幕間 王の計算
——カルヴァーン王国 王城 執務室 深夜
報告が届いたのは、深夜だった。
ヴォルフラム・カルヴァーンは、三つの報告書を順番に読んだ。
一つ目——オルヴァン・クロイツの死亡。
二つ目——ラエティア王国旧市街の崩壊と、爆発の消滅。
三つ目——クロイツ公爵家と神の使徒の繋がりを示す証拠が複数機関に届いたという情報。
三つ目を読み終えた時——ヴォルフラムは少し笑った。
◆ ◆ ◆
「クロイツが死んだ。」
ヴォルフラムが言った。
感情のない確認だった。
クロイツは神の使徒の実行部門責任者だった。
評議会の下部組織として動く者だった。
ヴォルフラムにとって——同じ組織に関わる者だったが、それ以上でも以下でもなかった。
「実験が失敗した。」
こちらは——少し重かった。
クロイツの実験が成功していれば——評議会の根源律への到達が近づいていた。
それは、ヴォルフラムの計画にも影響した。
評議会が根源律を手に入れる前に——自分がそれを手に入れる。
その計画の前提が——今夜、少し変わった。
◆ ◆ ◆
「爆発が消えた。」
三つ目の問いだった。
報告書には「原因不明」と書かれていた。
ヴォルフラムは少し考えた。
「評議会は——何と言っているか。」
側に控えていた報告者が答えた。
「評議会からの直接の連絡は——まだ届いておりません。」
「そうか。」
評議会が沈黙しているということは——評議会自身も把握できていない可能性がある。
「あの規模の爆発を消せる力が——どこかにある。」
ヴォルフラムが静かに言った。
「面白い。」
◆ ◆ ◆
三つ目の報告書を、もう一度読んだ。
クロイツ公爵家と神の使徒の繋がりを示す証拠。
「クロイツは——最後に、これを残したのか。」
ヴォルフラムが言った。
「評議会への打撃を意図したのか。それとも——公爵家への打撃だけを意図したのか。」
どちらにせよ——証拠が出た。
神の使徒と公爵家の繋がりが、複数の機関に届いた。
「これは——」
ヴォルフラムが少し止まった。
「私への影響を計算する。」
◆ ◆ ◆
神の使徒との繋がりが露見した——これは危機か。
カルヴァーン王国は評議会の傀儡国家として機能している。
王である自分は評議会員だ。
でも——ラエティア王国の機関に届いた証拠は、クロイツ公爵家に関するものだ。
「カルヴァーン王国は直接的には言及されていない。」
今のところは。
「でも——調査が進めば、次は私に来る。」
その前に——手を打つ必要がある。
「評議会は——今夜、どう動くか。」
◆ ◆ ◆
評議会の思考を想定した。
神の使徒の実行部門責任者が死んだ。
公爵家との繋がりが露見した。
爆発が消えた——原因不明。
評議会は——焦っているか。
「いや。」
ヴォルフラムが首を振った。
「あいつらは焦らない。感情がない。でも——計算を急ぐ。」
評議会が急ぐとすれば——グラウ・ルナへの接触だ。
爆発を消したのがルナだとすれば——評議会はその力を欲しがる。
「評議会がルナに接触する前に——私が接触できるか。」
◆ ◆ ◆
新しい計算が始まった。
ヴォルフラムは——評議会を利用して王位を得た。
評議会に魂を売った。
でも——最初から、出し抜くつもりだった。
「その時が——近づいているのかもしれない。」
神の使徒の実行部門が弱体化した。
公爵家との繋がりが露見して、評議会は守りに入る可能性がある。
「評議会が守りに入る時間に——私が動く。」
でも——何をするか。
「ルナだ。」
ヴォルフラムが静かに言った。
「爆発を消した力。根源律。それを——評議会より先に、私が手に入れる。」
「ジークヴァルトではなく——私が直接。」
◆ ◆ ◆
「問題は——ルナがどういう人間か、だ。」
ヴォルフラムが考えた。
十歳。
無属性。
魔法学院一年生。
公証番号〇〇四七の申請者。
エルミラが「面白い子だ」と手紙に書いていた。
「エルミラ。」
娘の名前を、少し考えた。
エルミラは今、魔法学院に留学している。
ルナと同じ学年だ。
接点がある。
「エルミラを——使えるか。」
その考えが浮かんだ。
でも——少し止まった。
「エルミラは——知らない。何も。」
傀儡国家であることも。
自分が評議会員であることも。
全て——知らない。
「純粋なままでいる。」
ヴォルフラムが少し考えた。
「……今は、使わない。」
今は、まだ。
◆ ◆ ◆
「評議会を裏切るとすれば——条件が必要だ。」
ヴォルフラムが言った。
「条件一。評議会が弱体化している時。」
神の使徒の実行部門が死んだ。
神の使徒と公爵家の繋がりが露見した。
評議会は今——弱体化の入口にいる。
「条件二。代替の力を持っている時。」
根源律——あるいは根源律を使える者。
「条件三。逃げ場がある時。」
カルヴァーン王国の軍事力。
でも——評議会がカルヴァーン王国を支配しているなら、軍は評議会のものでもある。
「……まだ、全ての条件は揃っていない。」
ヴォルフラムが静かに言った。
「でも——揃い始めている。」
◆ ◆ ◆
夜が明け始めていた。
ヴォルフラムは立ち上がった。
「クロイツよ。」
呟いた。
「お前は神の使徒の実行部門として——使えない男だった。でも——」
少し間を置いた。
「今夜、お前が残した混乱は——私に時間を作った。」
窓の外に、カルヴァーン王国の夜明けが広がっていた。
自分が謀略で手に入れた王国。
評議会に売った王国。
「いつか——取り返す。」
その言葉を、声には出さなかった。
でも——計算の中に、確かに存在した。




