幕間 消えた実験
——場所不明 深夜
部屋に窓はなかった。
テーブルを囲んで、四人が座っていた。
一人が欠けていた。
いつもは五人だった。
欠けた席を見た者はいなかった。
見る必要がなかった。
ヴォルフラム・カルヴァーンは今夜、別の場所にいた。
「始める。」
一人が言った。
◆ ◆ ◆
「クロイツの実験が制御不能になった。」
一人が言った。
「王都北東の旧試験場で、大規模な魔力爆発が発生した。旧市街の一角が崩壊した。市民に被害が出た。」
「クロイツは。」
「死亡した。」
沈黙があった。
感情のない沈黙だった。
「予測の範囲内だ。」
別の一人が言った。
「土属性と魔核の闇属性を同時に収束させようとした。二つの属性は根本的に反発する。制御不能は——必然だった。」
「では——想定外だったことを言う。」
全員が少し動いた。
◆ ◆ ◆
「爆発が、消えた。」
「消えた。」
「爆発の途中で——消えた。王国騎士団の記録によれば、魔力球が突然縮小し、痕跡なく消滅した。」
沈黙があった。
今度は——少し違う種類の沈黙だった。
「自然消滅ではない。」
一人が言った。
「そうだ。あの規模の爆発が自然に消えることはない。何らかの介入があった。」
「介入した者は。」
「特定できていない。現場に目撃者はいなかった。王国騎士団も、協会の者も——爆発が消えた瞬間を誰も見ていない。」
「……誰も見ていない、か。」
◆ ◆ ◆
「分析する。」
一人が言った。
「あの規模の魔力爆発を消滅させるには——同等以上のエネルギーが必要だ。あるいは——」
「根源律だ。」
部屋が静かになった。
「根源律を使えば——有の属性が生み出したエネルギーを無に帰すことができる。消滅させることができる。」
「それができる者は——」
「一人しかいない。」
全員が、その一人を考えた。
グラウ・ルナ。
魔法学院一年生。
無属性。
魔力量測定限界以下。
十歳。
「……だが、あの子の魔力量は測定限界以下だ。」
一人が言った。
「なぜあの規模の干渉ができる。」
「根源律変換式だ。」
別の一人が答えた。
「内部魔力に依存しない。根源律から直接エネルギーを引く。だから魔力量は関係ない。」
「それは分かっている。でも——」
「あの規模の根源律への接続を、十歳の子どもが行った。それが——想定を超えている。」
◆ ◆ ◆
「一つ加える。」
別の一人が言った。
「何を。」
「世間はこれを『神の力』と呼ぶ。」
沈黙があった。
「根源律と神の力は——同じものだ。」
「そうだ。でも——名前の意味が違う。根源律と言えば学術の話だ。神の力と言えば——正教会が動く。」
「……正教会が動く。」
「今夜の件が広まれば——正教会はあの子を教皇候補として、より強く動かそうとする。我々より先に。」
「速く動く必要がある。」
「そうだ。」
◆ ◆ ◆
「整理する。」
一人が言った。
「グラウ・ルナは——あの規模の魔力爆発を消滅させた。超長距離から。誰にも気づかれずに。」
「そうだ。」
「これは——我々の想定を超えている。」
珍しい言葉だった。
評議会が「想定を超えている」と言うことは——滅多になかった。
「想定を超えている、というより——」
別の一人が言った。
「想定の前提が、最初から間違っていた。」
「どういう意味だ。」
「我々はグラウ・ルナを『根源律に届いている器』と評価していた。でも——器ではなかった。」
「では何だ。」
「根源律そのものに近い存在だ。器は根源律を保持する。でもあの子は——根源律を操作した。消滅させるために使った。器と操作者は——根本的に違う。」
◆ ◆ ◆
「三十年前との違いも言う。」
一人が言った。
「三十年前——我々は強制発動させた。無属性者が暴走して自滅した。クレーターが残った。我々には——止める手段がなかった。」
「今回は。」
「今回——あの子は消した。痕跡なく。クレーターが残らなかった。」
「……つまり。」
「我々は三十年間——暴走させることしかできなかった。あの子は——消した。根本的に違う。」
◆ ◆ ◆
「クロイツの件は——終わりにする。」
一人が言った。
「異論はない。」
「ただし——置き土産がある。公爵家と我々の繋がりを示す証拠が、今夜複数の機関に届いた。」
「ヴォルフラムへの影響は。」
「彼が判断する。今夜は連絡が取れない。」
「分かった。」
「グラウ・ルナへの方針を変更する。」
全員が少し動いた。
「変更の内容は。」
「これまで——時間をかけて接触のタイミングを見極める方針だった。でも——今夜の件で、時間をかける余裕がなくなった。」
「なぜ。」
「あの子が動いた。自発的に。誰の指示でもなく。そして——誰にも気づかれなかった。」
◆ ◆ ◆
「知りたいだけの人間は、止めることができない。」
以前も言った言葉だった。
「でも——今夜分かった。止めることができないだけではない。」
「何が分かった。」
「あの子は——我々より先に動く。我々が計画を立てる前に、あの子は既に結果を出している。」
沈黙があった。
「……それは。」
一人が言った。
「計算が——追いつかない、ということか。」
「そうだ。」
また珍しい言葉だった。
評議会が「計算が追いつかない」と言うことは——これまで一度もなかった。
「方針を決める。」
最初に話した者が言った。
「直接接触を試みる。これまでより——速く。」
「賛成。」
「賛成。」
「賛成。」
三対零だった。
◆ ◆ ◆
会議が終わった。
部屋を出る前に、一人が止まった。
「一つだけ確認したい。」
「何を。」
「今夜、あの子は何のために動いたのか。」
「王都を守るためだろう。」
「違う。」
その者が言った。
「王都を守るためなら——もっと早く動けた。爆発が始まる前に止めることもできたはずだ。でも——あの子は爆発が始まってから動いた。」
「……それは。」
「最小限しか動かなかった。必要な分だけ。それ以上は動かなかった。」
沈黙があった。
「……つまり。」
「あの子は——自分の生活圏が脅かされるまで、動かなかった。英雄ではない。自分のために動いた。」
「それは——どういう意味だ。」
「取引できる可能性がある。あの子が自分のために動くなら——あの子が欲しいものを提供できれば、動かせる。」
また沈黙があった。
「……あの子が欲しいものは。」
「自由。それだけだ。」
扉が閉まった。
部屋に暗闇が残った。




