第三十六話 内側からの声
——魔法学院 北棟 非常階段 放課後
エルヴィンが書類を持って来た。
「フェルト・マイナーから。」
エルヴィンが言った。
「直接渡された。今朝、学院の外で待っていた。」
「内容は。」
「協会内部の動きだ。三点ある。」
エルヴィンが書類を開いた。
◆ ◆ ◆
「一点目。」
エルヴィンが言った。
「クロイツ主任の特別研究部門への予算配分が、次の期から見直しの対象になった。審議中だ。」
「誰が動かした。」
「フェルトは名前を書いていない。でも——協会内部で、クロイツの研究に疑問を持つ者が複数いると。」
計算した。
予算の見直し——これは、クロイツへの間接的な圧力だ。
直接の停止ではない。
でも——動きが出てきた。
「二点目。」
「クロイツ主任が最近、協会内の魔族研究の資料を大量に閲覧している。閲覧記録が残っている。」
「魔族研究。」
「魔核に関連する文献を中心に。移植後の術式制御に関する記述を探しているらしい。」
魔核の制御を研究している。
右腕と右足の魔核を、魔法的に扱えるよう研究している。
「三点目。」
◆ ◆ ◆
エルヴィンが少し間を置いた。
「……三点目は、フェルトが個人的に付け加えたものだ。」
「どんな内容だ。」
「クロイツ主任が先日、協会長室を訪ねた。面会時間は短かった。内容は記録されていない。でも——その後、協会長の表情が変わったとフェルトは書いている。」
「変わった、というのは。」
「怖れている、と。」
廊下が静かだった。
クロイツが協会長に何かを言った。
何を言ったのかは分からない。
でも——協会長が怖れた。
「フェルトの推測は。」
「書いていない。でも——こう付け加えていた。『私もその表情を見た。協会長が怖れているということは、クロイツ主任の次の手が協会の中にある可能性がある』と。」
◆ ◆ ◆
エルヴィンが書類を閉じた。
「どう見る。」
私はノートを開いた。
「三点を整理する。予算の見直し——クロイツへの間接圧力。魔族研究の閲覧——魔核の制御を研究中。協会長との面会——次の手が協会内にある可能性。」
「繋がりは。」
「クロイツは追い詰められている。でも止まらない。追い詰められた状態で、次の手を打とうとしている。その手が協会の内側にあるとすれば——」
「予算を守るための動きか。」
「あるいは——予算より大きいものを守るための動きだ。」
エルヴィンが少し止まった。
「予算より大きいもの。」
「研究の継続そのものだ。予算が削られても研究を続けるためには——協会長を抑える必要がある。」
◆ ◆ ◆
「協会長を怖れさせるには、何が必要か。」
エルヴィンが言った。
「証拠か、脅しか、どちらかだ。」
「クロイツが証拠を持つとすれば——」
「協会長に関する何らかの弱みだ。あるいは——協会そのものへの脅威を示した可能性がある。」
「脅威。」
「クロイツが半分人外になった事実を、協会長が知ったとしたら。」
私は言った。
「それは——脅しではなく、威圧だ。私はここまでやった。止めようとすれば、どうなるか分からない。そういう意味になる。」
エルヴィンが少し黙った。
「……それは、危険な段階に入ったということか。」
「そうだ。」
◆ ◆ ◆
「フェルトへの返答は。」
エルヴィンが聞いた。
「三点の情報を受け取った。次の動きを待つ。でも——協会長の動向を引き続き注視してほしい。」
「フェルトに伝える。」
「もう一つ。」
「何だ。」
「フェルト自身の安全を確認してほしい。クロイツが協会内を抑えようとしているなら——フェルトが動いていることに気づく可能性がある。」
エルヴィンが頷いた。
「分かった。」
「エルヴィン。」
「何だ。」
「お父上の商会との取引に変化はあったか。」
「今週は変化なし。でも——来週の発注が届いていない。いつもは週初めに来る。」
「発注が止まった。」
「止まったかどうかはまだ分からない。でも——遅れている。」
計算した。
予算の見直しが起きている。
発注が遅れている。
クロイツが協会長を動かそうとしている。
全部が繋がっている。
◆ ◆ ◆
「盾が剣に変わる条件は。」
エルヴィンが聞いた。
「まだ揃っていない。」
「近づいているか。」
「近づいている。でも——クロイツの次の手が協会内にあるとすれば、私たちの盾が届かない場所で動かれる可能性がある。」
「では。」
「今できることを確実にやる。フェルトの情報を活かす。発注の動きを監視する。クロイツが何をしようとしているかを、もう一段階明確にする。」
エルヴィンが書類を折りたたんだ。
「分かった。」
「エルヴィン。」
「何だ。」
「今日の情報は——重い。焦らないでくれ。」
エルヴィンが少し止まった。
「……焦っているように見えたか。」
「少し。」
「そうか。」
エルヴィンが静かに言った。
「焦る理由がある。父の商会が関わっている。でも——」
「でも。」
「お前が焦っていないから、私も落ち着ける。」
私は何も言わなかった。
でも——ノートに書いた。
「フェルトからの三点情報:予算見直し・魔族研究閲覧・協会長面会。クロイツが追い詰められながら次の手を打とうとしている。協会内部が次の戦場になる可能性がある。」
一行追加した。
「エルヴィンは焦っていた。私が落ち着いているから落ち着けると言った。それは——私が計算を続けている意味の一つだ。」
ノートを閉じた。




