第三話 世界の底から汲む
——魔法学院 基礎実習棟 放課後
実習棟に残っているのは、私一人だった。
他の生徒はとっくに帰った。
最弱の灰色属性が自主練をしていても、誰も見ていて楽しくない。
私はそれでよかった。
今日の課題は「点火の術式」。
クラス全員が午前中に習得した。
私だけを除いて。
術式の構造は読めている。
問題は出力だ。
最低でも魔力〇・三単位が要る。
私の総量は〇・四。
一回の点火で七割を使い果たす設計——非効率にもほどがある。
ノートに術式の構造式を書き写し、変数を整理していく。
そこで、ふと手が止まった。
魔力が足りないなら、外から持ってくればいい。——どこから?
◆ ◆ ◆
前世の記憶が音もなく浮かんだ。
ダークエネルギー。
宇宙の膨張を駆動する正体不明の何か。
全エネルギーの六十八パーセントを占めながら、観測できない。
——この世界にも、あるはずだ。魔法で満ちた世界なら、その底にも同じ構造が。
```
Φ(x,t) = ∮ ρ_dark · κ(λ) dΩ → E_magic
```
自分で書いたはずなのに、どこか他人のもののように見えた。
でも式は美しかった。
前世で「美しい数式は正しい」と信じていた。
◆ ◆ ◆
目を閉じた。世界の底から何かを汲み上げるイメージで、術式を展開する。
……来る。
手のひらの上に、蒼白い炎が揺れた。
三十秒。
消えない。
自分の魔力は〇・四のまま——消費されていない。
これは、まだ誰にも言わない。
なぜ機能するのか、限界はどこか、副作用は何か——全部これから検証する。
目的もない段階で人に渡す情報ではない。
発表は、証明が終わってからだ。
それが、数学者のやり方だ。
ノートを閉じて立ち上がる。
窓の外はすっかり暮れていた。
最弱の少女は、誰も知らないまま、世界の底に手を届かせていた。




