第三十一話 変化した男
——魔法学院 廊下 放課後
廊下の角を曲がった瞬間、見えた。
反射的に壁際に寄った。
相手はこちらに気づいていない。
オルヴァン・クロイツ。
でも——何かが違った。
右腕。
深緑の礼装の袖から、わずかに見えていた。
右腕の手首から先——暗紫色の光が、かすかに滲んでいた。
人間の魔力の色ではない。
◆ ◆ ◆
クロイツは廊下を歩いていた。
こちらには気づいていない。
視線は前方を向いている。
左腕で書類を抱えていた。
右腕は——動いている。
でも動き方が、人間の右腕とは少し違った。
機械的だ。
関節の使い方が。
次に右足を見た。
礼装の裾から見える右足の足首——同じだ。
暗紫色の光が滲んでいる。
歩き方がわずかに不均等だ。
右腕と右足が、違う。
ノートを取り出す余裕はなかった。
記憶に刻む。
暗紫色。
人間の魔力ではない。
以前セインが話してくれた、闇属性の深層の魔力の色に近い。
魔核だ。
◆ ◆ ◆
クロイツが廊下の向こうへ消えた。
私は壁に背を預けたまま、少し立っていた。
計算する。
クロイツの右腕と右足に魔核が移植されている。
つまり——何らかの実験をしていた。
それが失敗した。
右腕と右足を失う結果になった。
でも——止まっていない。
動いている。
学院に来ている。
書類を抱えている。
「クロイツ目撃:右腕・右足に魔核移植の痕跡。暗紫色の魔力——魔族由来。何らかの実験失敗により四肢の一部を喪失した可能性。」
◆ ◆ ◆
次の計算をした。
魔核を持つクロイツの脅威度が変わったか。
変わっている。
魔核を移植した。
闇属性の魔力が宿っている。
でも——魔核による闇属性は、人間の術者として制御できる属性ではない。
魔核は機能的な補填だが、魔術的な制御はどこまで可能か。
試行錯誤の途中だ。
百四十七本の未完成の結晶を並べていた男が、今は右腕と右足を失っても続けている。
「クロイツの危険性:実験失敗後も研究継続。身体を失ってでも止まらない——これは変数ではなく、定数として扱うべきだ。」
◆ ◆ ◆
もう一つの計算をした。
クロイツが魔核を持つことをセインに伝えるべきか。
伝える必要がある。
セインは闇属性の深層感知を持つ。
クロイツが魔核由来の闇属性魔力を持つ今、セインがクロイツの感知に引っかかる可能性が変わった。
あるいは逆に——クロイツがセインの感知能力に改めて興味を持つ可能性が上がった。
「セインへの要注意事項:クロイツが魔核由来の闇属性を持つ。セインとクロイツの感知上の関係が変化した可能性。早急に報告。」
◆ ◆ ◆
壁から離れた。
廊下を歩きながら、もう一つだけ考えた。
クロイツは何を見て、まだ続けると決めたのか。
右腕と右足が消えた。
それでも——書類を抱えて学院に来た。
次の手を打とうとしている。
目的がない者は、何を失っても止まらない。
以前思ったことと同じ結論だった。
でも——今日、実際に見た後では、その言葉の重さが違った。
理論ではなく、現実として——クロイツは止まらない。
「結論:クロイツは最も計算しにくい相手だ。損失が行動を止める変数にならない。」
ノートを閉じた。
踊り場に向かって歩いた。
セインとエルヴィンに、今日見たものを話す必要がある。




