幕間 王都の夜明け
——ラエティア王国 王城 評議の間 夜明け前
緊急招集がかかったのは、深夜だった。
評議の間に、大臣たちが集まった。
全員が眠そうだった。
でも——報告書を読んだ瞬間、眠気が消えた。
「……本当か。」
財務大臣が言った。
「本当です。」
書記官が答えた。
「クロイツ公爵家が——神の使徒と繋がっていた。」
「証拠が複数機関に届いています。王国騎士団・王立魔法協会・正教会の三機関に同時に。」
「同時に、か。」
外務大臣が言った。
「意図的だな。」
「そう判断されます。」
◆ ◆ ◆
評議の間の中央に、国王が座っていた。
ラエティア王国現国王。
四十代。
光属性ではない。
風属性だった。
クロイツ公爵家——筆頭公爵家——とは、長年の緊張関係があった。
「光の絶対支配」を持つ公爵家が、王国の政治に深く関与してきた。
国王はそれを——快く思っていなかった。
「証拠の信憑性は。」
国王が聞いた。
「確認中です。ただ——書類の様式・署名・記録の整合性から見て、偽造の可能性は低いと判断されます。」
「……エルネスト・ヴァンドール=クロイツは、今何をしている。」
「確認が取れていません。王城への連絡は——今のところ届いていません。」
◆ ◆ ◆
「旧市街の状況は。」
別の大臣が書類を出した。
「旧試験場を中心に半里の範囲が崩壊しています。建物の多くが砂になりました。地面に亀裂が走っています。市民への被害——腕や足を失った者が数名。死者は今のところ確認されていません。」
「死者がいないのは。」
「旧市街は人口が少ない地区です。夜間でもあった。でも——もし王都の中心部で同じことが起きていたなら。」
大臣が言葉を止めた。
国王が少し目を閉じた。
「王立魔法協会の主任が——旧試験場で単独実験を行っていた。」
「そうです。協会長の承認なしに施設を使用していた記録があります。規定違反です。」
「……協会は何をしていたのか。」
誰も答えなかった。
◆ ◆ ◆
「爆発が消えた、という報告がある。」
国王が言った。
「はい。王国騎士団の記録によれば——魔力球が突然縮小し、消滅したとあります。」
「原因は。」
「不明です。」
「不明。」
「王国騎士団の術者が現場にいましたが——誰も、消えた原因が分からなかったと報告しています。」
国王が少し間を置いた。
「……誰かが止めたのか。」
「そう考えるのが自然です。でも——誰が、どうやって止めたのかが分からない。」
「正教会か。」
外務大臣が言った。
「正教騎士団が現場付近にいた可能性があります。でも——正教会からの公式な報告は届いていません。」
「正教会が動いていたなら——なぜ黙っているのか。」
誰も答えを持っていなかった。
◆ ◆ ◆
「三つの問いがある。」
国王が言った。
「一つ目。クロイツ公爵家と神の使徒の繋がりをどう処理するか。」
評議の間が静かになった。
「エルネスト・ヴァンドール=クロイツは——第一王女の夫だ。」
その一言で——全員が、問題の重さを理解した。
第一王女の夫が神の使徒と繋がっていた。
その証拠が複数機関に届いた。
無視することはできない。
「二つ目。王立魔法協会への対処。協会主任が無許可で実験を行い、旧市街を崩壊させた。被害者が出た。協会の管理責任を問う必要がある。」
「三つ目。爆発を消した何か——あるいは誰か——の正体を突き止める。」
◆ ◆ ◆
財務大臣が少し前に出た。
「陛下。第三の問いについて——一つ申し上げてよろしいですか。」
「どうぞ。」
「爆発が消えたことは——ある意味、王都が守られたということです。もし消えなければ——旧市街だけでなく、王都全体に被害が及んでいた可能性があります。」
「つまり。」
「消した何かは——王都の敵ではない。少なくとも今夜は。」
国王が少し考えた。
「……それは分かる。でも——」
「でも、その力が何者のものか分からないまま放置するのは——別の問題だ。」
「そうです。」
「力は——友好的であれ、敵対的であれ——把握していなければならない。」
「おっしゃる通りです。」
◆ ◆ ◆
「神の使徒。」
国王が静かに言った。
「その名前は——以前から噂があった。でも、証拠がなかった。今夜、初めて証拠が出た。」
「はい。」
「証拠が出た経緯が——奇妙だ。」
「……奇妙、というのは。」
「クロイツが死に際に自ら証拠を残した。なぜそんなことをしたのか。」
誰も答えられなかった。
「兄への復讐か。」
国王が呟いた。
「公爵家への恨みか。あるいは——もっと別の意図があったのか。」
「……調査が必要です。」
「そうだな。」
国王が立ち上がった。
「夜明けまでに動ける準備をしておけ。第一王女への連絡。エルネスト・ヴァンドール=クロイツへの召喚状。協会長への聴取要請。そして——旧市街の復旧支援。」
「承知しました。」
「それから。」
国王が少し止まった。
「爆発を消した力の調査も——最優先だ。味方かどうかに関わらず、把握しなければならない。」
「……どこから調べますか。」
「正教会から始める。あいつらは何かを知っている。黙っているということは——何かを知っている。」
◆ ◆ ◆
評議の間から大臣たちが出て行った。
国王一人が残った。
窓の外を見た。
王都の夜明けだった。
旧市街の方角——南東の空が、まだ暗かった。
建物が消えて、灯りがなかったからだ。
「神の使徒。」
国王が呟いた。
「この国の中に——そういうものがあった。」
少し間を置いた。
「第一王女の夫が——それと繋がっていた。」
もう少し間を置いた。
「爆発を消した何かが——この国のどこかにいる。」
「一晩で——三つの問いを抱えた。」
窓の外の夜明けが、少しずつ明るくなっていた。
国王が静かに言った。
「……長い一日になる。」




