第三十二話 半分の男
——魔法学院 北棟 非常階段 放課後
「右腕と右足に魔核が移植されていた。」
踊り場に着いた瞬間に言った。
二人とも黙った。
「……魔核。」
セインが繰り返した。
「暗紫色の魔力が滲んでいた。魔族由来だ。歩き方と関節の動きが人間のものではなかった。」
「いつ目撃した。」
エルヴィンが聞いた。
「今日の放課後。廊下ですれ違った。気づかれなかった。」
◆ ◆ ◆
セインが少し黙った。
「……感知できるか、試してみる。」
「今は必要ない。」
私は言った。
「クロイツがこの場にいない状態で試しても、意味がない。問題は——クロイツが魔核由来の闇属性を持つ今、あなたがクロイツの感知に引っかかる可能性が変わったことだ。」
「引っかかる、というのは。」
「以前のクロイツは土属性だった。あなたの闇属性の深層感知とは、感知の回路が違う。でも今のクロイツは魔核由来の闇属性を持っている。同じ系統の魔力だ。相互感知の可能性がある。」
セインが少し考えた。
「……つまり、俺がクロイツを感知できる可能性が上がった。でも同時に——クロイツが俺を感知できる可能性も上がった。」
「そうだ。」
◆ ◆ ◆
「一つ確認したい。」
エルヴィンが言った。
「どうぞ。」
「クロイツが魔核を移植した——それは何らかの実験が失敗したということだ。どんな実験か、推測はあるか。」
「まだ分からない。右腕と右足を失う実験だったということは分かる。でも目的は——不明だ。」
「失敗しても止まらないということは——」
「実験は続く。」
エルヴィンが書類を手の中で揃えた。
「魔核を持つ研究者が協会の特別研究部門にいる。これは——協会内部でも問題になる可能性がある。父の商会とクロイツの取引が続いているなら、父に伝えるべき情報だ。」
「伝えることを止めない。ただし——魔核の事実をどこまで正確に伝えるかは判断が必要だ。」
「なぜ。」
「魔核移植の事実が表に出れば、クロイツが動きを変える可能性がある。今の段階では、こちらが情報を持っていることを悟らせない方がいい。」
◆ ◆ ◆
セインが窓の外を見ていた。
少し間があった。
「……魔核を移植した男が、闇属性の感知能力を研究していた。」
「そうだ。」
「それは——俺たちの属性に近づこうとしているということか。」
私は少し考えた。
「感知能力のためではないと思う。魔核は機能の補填だ。失った腕と足を取り戻すためだ。闇属性は——移植の結果として付随したものだろう。」
「でも——」
セインが続けた。
「闇属性の魔力を持つ者が、俺たちの魔力を集めていた。それで実験した。失敗して、今度は魔族を捕まえて魔核を移植した。」
「そうだ。」
「全部繋がっている。」
「そうだ。」
セインが壁に背を預けた。
何も言わなかった。
でも——何かを整理しているのが分かった。
◆ ◆ ◆
「次の手を決める。」
私は言った。
「セインはクロイツとの距離を今より広げる。相互感知の可能性がある以上、近づきすぎるのはリスクだ。エルヴィンは父への情報開示を進める。ただし魔核の詳細は今は伏せる。」
「私は。」
エルヴィンが聞いた。
「商会の取引記録に変化がないか引き続き確認してほしい。クロイツの実験が変わったなら、発注する材料も変わるはずだ。」
「分かった。」
セインが少し動いた。
「一つだけ聞いていいか。」
「どうぞ。」
「クロイツは——これからどこへ向かうと思う。」
私はノートを開いた。
「分からない。でも——止まらないことだけは分かる。右腕と右足を失っても書類を抱えて学院に来た。次の実験を考えている。それが何かは——まだ計算できない変数だ。」
「計算できない変数を、どう扱う。」
「注視する。動いた時に素早く対応できるよう、今できることを全て済ませておく。」
セインが頷いた。
「……分かった。」
◆ ◆ ◆
鐘が鳴った。
三人が立ち上がった。
エルヴィンが最後に言った。
「盾が二枚ある。でも——クロイツが次に何をするかで、盾の意味が変わる可能性がある。」
「そうだ。」
「剣に変える条件を、早く見つける必要がある。」
「そうだ。」
エルヴィンが階段を下りた。
セインが後に続いた。
一度だけ振り返って言った。
「全部繋がっている、と言ったが——」
「ああ。」
「繋がっているなら、ほぐす糸口がどこかにある。」
「そうだ。」
「まだ見つかっていないだけだ。」
「そうだ。」
セインが歩き出した。
ノートに書いた。
「クロイツの変化を三人で共有完了。セインの安全確保・エルヴィンの父への開示・取引記録の監視継続。クロイツの次の手は未知数。注視する。」
一行追加した。
「セインは『繋がっているなら、ほぐす糸口がどこかにある』と言った。正しい。でも——まだ見つかっていない。」
踊り場に一人残った。
夕暮れの光が、窓から静かに差し込んでいた。




