幕間 光の下の影
——王都 王宮騎士団副団長執務室 夜明け
報告書が三枚、机の上に並んでいた。
ジークハルト・ヴァンドール=クロイツは、三枚を順番に見た。
一枚目——旧市街の崩壊報告。
二枚目——オルヴァン・クロイツの死亡確認。
三枚目——公爵家に関する証拠書類が複数機関に届いたという報告。
三枚目を、二度読んだ。
◆ ◆ ◆
「……やってくれたな。」
声に出した。
誰もいない執務室だった。
オルヴァン。
腹違いの弟。
一度も名前で呼んだことがなかった。
「最後の最後に——こういうことをするか。」
怒りではなかった。
計算していた。
公爵家と神の使徒の繋がりを示す証拠が、今夜——正教会・王立魔法協会・王国騎士団に届いた。
「エルネスト兄上への被害は——どこまでか。」
◆ ◆ ◆
計算した。
エルネストは「光の絶対支配」を持つ。
ラエティア王国最高位の貴族だ。
第一王女の夫だ。
その男が神の使徒と繋がっていた証拠が出た。
王国の反応は——速い。
明日には調査が入るだろう。
証拠の信憑性が確認されれば——
「失脚、か。」
声に出した。
可能性は低くない。
「でも——エルネスト兄上が失脚すれば。」
ジークハルトが少し止まった。
公爵家の当主が失脚する。
次の当主は——誰になるか。
「……私、か。」
その考えを——すぐに押し込んだ。
今は考える時ではない。
◆ ◆ ◆
四枚目の報告書を出した。
王国騎士団が現場で記録したものだった。
「魔力爆発が突然消滅した。原因不明。」
この一行が——最も気になっていた。
ジークハルトは王宮騎士団副団長として、この国の軍事的な出来事の全てを把握する立場にある。
でも——この一行の意味が分からなかった。
「あの規模の爆発が——消えた。」
自然消滅ではない。
誰かが消した。
でも——誰が。
どうやって。
「王国騎士団の中に、あれを消せる者はいない。」
断言できた。
「協会の誰かか。」
でも——協会は現場に間に合っていなかった。
「では——誰が。」
◆ ◆ ◆
一つの可能性が浮かんだ。
正教会か。
正教騎士団が現場付近にいた可能性がある。
正教会は「神の力」を持つと言われている。
「でも——神の力で爆発を消せるのか。」
ジークハルトは光属性だ。
自分の属性の限界を知っている。
光属性でも——あの規模の爆発は消せない。
「では何の属性が——」
思い当たるものがなかった。
「原因不明、か。」
副団長として——それが最も不快な結論だった。
◆ ◆ ◆
無属性という可能性を、ジークハルトはほとんど考えなかった。
この国では無属性は欠陥属性とされている。
欠陥属性の術者が——あの規模の干渉ができるとは、思わなかった。
でも——
「爆発が消えた。」
その事実だけが残った。
光でも土でも水でも火でも——有の属性では説明がつかない消え方だった。
静かに。
丁寧に。
痕跡なく。
「……有の属性ではない、何かが動いた。」
その結論だけが、かろうじて出た。
何かが——とは何か。
それは分からなかった。
◆ ◆ ◆
「調査を急ぐ必要がある。」
机に向かった。
二つの命令書を書き始めた。
一つ目——公爵家への証拠書類の調査。エルネストへの聴取準備。
書きながら——少し止まった。
「兄上を守るために書いているのか。」
自分に問いかけた。
「……今は、そうだ。」
今は、そうだ。
でも——今後は、分からない。
その考えを——また押し込んだ。
二つ目——爆発消滅の原因調査。目撃者の聴取。正教騎士団の動向確認。
書きながら思った。
魔法学院に——無属性の一年生がいる。
グラウ・ルナ。
以前、公証番号の件でアストラ子爵家が関わっていたという報告が届いた時、エルネストが「関係ない」と判断した名前だった。
「……本当に関係ないのか。」
◆ ◆ ◆
命令書を書き終えた。
机に置いた。
窓の外が、少しずつ明るくなっていた。
「今夜——二つのことが起きた。」
ジークハルトが静かに言った。
「公爵家の秘密が表に出た。爆発が消えた。」
「どちらも——私の計算の外だった。」
七年間、王宮騎士団副団長として動いてきた。
計算の外に出ることを——最も嫌う立場だ。
「オルヴァン。」
腹違いの弟の名前を、初めて呼んだ。
「お前は最後に——二つの問いを残した。」
「一つは——公爵家の未来。」
「もう一つは——爆発を消した何か。」
どちらも——答えを持っていなかった。
◆ ◆ ◆
夜明けの光が、執務室に差し込んできた。
光属性のジークハルトには——光が似合うはずだった。
でも今朝——光の中で、影の問いを抱えていた。
「グラウ・ルナ。」
名前を呟いた。
「……調べる必要がある。」
命令書を手に取った。
三枚目の命令書を——書き始めた。




