれし使徒。」
繰り返した。
「そうです。」
「……根拠は。」
「この国で最も高い場所に立つ者。光の絶対支配を持つ者。その方こそが——神の意志を地上で実現できる存在です。」
「正教会も同じことを言う。でも——正教会は無属性の子どもを神の代行者と呼ぶ。」
「正教会は間違えています。」
人影が静かに言った。
「神の力とは——根源律に触れることではありません。世界を動かすことです。世界を動かす力を持つ者が——神に選ばれし存在です。」
「……それは、私のことか。」
「そうです。」
◆ ◆ ◆
エルネストは三秒、考えた。
「取引の申し出だ。」
静かに言った。
「……閣下。」
「私を必要としている。私も——今は、外に出る必要がある。双方に利益がある。それだけだ。」
「神に選ばれし——」
「その言葉は——今は不要だ。」
エルネストが一歩前に出た。
「案内しろ。」
◆ ◆ ◆
地下牢獄の廊下を歩いた。
人影が先を歩いた。
エルネストが後に続いた。
暗かった。
でも——エルネストは光を使わなかった。
使う必要がなかった。
人影が道を知っていた。
「一つだけ聞く。」
エルネストが歩きながら言った。
「何でしょう。」
「ジークハルトは——今、どこにいるか。」
人影が少し止まった。
「……副団長は、王城の上層から拘束されたと聞いています。」
「拘束。」
「脱獄の支援を疑われたようです。」
エルネストが少し止まった。
「……私のせいか。」
「そうなります。」
沈黙があった。
「……分かった。」
エルネストが歩き始めた。
感情は——表に出さなかった。
でも——何かが、少し変わった。
ジークハルトを——いずれ、出す。
声には出さなかった。
でも——確かに、そう思った。
◆ ◆ ◆
地下から出た。
夜だった。
星があった。
エルネストは空を見上げた。
「光の絶対支配を持つ男が——地下から出てきた。」
呟いた。
「神に選ばれし使徒、か。」
少し笑った。
計算のある笑い方だった。
使えるなら、使う。
でも——
「使われる側にはならない。」
人影が先を歩いていた。
公爵家の紋章入りの外套が、夜風に揺れた。
光属性の男が——星明かりの中を、歩き出した。




